建築家の戸石あき(lemna)さんは、大学院で建築を学んだのちに設計事務所に勤め、その後映像を専攻する大学院で助手として勤務しました。エンジニアリングや研究にも関心を向けながら、修士研究では熱を加えずにガラスを曲げる技法を開発。その際に制作環境に興味を持ち、今回のテーマ「工房」につながりました。工房とは、その空間を使う人の仕事内容や作品に影響をもたらすメディアの役割もあると戸石さんは考えます。本プロジェクトでは、使う人の制作過程も含めて、いくつかの工房を3Dデータで記録し、アーカイブしたり映像作品にしたりすることで「工房とは何か」を探ります。初回面談では鑑賞体験についての相談をはじめ、映像作品にする際の形態などが話されました。
アドバイザー:石橋素(エンジニア/アーティスト/ライゾマティクス)/西川美穂子(東京都現代美術館学芸員)
初回面談:2023年9月25日(月)
メディアとしての「工房」を作品化するには
制作過程を空間的に記録する
一つの映像作品をつくることを計画している戸石あき(lemna)さん。工房という空間に入ったときの「だからこの作品をつくっているのか」「ここでつくっているからこんな作品ができるのか」といった制作過程への驚きや気づきの体験から、それを共有できる映像を目指しています。
空間を3Dで記録するため、技術的な面を実験中です。自分のアトリエをモチーフに、静止画と動画による記録をテスト的に行い、エンジニアとも打ち合わせを進めています。今後、いくつかの美術大学や芸術大学の工房を撮影して、比較することを予定。現在の課題として残っているのは「技術の不透明さ」と「どのような鑑賞体験を目指すか」です。前者は技術的にどんな方法で撮影するのが一番よいかがまだ整理できていないとのこと。後者はアーカイブの観点から、工房の空間とそこでの制作過程の風景を丁寧に記録したいが、それを映像作品にしたとき鑑賞者が退屈しないようにする方法を思案しているそうです。
ライフログを残したい
アドバイザーの石橋素さんは、制作者の動きの組み込み方について、技術的な課題がある可能性を指摘します。戸石さんによると、人物はモーションキャプチャで入れ、連続的なデータで撮影予定だが、空間や物体の定点撮影したデータと、人物を撮影した連続的なデータをどう合わせるかに技術的な課題があるようです。すると石橋さんから、部屋にカメラをたくさん置いて、あらゆる視点から丸ごと撮る方法を提案されます。「恣意的に何かにフォーカスして撮るのか、もう少しシステマティックにそこで起きたことを淡々と記録するのかで撮影方法も変わるだろう」と補足がありました。
戸石さんは「ライフログ(生活の様子の記録)のようなもの」を残したいと考えています。「単調な作業は、動画を見ている人だけではなく作業している人自身も飽きているからカットしてもいい部分。でもそれも制作の面白さだったりする。ライフログ的にすべてを見てもらうには何を編集するかが悩ましい」。アーカイブ資料としてはシステマティックさが重要な一方、作品としては編集が必要。その間で揺れています。
自分が魅力に感じていることが撮影や編集に表れる
そこでアドバイザーの西川美穂子さんは「ライフログを撮影したい動機が重要」と指摘します。「戸石さん自身が魅力に感じていること。それが撮影や編集にも表れると思う。だからそこを大事にしてほしい。見る人が退屈にならないかは一度おいてよいのでは」と続けました。映像体験として鑑賞者の時間を拘束することも懸念していた戸石さん。「時間的な体験だと、鑑賞者はストーリーも期待してしまう。そうではなくアーカイブ的な記録の蓄積であれば、映像の最初から最後までを見るのではなく、一瞬だけ見る人もいるし長く見る人もいる、といったつくり方でもいいのでは」という西川さんのアドバイスに、少し肩の荷が下りたようでした。
インタラクティブな要素を入れるため当初はVRゴーグルをつける鑑賞体験も計画していましたが、石橋さんから「VRは退屈を感じやすい上、鑑賞者の『酔い』の問題からシークエンスの展開にも制約が出てくる」ことを理由に再検討が促されました。戸石さんはアドバイスからブラウザベースのアプリを視野に入れることに。ウェブ上でいつでもアクセスでき、マウスで空間も時間も自由に移動できるアプリケーションが合致するかを探ります。
今回の面談では「凝り固まっていた点をほぐしてもらった」と言う戸石さん。今後パイロット版の制作と並行して、調査のためパリに渡航予定です。パリでは、参考にした文献(*1)で紹介されている工房の模型『指し物工房模型』(1783)をはじめ数々の道具や機械などの資料を所蔵するパリ工芸博物館を取材します。
→NEXT STEP
テスト撮影してエンジニアと撮影条件の検証を行い、パイロット版をつくる
*1 エリック・デュボワ「パリ工芸博物館所蔵品の道具についての考察」、エルメス財団編『Savoir & Faire 木』講談社、2021。