CGアニメーションによってフォトリアルな架空の風景をつくった原田裕規さんの2021年の作品『Waiting for』。100万年前、あるいは100万年後の地球をイメージした33時間19分に及ぶ長大無辺なその作品を、平面作品としてフィジカル化するプロジェクトが採択されました。静寂感、無菌室感、そして非現実的な安心感といったレンダリングポルノ(Renderporn)に固有の魅力を引き継ぎながら、どのように平面作品に展開するのか。なぜ平面作品にすることが必要なのか。原田さんのモチベーションも探りながら面談は進みます。
アドバイザー:石橋素(エンジニア/アーティスト/ライゾマティクス)/西川美穂子(東京都現代美術館学芸員)
初回面談:2023年9月25日(月)
浄土の風景をアートにするいくつかの方法
失われたラハイナの1日
原田裕規さんは、まず『Waiting for』を触発したイメージとして、エゼキエル・ピニが率いるバルセロナのスタジオSix N. Fiveがつくるビジュアルや、クリスチャン・ラッセンのマリンアートをアドバイザーに紹介しました。ラハイナ出身のラッセンが郷土の海を描いた作品は、2023年の火災(*1)により現地が被害を受けた今、従来のユートピア的な表象とは別の文脈をもちつつあります。
原田さんは水族館のガラス越しに海中の生きものを見るように、鑑賞者が安全を担保した上でガラスの向こうをのぞき見る「背徳感」こそ、レンダリングポルノの要と分析します。しかし鑑賞者が身を置く世界は、俯瞰して見れば気候変動や紛争など危機の只中にあり、その安全性はあくまで相対的。次につくられる『Waiting for』はその両義性を組み込みながら、「現実世界では消失してしまったラハイナの1日」を描いたものになるだろうと構想を広げます。
平面における視覚の詐術
『Waiting for』をフィジカルなメディアに移すためのプランとしては大きく二つの方向性が検討されています。一つは版画として風景のイメージをつくること。版画工房エディション・ワークスの協力を得て、廃油を用いたシルクスクリーンをつくることで、風景の輪郭が滲むような版画の制作が試験されています。静止画と動画の中間に立つ要素を持ち込むことが狙いです。しかしこの版画技術では色数に制限があるという壁にぶつかっています。
もう一つはプリントに光の効果をARで重ねる方法です。構想しているのは、風景写真の上にあとから光の効果が加えられ、写真を動かしてもそこに重なる光の位置が一致し続けるという不思議なプラン。デバイス越しに見るARの効果と推測されますが、本プロジェクトでも実装可能なアプリケーションなのか不安が残ります。アドバイザーの石橋素さんからは、先行する参照作品として「変幻灯」(*2)が紹介されました。プリントされた静止画をプロジェクションで動いているように錯覚させる技術は、近年の作家や企業の技術開発にサンプルがいくつか見つかりそうです。
ここでアドバイザーの西川美穂子さんからの投げ掛けが。「フィジカルにしたい動機は何でしょう。『Waiting for』をフィジカルに展開するときに何を大事にするかを見定めたい」。この問いかけに対して、原田さんが抱く問題意識は「CG表現を見せる際の制約」でした。映像作品の主なアウトプットがSNSになっている状況では、鑑賞されるデバイスのサイズや視聴時間のコントロールが効かないことがほとんどです。フィジカル化することで鑑賞体験のインパクトを考える原田さんに、西川さんはフィジカルな作品も、どのような展示空間に置くかで鑑賞者と作品の出合い方が変わることを指摘。展示空間上の演出という、先に話された課題克服の必要性が改めて確認されました。
CG以前の作家に範を探す
先行する参照作品に話が及んだ流れで、原田さん自身から出た意外な固有名が松澤宥でした。1960年代よりコンセプチュアルアートの旗手として活動した松澤を、CG的だと感じていたという原田さんが特に印象に残るのは「ハガキ絵画」シリーズ(*3)です。シリーズ作品の一つ《湖に見せる根本絵画展》(1967)は、描いた絵を人ではなく自然物に見せるコンセプトの作品で、もし松澤がいま生きていたら非人間的な世界観を取り込むためにCGを使っていたのではないかと原田さんは想像します。
ある表現がデジタルによって実現するのか、フィジカルによって可能になるのか。いずれにしろ鑑賞体験には意外性が必要だろうとアドバイザーたちは指摘します。「CGなのかと思ったら、実は光も含めてフィジカルだという方が面白い」と西川さん。「今は『Waiting for』のような作品を見たときに、モデリングすらせずAIが生成したのかと鑑賞者は思う。その意識を逆手にとるのも面白い」と石橋さん。
レンダリングポルノの特性を鑑賞者に伝えるためのフックを、今のテクノロジーの状況を鑑みてどうつくれるか。さまざまなアイデアが広がる面談を経て、原田さんの探求は続きます。
→NEXT STEP
写真に映像効果を重ねる方向の試作をして、アウトプットの形態を探る
*1 2023年8月8日からアメリカハワイ州のマウイ島で発生した山火事。島西部の町ラハイナの被害は甚大で、延焼範囲が約8.8k㎡に及び、2,200棟以上が全半壊、約100名の死者が確認されている(2023年10月現在)。火災の原因の一つは気候変動によるとされる。
*2 NTTが2015年に開発した、プロジェクターから光のパターンを静止画に投影することで、止まったものにリアルな動きの印象を与える技術。
https://www.rd.ntt/cs/team_project/human/hengentou/
*3 1967〜81年の松澤宥のプロジェクト。毎月一通ずつ届くハガキを受け取った人は書かれたメッセージからそれぞれ「絵画」を想像する。この「絵画」はさまざまな相手に見せると松澤に予告される。「湖に見せる」場合もあれば、岩、木、鳥獣、音楽などに見せると予告されることも。アートを人の鑑賞のためにつくる前提を疑う作品。