「あの言葉がこの言葉に訳された」という単語翻訳の膨大な履歴が形成するネットワーク/空間をバーチャルな空間に描画した『Media of Langue』。すでにオンラインで公開され、また香港のアートセンター・香港藝術中心で展示も行っています。代表の村本剛毅さんは以前から『Media of Langue』を、言語/コミュニケーションへの非日常的な感情に満ちた場である空港に設置することを思い描いてきました。しかしながら、公共空間である空港では、セキュリティや安全面など、作品を設置するハードルは高く、またアート鑑賞に適した環境や鑑賞者が必ずしも望めるわけではありません。アドバイザーからは、理想と現実との擦り合わせや、理想を実現するためにまずはステップを踏むことの重要性が説かれました。
戸村朝子(ソニーグループ株式会社 Headquarters 技術戦略部 コンテンツ技術&アライアンスグループ ゼネラルマネージャー)/原久子(大阪電気通信大学総合情報学部教授)
初回面談:2024年9月27日(金)
空港という場の困難と可能性
意味の重なりと差異によって互いの言語をマッピングする
村本剛毅さんは『Media of Langue』を「新しい辞書であり、意味の地図を表象・探究し続けるプラットフォームでもある」としています。
固有名詞以外の言葉はすべて、異なる言語間でピッタリと意味を合致させることは困難です。たとえば英語の「sad」に紐づく日本語翻訳の事例には「悲しい」「寂しい」「辛い」などがあり、また日本語の「悲しい」の英語翻訳の事例は「sad」以外にも、「painful」「tragetic」など多岐にわたります。「例えばどんな形容詞も、翻訳を繰り返していくとbeautifulになる」と村本さん。一つひとつの単語に放射状に異なる言語が紐づき、延々と連なる『Media of Langue』は、翻訳によって生じざるを得ない意味の差異をたどるという詩的な体験を促します。
オンラインの『Media of Langue』には現在、英–日のほかにも、仏語、スペイン語、ドイツ語、中国語、韓国語の選択肢があります。翻訳事例の取得はParaCrawlなどのいくつかの対訳コーパスを利用していますが、作業には各言語に詳しい人物の協力が不可欠です。呼びかけに集まった人たちとDiscord上のコミュニティでやりとりをしながら制作しているといいます。
大きな発表の場を想定する前に
オンラインで公開され、香港での展示も実施している本作ですが、村本さんは構想当初から、多言語の関係性を扱うこの作品を空港に設置することを思い描いてきました。本プログラムへの参加には、その実現可能性を探るねらいがあります。展示に使用する予定の透過型大型サイネージの模型などを持参し説明した上で、空港での展示を実現するためには何が必要か、アドバイスを求めました。
アドバイザーの戸村朝子さんは「この作品において作家もひとりの観察者であり、その思考が入りこまない空間分子構造の可視化などにも近い行為」と捉え、取り組み甲斐の大きいプロジェクトと評し、「言葉の意味は少しずつ変化するもの。このプロジェクトでそれを可視化することも可能なのでは」と、本作が持つさらなる可能性にも触れました。ただその上で、「今の空港への設置する展示プランは、このプロジェクトの持つ強度がかえって弱まってしまうのではないか」と、表現とアプローチを今一度再検討することを促しました。戸村さんの指摘は作品そのものにとどまらず、空港という場所が持つさまざまな困難さや制約も見据えたもののようです。
空港で作品を見てもらえるか
国と国の出入り口となる空港は、本作のコンセプトと合致すると同時に、セキュリティなどさまざまな観点で、展示のハードルが高いと言えます。とはいえ、2009年には現代美術作家の鈴木康広らが羽田空港で展覧会を行う(*1)など、事例がないわけではありません。
アドバイザーの原久子さんは「インバウンド向けに行った関西国際空港での事例(*2)などもあるが、入国から通関までの誰も見ないような空間に展示されていた」と、せっかく展示が実現しても、鑑賞者に届かない可能性を指摘。本作はパッと見てわかるビジュアルアートとは異なり、立ち止まってじっくり考えてもらう必要があります。戸村さんは「空港では利用者は常に時間を気にしていて、作品を鑑賞する心の余裕がない。あくまでアプローチ方法の提示として設置するのであればよいが、作品をしっかり見てもらいたいのであれば、適した場所とは言い難い。この作品の深みが指し示すものは本当に空港が最適なのか?」と、現実的な条件はもとより、作品がもたらそうとする意味とのマッチングを熟考する必要性を説きました。加えて原さんからは、「韓国の仁川国際空港など、トランジットでよく利用されるような空港であればまた状況は異なるが、日本にはそうした空港がない」と、一口に空港と言えど、使われ方によって利用者の過ごし方が異なる点が補足されました。
公共性の高い場所での展示には、ネームバリューが求められる部分もあります。場所性へのこだわりを一度取り払い、汎用性のある展示形態を再検討し展示の機会を増やすこともまた必要なのかもしれません。
→NEXT STEP
展示場所や展示形態を再検討しながら制作を進める
*1 「空気の港」~テクノロジー×空気で感じる新しい世界~(羽田空港第1、第2旅客ターミナル/2009)東京大学の研究者と鈴木康広がデジタルパブリックアート作品19点を展示した展覧会。
*2 文化庁でも令和元年度〜令和3年度に「空港等におけるメディア芸術日本文化発信事業(日本文化の魅力発信事業)」を実施し、羽田空港に作品を設置した。
https://www.bunka.go.jp/seisaku/geijutsubunka/media_art/pdf/93891701_03.pdf
https://www.bunka.go.jp/seisaku/geijutsubunka/media_art/pdf/93891701_01.pdf