展覧会のキュレーションや書籍の出版、アートプロジェクトなど、多様なアプローチから思索の実践を試みる吉田山さん。5cm立方の箱におさまる作品の出品を複数のアーティストに呼びかけ、海外のどこかの窓辺に恒久設置するプロジェクト『風の目たち』は、すでに2カ国で実施されています。今回あらたにギリシャで実施し、ARコンテンツを併せ持つカタログを作成予定です。作品の運搬や設置など、プロセスの各所でさまざまなリスクを伴う本企画が、あえてその選択をしているのはなぜなのか。リスクを伴いながらも出品したくなる仕掛けやカタログの内容について、アイデアが交わされました。

アドバイザー:高嶺格(美術作家/多摩美術大学彫刻学科教授)/モンノカヅエ(映像作家/XRクリエイター/TOCHKA)

初回面談:2024年9月30日(月)

世界の窓辺にアーティストの目をおいてくる

すでにジョージアとトルコで実施している本プロジェクトは、吉田山さんがコロナ禍やウクライナ侵攻の勃発を受けて感じた閉塞感が発端となっています。吉田山さんは作品を作家の目として、また世界中の建物に共通して存在する「窓」を外と内をつなぐ風穴として捉え、世界の窓辺に小さな作品を点在させるプロジェクトを構想しました。5cm立方の箱におさまる作品を複数のアーティストに出品してもらい、吉田山さん自身が海外へと運搬。現地で出会った窓辺に恒久設置します。窓の持ち主に交渉し、一カ所につき一つの作品を設置予定です。

一辺5cmの箱。アーティストにはこの箱に入る作品を用意してもらう

「出品するアーティストには、プロジェクトのコンセプトや作品の規定サイズ、場合によっては空港の検査で引っかかり作品が破棄されることがあること、そして窓辺に恒久設置した後の作品の扱いについては現地の方に一任することなどを話した上で、参加を検討してもらっている」と吉田山さん。今回実施予定のギリシャでは、窓辺に設置する前に現地のギャラリーで出品作品をまとめて展示する予定ですが、その理由は「窓辺への展示だけでは作家の経歴に載せられないため、せめて一度ギャラリーで展示したいから」だと話します。

いたずら心がもっと必要?

飛行機で個人が作品を運び、場所によっては多くの人の目にはとまらないかもしれない窓辺に作品を点在させ置いてくるのはなぜなのか。ギャラリーでのグループ展などは企画にとって必然性をもつわけではなく、鑑賞機会を確保するための救済措置的な位置づけという印象です。

アドバイザーの高嶺格さんは、出品するアーティストの視点から「作品は戻ってこずそのまま失われる場合もある。今のままでは、そのリスクをとってまで大事な作品を出そうとは思えない。出品することに緊張感や責任感を感じられないと、いい作品が集まらない」とコメント。アーティストがあえてリスクをとってまで参加したくなるような目的や仕掛けを用意することの必要性を説きました。「目的が明確になると、どんな作品を出品するか考えやすくなる」とも。加えて、現代美術家の小沢剛による『なすび画廊』(1993)(*1)を例に挙げ、「この企画に似たところがあるが、あの作品には、レンタル料が高額すぎる銀座の貸画廊へのカウンター的な意味があった。この企画には、今のところ善意しか感じない」と、ちょっとしたいたずら心や問題提起、規制への挑戦などをプロジェクトに含ませることの重要性を示唆しました。

高嶺さん

カタログを出品作家のモチベーションに

加えて今回の企画で大きなウエイトを占めるのは、ジョージア、トルコでの実践内容も含めたカタログの制作です。ARコンテンツの付加を想定しているため、ギリシャでは紙面掲載の写真撮影に加え、作品の3Dスキャンなど、コンテンツ制作のための素材撮りを行う必要があります。過去に実施した2カ国も撮影のために再訪問する予定です。吉田山さんは版元でもあり、制作したカタログは国内で広く流通させる予定です。

もともとARコンテンツを含む本に興味があるというアドバイザーのモンノカヅエさんは、「カタログになるのは作家にとって大きなメリット。出品作品に作家が責任を持つことにもつながる」と、この企画におけるカタログの重要性を説きます。アーティスト同士の対話やプロジェクトについての論考など、掲載することでプロジェクト全体の価値を高めるようなコンテンツのアイデアが次々と出されました。

モンノさん

また、海外でのプロジェクトのカタログであることから、言語を「日英のバイリンガルではなく、実施した各国の言語と日本語のバイリンガルにしたい」と吉田山さん。モンノさんからは「現地の言葉は現地の方に話してもらい、その動画をARで表示しては」など、デジタルコンテンツならではのさまざまなアイデアが出ましたが、ARコンテンツを含む書籍制作には、撮影はもとより、通常の書籍よりも多くの手間がかかります。スケジュールなどさまざまな条件を加味しながら、落とし所を探ることになりそうです。

*1 銀座の老舗貸画廊「なびす画廊」前の路上に現代美術家小沢剛が設置した作品であり、その後多くのアーティストとのコラボレーションが行われる世界最小の貸画廊のプロジェクト。木製の牛乳箱を画廊に見立てている。