2004年に描き下ろし単行本『凹村戦争』でデビューしたマンガ家の西島大介さん。文化庁メディア芸術祭では、『凹村戦争』、『すべてがちょっとずつ優しい世界』『ディエンビエンフー TRUE END』 がマンガ部門審査委員会推薦作品に選ばれています。本 企画『「世界の終わりの魔法使い」新三部作』は、独立したマンガ制作環境と電子書籍によるセルフ・パブリッシングの可能性を探る試みです。
アドバイザー: しりあがり寿(マンガ家/神戸芸術工科大学教授)/
磯部洋子(環境クリエイター/sPods Inc CEO/Spirete株式会社COO/Mistletoe株式会社プロデューサー)
二次創作が生まれる土壌を著者発信でつくる
―中間面談は、コラボレーターであるゲームデザイナーのアランさんも同席しました。
西島大介(以下、西島):2019年11月15日に個人電子レーベル「島島」から『ディエンビエンフー 完全版』)として12冊、電子書籍の配信をスタートしました。今回のプロジェクトとは別のタイトルですが、電子書籍を個人発信でリリースする最初の一歩はクリアしたと言えます。価格やリリースタイミング、書誌情報を自分自身で決められることは新鮮な体験です。配信代行の「電書バト」さんを通して、出版社経由では難しい大胆なセールも来年行う予定です。ベトナム戦争を描いた作品なので、テト(旧正月)を狙っています。
電子書籍にクリエイティブ・コモンズ・ライセンス(著作物の改変や配布の許可を、作者発信で示す国際的な許可証)を実装するなど、いくつか実験もしています。出版社ではできないことも、個人出版なら可能だとわかりました。小さい試みですがリアクションも届いています。
と、同時に、育成支援の対象作である『世界の終わりの魔法使い5』の執筆も進めています。全5話構成の1話ずつを分冊としてまとめ、まずは「第1話」を11月24日の「文学フリマ」で私家版として頒布しました。突発的な参加でしたが、出版関係者が多く訪れる場なので、今回の企画がコアな場所に伝わった実感がありました。今後も1話ずつ仕上がるごとに、頒布の機会を作ろうと思っています。
また、継続「pixivFANBOX」というコミュニティサイトで電子出版に関する手記「電子と暮らし」を定期的に発表しています。電子書籍のノウハウや経緯を共有すべく、制作日記を綴っています。マンガ家なのに絵も載せず、ビジネスっぽい文章ばかり更新しているのが「pixivFANBOX」ユーザーの中では異様だったようで、pixiv社からお声がけいただき、12月に「無理ない範囲の勉強会」というタイトルで定期的に電子書籍の勉強会を行うことになりました。
初回面談では、「一人マーベル」「作品の世界観を他の人と共有しながら広げていくといいのでは」などのアドバイスをいただきました。僕は今まで、例えばマンガのサントラを作るとか、自分だけで小さなメディアミックスのようなことをしていたのですが、誰かに協力を得るならと考えた時、真っ先に思いついたのがアランさんです。アランさんは芸術としてボードゲームを制作する現代美術家です。パープルームという芸術家集団に参加し、自身でも「アーケタンデュ」というボードゲームのレーベルを主宰し、『ゾンビマスター』というボードゲームを作っています。
―アランさんが過去に制作したボードゲームを実際に動かしながら、話を進めました。
アラン:『ゾンビマスター』は人間関係がうまくいっていない状況をボードゲーム上で抽象化した作品です。その解決方法を探りながらふたりで対戦するゲームです。
西島:アランさんとは、何回か現代アートの展覧会でご一緒しているのですが、実際に彼のボードゲームをプレイして、独自の哲学的な作風を強く感じました。『世界の終わりの魔法使い』にきっと合いそうだなと。
でも、予算を使ってグッズ化の一環として制作するのは普通だなと思って、もう少し必然性あるといいと思っています。今考えているのは、「作品の公共化」で、CCライセンスのように著者である僕が何らかの「ライセンス」を発行することで見え方が変わらないかなと。二次創作や、アートへの転用など、「勝手につくられる環境をつくること」が、僕なりの、個人電子出版レーベルとしての公共性の最大化かなと考え始めています。複製数に応じて、パーセンテージが変わり、お得になる仕組みとか。まだ考え中ですけど・・・。
しりあがり:ビジネスの考え方にもなってきますね。誰に向けて、どの部分に手をつけるのか、整理をしてみてはいかがでしょうか。おそらく西島さんの頭の中にはあると思いますが。今回のクリエイター育成支援の期間で、「西島帝国」を完成させるには時間が足りないので、焦点を絞った方がよさそうです。
西島:帝国!
磯部:3月の成果発表までに、アランさんをはじめ何人かビジョンに共感してくださった方に試作品をつくってもらえると理想的かなと思います。モデル自体にそもそも共感性が高く、パーセンテージの話も、納得感のある設定を探れるかどうかが興味深いです。活動自体が、マンガを描くだけではなく立体的に展開してきていますね。電子書籍は、買って読むまでがひとりで完結するパーソナルな体験です。それをパブリックなものにして知らない人を巻き込み、そこから作品に興味を持ってもらってパーソナルな体験に戻すとしたら、おもしろい切り口だと思います。グッズ化に関しても、マンガの世界が多様な表現とクロスするビジョンが問えるのかなと思います。
ボードゲームをつくることから広がる可能性
―アランさんから、ゲームの構想が語られました。
アラン:『世界の終わりの魔法使い』をゲーム化するなら、駒を使って遊ぶゲームがふさわしいなと考えています。例えば「魔法使いの駒」がスタンプになっていて、「影の魔法」を使うと、その辺の紙にスタンプを押すことができるとか。紙をちぎってスタンプを押し、駒を自由に増やすことができ、その駒をゲーム上で使用できます。このようなアイデアをとっかかりにして、ゲームの設定を考えていく予定です。
西島:「影の魔法」というのは『世界の終わりの魔法使い』に出てくる「複製」を生み出す魔法のことなんですけど、マンガ本編とのリンクもあり、アナログゲームをプレイすることはおもしろい体験になると思いました。成果プレゼンテーションまでに、プレイできる試作品をアランさんに最低1点作ってもらう予定です。
磯部:近年は、ボードゲームカフェも増えていますよね。私もやっていたから分かるのですが、ボードゲームにはまった人は、ひとつだけではなくいろいろなゲームを買う傾向があります。その結果、自宅でボードゲーム会を開くことも。ひとりでは遊べないので知り合いを巻き込むことになり、その波及効果は大きいと思います。テレビゲームとは違って携帯性もありますよね。
西島:リアル書店は減ってるのにボードゲームカフェは増えていますよね。人数がいないとプレイできないことや、マンガ単行本よりも大きくてプレイのために場所をとることは、電子書籍の真逆です。書店流通するボードゲームもあるので、「島島」は電子書籍に特化していますが、電子書籍にはできないことをできる気がしています。アランさんはゲームマーケットにも出店経験があります。
磯部:旧来のメディアミックスは、人気作品がある上で出版社が頑張って行うものですよね。しかし、今は個人の時代ともいえます。これからは親しい人と一緒に、複合的に作品を体験することが広がっていきそうです。そのモデルとしての可能性がありますね。
成果発表に向けて、原作とゲームの完成度を高める
西島:僕個人でも、並行してグッズ化などをいろいろ試しています。バーチャルYouTuberをつくったり、そのキャラクターを立体化して、といってもペラペラの紙なんですけど(笑)、アランさんのyoutube「パープルームTV」に出演させたりしています。
あとは、海外へ発信する方法として、自分で「海賊版動画」を作るのもいいかなと。人気マンガはすぐ海外で海賊版動画が出回って、もちろん違法なのですが、それを著者発信で合法的にやったらいいんじゃないかと。例えば海外にプロモーションに行く時、本を持っていくのは大変だけど、海賊版っぽい動画を作っておけば、QRコードを見せるだけでPRできる。声優さんに参加してもらって、声も当てて、ラジオドラマ風に仕上げようかと考えています。電子書籍に続いて、「Spotify」などで音源配信事業もできそう。さらに、動画を勝手に翻訳して良いというライセンスコードを発行できたらいいなと思っています。
磯部:他のマンガ家さんの中にも、著作権フリーでいいから海外で知ってもらうために発信したいという人がいそうですね。ノウハウを共有できると良いのではないでしょうか。
西島:制作手記「電子と暮らし」には、出版社の法務部とのやりとりなども含めてかなり具体的に書いています。ビジネスとして成立するかどうかはまだ変わりませんけど、例えば「電子書籍は法律的にはデータ販売だ」とか、漫画の権利やその運用法に役立つ内容になっていると思います。これもゆくゆくは少部数の本にまとめる予定で、編集者とデザイナーには相談を始めています。
磯部:どういう意味のある活動なのかが分かるようなかたちで発信できるといいですね。
しりあがり:構想全体が膨大なので、成果発表会までに何かしら切り取る必要が出てくると思います。まずは原作となるマンガやゲームなどのグッズなどをしっかりつくることが大事だと思います。それがあってこそ注目も得られると思いますし、次の段階として、権利のことも含めて世界観をどう広げるかというビジョンを打ち出せるのではないでしょうか。
―次回の最終面談までに、マンガの世界観を共有する試作品のあり方を探ります。