場所のアイデンティティや風土に関心をもち、人間と空間・自然環境との関係性を探求してきた佐藤壮馬さん。文化庁メディア芸術祭では、『あなたはどこでもないところから眺めみる』で第23回アート部門審査委員会推薦作品に選出されました。本企画では、神霊や魂が樹木に宿るとする神籬(ひもろぎ)信仰に着目し、3Dスキャンした御神木の断片を彫刻作品などで制作。そこに残るものと失われるものについて考察します。
アドバイザー:磯部洋子(環境クリエイター/sPods Inc CEO/Spirete株式会社COO/Mistletoe株式会社プロデューサー)/和田敏克(アニメーション作家/東京造形大学准教授)
風土や日本人らしさはどこに宿るのか
佐藤壮馬(以下、佐藤):私は北海道出身なのですが、日本人らしさの感じられない故郷の景観や生活様式に違和感を抱き、私という存在を外から俯瞰してみたいと考えるようになりました。それから、外からの目線で日本人の自然観を説いたフランスの地理学者オギュスタン・ベルク、古代信仰に着目した民俗学者の折口信夫、そして同じ北海道出身の彫刻家、安田侃(やすだ・かん)に影響され、自然や風土と人の関わり、個人の心のあり方に関心をもつようになりました。その後、ロンドン留学中に3Dスキャナによる作品制作を経験したことで、機械のみる世界と人間のみる世界の違いに面白さを感じました。
私のコンセプトのひとつが、実体のあるものがデジタルデータ化され、それが再び実体に戻る際に何が失われ、何が残るのかです。今回のプロジェクトでは、人と神霊をつなぐ存在である御神木をモチーフに選びました。
和田敏克(以下、和田):スキャニングで見えてくるものについて、佐藤さんの考え方をお伺いしたいです。佐藤さんが考える風土や日本人らしさというものは、どこに宿るのか。スキャンデータを可視化していく過程で、オリジナルから失われていくもののなかに風土があるという考え方でしょうか。
佐藤:御神木のコピーをつくる行為は、八百万の精神やアニミズム的なメタファーにつながると考えています。御神木のコピーをみた鑑賞者のなかに「大切に扱わなければ」という気持ちが生まれたら、そこに風土はあると言えます。作品から直接伝わらなくても、これは何なのかと疑問を持ってもらい、それからストーリーを知れば、風土を感じ取っていただけるのではないかと思います。
和田:作品は、抽象化した形状に日本の風土が込められたものになる、ということですね。
磯部洋子(以下、磯部):作品としても美しいですし、御神木が神聖な意味を持つことは鑑賞者も知識として知っているので、心が動くと思います。今は新型コロナウイルス感染症の影響で、地球規模のつながりや個人と風土との不可分な関係が注目されています。ウイルスも自然のなかに存在するものですし、そうした自然環境と古代人の信仰との関係性というテーマが、時代のニーズに合っていますね。自然や神霊と向き合ってきた歴史を鑑賞者に考えさせるような、問いを与える作品になると感じました。
和田:大きさも良いですよね。御神木はその大きさ、物の存在感が大事だと思うので、そこから見えてくるものに興味があります。
佐藤:やはり、原寸大で制作することに一番こだわりたいですね。自分の意識で感じられないような部分を、身体を通して感じていただきたいです。
モチーフの選定と撮影方法
佐藤:今回の面談の後、下見調査、取材先への許可申請、機材の手配などを行います。次回の面談までには、モチーフとなる御神木をスキャニングしてデータを作成する予定です。現在候補として挙がっているのは、大阪府の住吉大社と長野県の諏訪大社、岐阜県の大湫神明神社(おおくてしんめいじんじゃ)です。
住吉大社は、遣隋使や遣唐使を派遣する際、渡航の安全を祈願していた場所でもあります。こちらはすでに下見調査を行っていて、担当者の方とも直接お話しできています。今も連絡を取り合っているのですが、神社とのコンタクトの取り方についても親切にご指導いただいています。ご親切に参考文献も提供してくださいました。
岐阜の大湫神明神社は、今年の7月に樹齢1,200〜1,300年とも言われる御神木が倒れてしまい、ニュースとして報道されました。1,200〜1,300年前というと、国内最古の歴史書といわれる『古事記』が書かれた時期とも重なります。町の人口は300人ほどで神社自体も小規模な祠なのですが、周辺住民にとっては大切な存在です。現在はクラウドファンディングで復興資金を集め、名古屋大学大学院で御神木に関する調査研究が進められています。
磯部:制作スケジュールを見ると、下見調査や取材申請の期間を11月中旬で組まれていますが、ひとつの事案につき2〜3週間かかるのではないでしょうか。スキャニング作業も、御神木がまだ倒れている状態だと大変ですよね。
佐藤:スキャンデータの作成には、さまざまな地点から撮影した写真を解析して3Dモデルをつくるフォトグラメトリーという方法やレーザー光で測定をするLiDARスキャナーを使用しようと考えています。御神木はかなり高さがありそうですので、もしかしたら近くの民家の上階から撮影させていただく必要も出てくると思います。また、固定測量機器に加えてドローンで撮影する方法もあります。
磯部:ニュース映像はメディアの撮影だったのでドローンを飛ばせましたが、佐藤さんが飛ばすには飛行許可申請が必要ですし、山で木々も多いので接触も怖い。現実的に詰めるところはたくさんあると思います。
御神木に関わる人たちと信頼関係を結ぶ
佐藤:磯部さんは、移動する医療ケアの場「CAREBUS」(ケアバス)というプロジェクトをなさっていましたよね。医療の現場にプロジェクトを持ち込んで発展させていくのは、センシティブなことだったと思うのですが、磯部さんの場合はどうしていったのか、気をつけたことなどがあれば教えていただきたいです。
磯部:相対する人によって対応がそれぞれ違うので、すごく難しいですね。自分がなぜそれをやりたいのか、環境や文化の発展において地域にどのような貢献ができるのか、関係する方々に共感してもらえる活動なのか。相手と真摯に向き合って、納得いくまで話し合うしかありません。
気をつけていることは、自分が一方的に意見を言うと「対話」にならないので、みなさんがどう思っているのかを伺うようにしています。このテーマであれば、先方にも長年の歴史と思い入れがあるでしょうし、御神木に関して計画されていること、考えられているビジョンがあるか、自分が協力できる話はあるか聞くことが大事だと思います。
佐藤:協力という意味では、本作品の制作にはアーカイブや測量という側面もあります。スケールはミリ単位で算出できますので、学術研究されている方にデータ提供も可能です。
和田:今回のプロジェクトの中でも、大湫神明神社は一段階進んだ特殊なケースになると思います。倒れた御神木に関しては、地域の人たちの心の拠り所として形に残しておきたい。周辺住民の方々が、その作品にどのように関われるのか、作品が完成した後も交流していけるのか、かなり具体的に検討する必要があります。データだけもらっても困るかもしれない。現地に設置するのではなく美術館などで展示するのであれば、どういう思いを鑑賞者に伝えたいのか一緒に考えていけると、交渉していく上でもより進みやすくなるのではないでしょうか。
佐藤:大湫神明神社に関しては、まずクラウドファンディングをなさっている方と地域のコミュニティセンターに電話をしました。そのときはなかなかご理解をいただけず、もっと具体性のある話だと証明できたらよかったのですが……。
和田:例えば、自治体の人に話をして、その人たちに神主さんを紹介してもらうのはいかがでしょうか。いきなり神主さんに話を持ちかけても、厳しい態度になるかもしれない。まずはこういう仕事をしてきたというご自身のプロフィールと、記録保存を含めて御神木のモデリングを行う意義をしっかり伝えれば、理解を得られるのではないでしょうか。
―次回の面談までに、フィールドワークと実際のスキャニングを進める予定です。