場所のアイデンティティや風土に関心をもち、人間と空間・自然環境との関係性を探求してきた佐藤壮馬さん。文化庁メディア芸術祭では、『あなたはどこでもないところから眺めみる』で第23回アート部門審査委員会推薦作品に選出されました。本企画では、神霊や魂が樹木に宿るとする神籬(ひもろぎ)信仰に着目し、3Dスキャンした御神木の断片を彫刻作品などで制作。そこに残るものと失われるものについて考察します。
アドバイザー:磯部洋子(環境クリエイター/sPods Inc CEO/Spirete株式会社COO/Mistletoe株式会社プロデューサー)/和田敏克(アニメーション作家/東京造形大学准教授)
―中間面談はビデオチャットを用いて行いました。
諏訪での調査
佐藤壮馬(以下、佐藤):諏訪大社と大湫神明神社(おおくてしんめいじんじゃ)にフィールドワークに行ってきました。諏訪地方には小さな祠が点在していて、祠の四方に4本の柱が立っています。その近くにある、神長官守矢史料館(じんちょうかんもりやしりょうかん)も訪問しました。諏訪大社とそれ以前に地元で信仰されていたミシャクジ様の祭事を司る、守矢(もりや)一族の現当主・早苗さんがつくった施設です。この近くに峯の湛(みねのたたえ)という、神降しに使われていた犬桜があります。2016年に枝が折れ、もうすぐ倒壊の危険性があります。ここも候補のひとつとして撮影しました。こちらがフォトグラメトリー技術で立体化したものです。
―佐藤さんが、制作した犬桜の模型とその幹の複製を紹介しました。
佐藤:この複製の制作後に、依り代(よりしろ)や紙垂(しで)といった神道にまつわるものについて調べました。そしてわかったのが、三種の神器である鏡・勾玉・剣は、古代では最先端技術を用いて生み出したものだった。これから制作する作品も、型に入れて成形したものを研磨して光を反射する、三種の神器でいう鏡のような位置づけになると考えました。
そこで参考になったのがアニメーション映画『死者の書』(折口信夫原作、川本喜八郎監督、2005年)です。中将姫(ちゅうじょうひめ)が面影人(おもかげびと)の姿を見て、当時最先端の学問だった仏教の阿弥陀経を写経する。その後、面影人のために布を織り始める。アニメーションには、蓮の糸を取ってきて布を織る製造プロセスも描かれていました。当時は紙や布が貴重で、神への供物として捧げられていたのです。
大湫神明神社での調査
佐藤:大湫神明神社では、大湫町出身の多摩美術大学客員教授・天野裕夫さんが同じく作品制作のために訪れていました。その方にプロジェクトの説明をしたところ、数珠つなぎに紹介をしていただいて、大湫町のコミュニティセンターにたどり着きました。地元の方の話し合いの結果、許可をいただいて12月半ばに3Dスキャンをすることができました。スキャンするために倒れた御神木の上に乗せていただいたのですが、大杉と一体化したような、形容し難い貴重な経験でした。御神木への思いが強くなった瞬間でもあります。
これがスキャンをデータ処理して画像にしたものです。
―上空、断面、御神木のみ切り抜いた画像を紹介しました。
佐藤:本プロジェクトはアーカイブが大切なコンセプトですので、アーキビストの井出竜郎(いでたつろう)さんに、ご意見をいただきました。ひとつは、デジタイズするだけではなく、記録とともに地元の人たちの記憶になるようなアプローチが必要ではないか。もうひとつは、なぜアーカイブを残すのか、どんなものを残していけるのか。この2点を考えたらいいのではというご指摘でした。
磯部洋子(以下、磯部):素晴らしい進捗ですね。多摩美の方との出会いなど、引き寄せられているかのようなお話です。
和田敏克(以下、和田):この大湫大杉は、もう命は宿っていない状態なのですか。御神木、御神体としての存在は続いているのでしょうか。
佐藤:まだ根が続いている部分があり、今も御神木として存在しています。今後の対処は決まっていませんが、コミュニティセンターの方は、御神木を短く切って、起こした切り株の上に屋根をつけ、断片でもいいので残したいとおっしゃっていました。
和田:残されるにしても断片的なものになるなら、佐藤さんのプロジェクトにおけるアーカイブの意味はすごく大きい。諏訪大社そばの犬桜も小さな祠と一緒にスキャンしていましたよね。今回撮影したデータのように背景も一緒に記録すると全体のスケール感がすごく感じられて、感動させられます。
磯部:横からの断面図も、震えてしまうような絵ですよね。こういう映像は3Dスキャン技術ができるまでは見られなかった。何百年も一緒にいたものが全く違った体験として見えてくる、地元の人たちにとっても、驚きがあるでしょうね。
佐藤:木も背景も両方あったほうがいいですね。
和田:今回撮影した大湫大杉のデータは、撮影時にあった雪も含めてスキャンされていますが、雪がないときに改めてスキャンしにいくのでしょうか。
佐藤:雪がないときも行きたいのですが、新型コロナウイルス感染症の状況がどうなるか……。名古屋大学の方が、雪のないときに3Dスキャンをしているのですが、それはカラー情報がない方法でした。色情報を載せないとスキャン技術の特性上、雪が真っ黒になって、暗い印象がありました。今回の作品では色付きのほうが状況も分かり易いですし。
現地で味わった感覚を伝える
磯部:3月の成果発表イベントはどうなるのでしょうか。私としては、3D画像をきれいに印刷して大きな画面でみたい気持ちもありますね。
佐藤:オブジェのサンプルと映像に加え、3Dスキャンした画像を印刷して掛け軸のようにして展示する予定です。スキャンデータは3m幅まで印刷できる超高解像度です。大湫大杉をメインに、諏訪や他の例はそこに至るプロセスとして展示します。
―展示イメージ案をモニターに表示しています。
和田:メインとなる作品の規模はどのくらいでしょうか。
佐藤:御神木の大きさは企画書の想定よりずっと大きいものでした。作品が大きいと材料費がかかって高さが出せなくなってしまう。けれど小さいと木の大きさが伝わらない。発泡スチロールのような安い素材でつくるのは可能ですが、樹脂の透明性、つららのような素材感には、北海道で生まれ育った自分の風土の投影としてこだわりがあります。現代版三種の神器の鏡のようなもの、という意味でも妥協したくないですね。
和田:映像では、さまざまな角度から御神木を見られますか。
佐藤: 3Dスキャンをレンダリングしてつくれたらと考えています。ストーリーとして見るよりは俯瞰して見るような映像になると思います。
磯部:3月の成果発表イベントの展示場所は商業施設の中なので、偶然通りかかった人が展示を見ることもあります。映像は目に留まりやすいので、そこで伝わるものがあればいいですね。コロナ禍で自然との触れ合いを求めている人は多い。今の私たちには自然との共生というテーマは切迫感のあるものですし、心の琴線に触れる人は多いのではないでしょうか。
佐藤:御神木の上に乗ったときの身体感覚、木と一体になったような、包まれるような感覚が残っているけれど、どう表現していいかわからないのです。
和田:その抽象的な感覚を共有したいですね。倒れた御神木に興味を持ち、作品制作に思い至り、そこから古代の人とのつながりを考えるようになった。その広がりも展示から読み取れるといいですね。
成果発表のその先
和田:成果発表の先、この作品を最終的にどうしていきたいと考えているのでしょうか。
佐藤:具体的な展示時期や場所はまだ未定です。また、地元の方々とのコミュニケーションを通して見えてくる存在も大切なことであると考えるので、お付き合いを継続していきたいです。
磯部:最終的には地元に作品が戻っていけるといいですね。
佐藤:初回面談でもご指摘いただいたように、地元の方に何を提供できるのか考えていました。3Dスキャンから生成したイメージを掛け軸にしてプレゼントしようかと思っています。
本来のスケジュールであれば、そろそろ原型を制作している時期ですが、冬だと樹脂を固めるための温度調整が難しく、作業を春以降に遅らせるつもりです。これからその材料を発注する予定です。
―最終面談までに、スキャンデータをもとに展示物の試作を進める予定です。