9組のクリエイターによる成果プレゼンテーションが、「ENCOUNTERS」というイベントタイトルでGinza Sony Parkにて2019年3月1日(金)〜3日(日)に開催されました。採択企画の紹介展示の他、3月3日(日)には国内外の採択クリエイターとアドバイザーによるトークイベントも実施しました。
今回は海外クリエイター招へいプログラムで採択されたエヴァ・ミュラーさん、アナスタシア・メリコヴァさん、ローサ・メンクマンさんの3名によるプレゼンテーションの様子をお伝えします。聞き手・進行はアーティスト/多摩美術大学教授の久保田晃弘氏、ソニー株式会社コーポレートテクノロジー戦略部門テクノロジーアライアンス部コンテンツ開発課統括課長の戸村朝子氏、アニメーション作家/東京造形大学准教授の和田敏克氏です。
エヴァ・ミュラー
自身の出自や実際のエピソードをもとにした伝記的なマンガ作品を制作するエヴァ・ミュラーさん。今回の滞在ではその滞在記をマンガで表現。日本独自の文化である妖怪なども取り入れて制作中です。
エヴァ ミュラー(以下、ミュラー):私は絵を描くこととストーリーテリングを生業にしながら、マンガ、音楽、音、スクリーニングなどさまざまなメディアを組み合わせて作品を制作しています。絵を描くことが好きだった私にとって、言葉だけでは伝えられないものまで伝えられるマンガは、物語を伝える手段として最適でした。
描く物語は、自伝的な要素と、リサーチにもとづく客観的な史実で構成されています。拡張的な伝記と呼べるかもしれません。そこでテーマとしているのは「労働」です。私の家が労働者階級の出自だったことから、人の出自が後の世代に及ぼす影響に興味を持ちました。過去作品には、裕福な家の掃除婦を生業としていた祖母が働く様子と、お掃除ロボットに掃除をさせる、掃除嫌いの私を対比させて描いた場面があります。また、私はこれまでにいろいろな仕事を経験しましたが、そのすべてを絵で記録しています。はじめての仕事は8歳の時の新聞配達でしたが、遠くまで配達するのがすぐ嫌になり、近くの川に新聞を捨ててクビになりました。
今回は日本の滞在制作記を描いています。来日する直前の様子からはじまる、全16ページののマンガです。滞在中、東京工芸大学でマンガを専門に研究されている細萱敦(ほそがや・あつし)先生に話を伺ったり、また日本の妖怪について学んだりしました。今や私は、水木しげるの大ファンです。
私には、労働者階級の家庭に生まれた自分がアーティストになれるのか、そんな不安が常にありました。そこで、不安を可視化した存在として、自分で考えた蛇の妖怪をマンガに登場させました。蛇はドイツでは、後ろめたさや恥、不安のシンボルです。
和田敏克(以下、和田):ドイツと日本のマンガを取り巻く状況はやはり違いますか?
ミュラー:日本では、大人も当たり前のようにマンガを読んでいて、ポップカルチャーがアートと同等に扱われている印象を受けました。ドイツでは、ポップカルチャーをそのように受け入れる姿勢はあまり見られないと思います。マンガはナチスの時代に一度全て処分されているため、今はゼロからマンガの文化をつくっている段階です。マンガで生計を立てるのはドイツではまだ難しいですね。
和田:日本のマンガは雑誌を売るためのコンテンツという位置づけも大きいのですが、エヴァさんの作品はそうではなく、作家の単行本として出版されています。日本でいうコミックエッセイに近い気がしますが、エヴァさんのマンガとの向き合い方が興味深いですね。日本にもこのようなマンガがもっと増えてほしいと感じました。
アナスタシア・メリコヴァ
絵画のような繊細な絵を動かしアニメーション作品を制作するアナスタシア・メリコヴァさん。京都の禅庭のリサーチから自作との共通点を見出し、新作『beginning of the light』の作品世界をより深めています。
アナスタシア・メリコヴァ(以下、メリコヴァ):私は今回の滞在中、新作のストーリーボードとドラフトアニメーションを制作しています。まずは現状をお見せします。
―作品『beginning of the light』のドラフトアニメーションを上映。
メリコヴァ:これは、太陽と月をテーマにした2Dアニメーションです。太陽と月に見立てた幼い男女の双子と、光と影の象徴として、縞模様の虎が登場します。双子が離ればなれにならなければならない別れの悲しみを、美しく描きたいと思っています。
来日して、京都の禅庭や神社仏閣をたくさん訪ねました。禅庭が全体で海を表し、その中の石が島を表しているということに非常に感動し、私のつくるストーリーや世界観と共通するものを感じました。まだ石と埃しかない世界で、双子はいつも石で遊ぶのです。そこで、今回の作品に禅庭の要素も取り入れることにしました。また、ラストではすべてのものが水と空に溶けていくことにしようと思っています。宇宙と水には親和性があると思ったからです。ロシア語では、タイトルに用いている「light」と世界を表す「world」は同音異義語です。光のはじまりはすなわち世界のはじまりです。
日本の子供がとても可愛らしく、つい見入ってしまっているのですが、ある時、駅で見かけた2人の女の子が、2人で1人のふりをして階段を登っていました。その様子が、自分の作品にぴったりだと思い、すぐに描き起こしてアニメーションにしました。
―5秒程度のアニメーションを上映。
メリコヴァ:来日前には考えていなかったのですが、この作品には第2部をつくろうと思っています。日本でさまざまなものを見て、「時間」を作品のテーマに盛り込むことを考えました。光だけではなく、時間もつくる。生物のいない、なにもない灰色の世界から光がつくられ、太陽や夏など明るいイメージのものができ、対になる月や冬といった暗いイメージも生まれる。さらに時間が生まれることで、死の概念ができます。花も枯れ、生まれたものには終わりが訪れる、そういった営みすべてが美しいものだと感じるようになりました。それを作品で表現できればと考えています。
久保田晃弘:作品はどこかの国に限定されない無国籍な印象を受けましたが、表現の根源にあるものは何なのでしょうか。メリコヴァさんの出身であるロシアの宇宙主義や、シベリアの環境から受けるインスピレーションなどがあるのでしょうか。
メリコヴァ:陰と陽の思想などは、ロシア特有のものではありませんが、私自身は正反対のものが表裏一体であるとするような思想に惹かれます。具体的に何から影響を受けているかはわかりませんが、シベリアの「何もなさ」から与えられているものはあると思います。
和田:先ほどの、子供の動きをそのままアニメーションに描き起こす姿勢など、すばらしいと思いました。作品の完成を楽しみにしています。
ローサ・メンクマン
デジタル技術における素材の扱われ方に疑念を抱き、作品に落とし込むローサ・メンクマンさん。日本のさまざまなメディアアーティストと出会い刺激を受けながら、作品『Behind white shadows of image:processing』をアップデートし、新作『A lexicon of glitch a fact』の制作にも励んでいます。
ローサ・メンクマン(以下、メンクマン):来日してまず、着物に施された「しつけ糸」に感動しました。あえてゆるく縫うことで、着物本体の素材を傷つけない。素材同士が尊重し合っている様子に、自作との共通点を感じました。私自身も作品でさまざまな素材を用い、それらが互いに尊重し合うストーリーを伝えることが多いのです。プレゼンテーションの前に、私に刺激を与えてくれた、日本のアーティストたちの作品を紹介したいと思います。アドバイザーの久保田さんを通して今回会うことのできた方々です。
―日本のアーティスト、ヌケメ、ucnv、エキソニモ、谷口暁彦、平川紀道、youpyの作品を紹介。
メンクマン:私の作品『Behind white shadows of image:processing』は、画像処理技術がはらむ問題を扱ったものです。
レナという白人女性の画像があります。彼女は長らく、JPGの圧縮処理をする際のテスト用画像として使われていました。そういった場面で使われるのは主に白人の、必ず女性の画像です。また、彼女は安価な製品の広告に多用されているモデルです。実はレベッカ・ギブンという名前なのですが、このような名も知らぬ女性たちもまた、広告によく使用されています。
私たちが見ず知らずの女性の画像を、道具として扱っていること、そしてそこに人種的な偏りがあるということを作品で示したいと思い、彼女らの画像をコレクションし、声を与え、語らせることにしました。
今回の展示では、スマートフォンでビデオ通話をするように、彼女たちの話を聞いてもらえないかと考えました。女性たちがアプリのアイコンになっていて、クリックすると彼女らが画像処理のストーリーや偏見について語ってくれるのです。今回の展示では、iPadの画面に入れ子状に映し出されたスマートフォンの画面に、彼女たちが映し出され、おしゃべりをします。
もう一つ、『A lexicon of glitch a fact』という作品を制作しています。ほぼすべてのSF映画には、ストーリーを印象づけるため、人工的に画面にひずみを与えている場面があります。私は630本のSF映画の予告編から、ひずみのシーンをすべてスクリーンショットしました。それぞれがどういった意味合いのひずみなのか言語化し、整理して発表するつもりです。
戸村朝子:レナの画像など私も使っていたので、彼女の作品が示していた問題提起にはハッとさせられました。誰もが無意識に、当たり前に扱ってきたものに焦点を当て、まさに声なきものに声を与えた稀有なプロジェクトだと思います。作品を発表すると、どんな反応がありますか。
メンクマン:ハッとさせられたと言う人もいれば、関係ないと言う人もいます。デジタルな世界は、0と1でできたクリーンな世界だと思われていますが、私の作品はそれを覆すものです。
アナログな素材と同じように、デジタル技術に関わる素材にも歴史があり、背景がある。それが見えなくなっている状況に疑問を持つことの重要性を、作品を通して示していきたいと思っています。