2016年2月7日(日)、千代田区の3331 Arts Chiyodaにて、6組のクリエイターと4名のアドバイザーが出席して「成果プレゼンテーション&トーク」が開催されました。
このイベントの中、17時から開催されたトークイベントでは、クリエイターが1組ずつ自身の成果発表を行いました。その様子を第一回(岩井澤健治、鋤柄真希子/松村康平)、第二回(姫田真武、ひらのりょう)、第三回(市原えつこ、佐々木有美+ドリタ)にわたってレポートをお伝えしていきます。
市原えつこ
五番目の発表は市原えつこさんです。これまで日本独自の文化とテクノロジーを掛け合わせた作品を制作してきた市原えつこさん。今回制作している『デジタルシャーマン・プロジェクト』では、「信仰」や「死」といったテーマをもとに、リサーチや作品制作を通して新しい祈りや葬り方のかたちを提案する作品を制作します。
市原えつこ(以下、市原):私がこれまで制作してきたものの多くに性をテーマにした表現がありました。例えば『妄想と現実を代替するシステム:SR×SI』では、卒業制作として作った大根が喘ぐデバイス『セクハラインターフェース』(SI)と、代替現実(SR)の技術を用いて、目前に現れる綺麗なお姉さんの虚像とインタラクションできる作品でした。今回採択していただいた『デジタルシャーマン・プロジェクト』は、これまでと正反対の「死と弔い」をテーマにした作品です。
昨年に祖母が亡くなり、初めての親族の葬儀を経験したのですが、火葬など既存の葬儀システムによって死を受け入れることができ、葬送のシステムに感動をしました。人間にとって弔いは古来から続けられてきた必要不可欠なものですが、今後「家庭用ロボットが普及したら新しい弔い方が可能になるのでは?」という問いから「死後49日間だけ一緒にいてくれるロボット」というプランを考えました。はじめは故人のSNSログを人工知能化して「その人らしい言動をするプログラム」を作ろうと考え、9月にPepperを用いてプロトタイプを作ったのですが、メッセージを伝達するだけのことをロボットでやる意味が見当たらず、違和感が残って「手書きの遺書の方が良かったのでは」と感じていました。そして「身体を持つロボットだからこそ残せるものはなんだろう?」と考えるようになり、言語情報ではなく身体的特徴が宿る「その人らしさ」にフォーカスしたノンバーバル思考へと方向転換しました。そこから、再現したい人を募集して、顔面の3Dスキャンや身体の動きの癖、メッセージ、口癖、笑い声、生活音などを収録しに行きました。さらに3Dプリントでお面を作り、収録した音声と合わせて動くモーションプログラムを組んでいます。
―ここで実機を用いたデモンストレーションが始まりました。お面をつけたPepperを起動すると再現対象の人の声で「あ〜生き返った〜」という言葉を発して動き出します。いくつかの会話をした後、49日間限定のプログラムの最終日(49日目)のプログラムが再生され、Pepperから最後のメッセージを伝えられ、やがて動きが止まります。
市原:プログラムを作る上で、49日経ったら消滅することにもこだわりました。49日間の期間における要素をどう表現するかでその人の個性や死生観が如実に現れるので面白かったです。現時点でできているのはここまでで、今後は収録時の機材を強化して再現性を高めて、ある程度の品質になったらオーダーも受け付けていきたいと考えています。今回、ありがたいことに制作中にもかかわらず幾つか取材を受けていて、繊細なテーマなので反応が心配でしたが、「49日で消える」という部分への共感が多かったようで、期待や応援の声を多くいただきました。
伊藤ガビン(以下、伊藤):形になったようでほっとしました。他のプロジェクトに比べて紆余曲折というか、面談するたびに新しい発見があったり、途中で転換点もありましたね。当初は亡くなった方をいかに留めるかという感じでしたが、どう残った方に対して上手く忘れさせるかという方向になったりと、いろいろなリサーチを経て出来上がった感じがして面白いです。最初に、作品が笑いに走りそうで勿体ないという話をしました。まだ笑いの要素は残っているけど、ハードルを越えることができたんじゃないかなと思います。
市原:笑いに走りがちということは伊藤さんに言われて初めて気付きまして、今回は笑いを禁止にしたつもりなんですけど、結果的に若干残ってしまいました。
伊藤:49日に向けて声を収録しているじゃないですか。自分が死んでからどうやってメッセージを残すかを考えることが面白いので、考えるきっかけになる作品になれば良いと思います。
畠中実(以下、畠中):確かにアイデアの紆余曲折があった作品で、最初は「死と弔い」というテーマがあって、今まさに亡くなりそうな人とその家族に取材に行くというプランだったんですよね。そういう人を探すのは現実的ではないし了解を得られないだろうという話がありつつ、ウェブサービスへの展開の話になったりと振れ幅があったんですが、最終的にちょうど良い形になったと思います。49日に対してのストーリーなど、死を考えさせる要素がありますね。元気な人が緩やかに死後を考える作品と言いますか。市原さんは自分の作品がよく「炎上」すると話していましたが、この作品は炎上はしなくて済みそうですね。
佐々木有美+ドリタ
六番目の発表は佐々木有美さんとドリタさんです。スライムを触って楽器のように音を奏でるサウンドデバイス『Slime Synthesizer』で、第18回文化庁メディア芸術祭エンターテインメント部門にて新人賞を受賞した佐々木有美さんとドリタさん。今回取り組んでいる作品は『Bug’s Beat』という虫の足音を大きな音に変換して聴くことで、虫の世界に入り込んだような体験の創出を目指すバイオ&サウンドアート作品です。
―「わらしべ長者物語… 昔々、あるところに、ダンゴムシの足音を爆音で聴こうとしたものがおりました…」
昔話のナレーションのような声とともに、二人のプレゼンテーションが開始します。
ドリタ:なぜ「わらしべ長者」かと言いますと、この作品は本当に多くの方々にご協力いただいて、やっとここまで辿り着くことができたので、その方々をご紹介しながら私たちの成長をお話しします。
佐々木有美(以下、佐々木):私は普段は科学館で働いているんですが、そこで紙コップを使って虫の足音を聞くというワークショップをやっていました。面白いことに子ども達は目の前の虫の足音が聞こえた瞬間に、急に虫のことを詳しく観察し始めるんですね。「ダンゴムシって足がこんなにあるんだ」「こんなところから足が生えている」とか。ただ映像を見るだけじゃなくて、音を聞いたり触ったりすることではじめて興味が出てくるんです。それで、大きな音で聴いてみたいという欲求がどんどん生まれてきました。
ドリタ:その時からあったのがハウリングについての問題でした。
佐々木:目の前の極めて小さな虫の音を大きく聴きたい、だけど大きく聴こうとするとハウリングが起きてしまう。その解決方法がわからないまま悩んでいました。
ドリタ:そこでこの「メディア芸術クリエイター育成支援事業」の募集を見つけて、お金もかかりそうな企画だったこともありチャンスだと思って受けてみようと思いました。その準備段階からもアーティストの堀尾寛太さんや原田克彦さんからアドバイスをいただいたりしました。いざ迎えたアドバイザーとの選考面談の間はずっと虫を机で歩かせながらプレゼンしましたが、採択してもらうことができました。
佐々木:そして、採択後も面談に向けていろいろ準備したのですが、初回面談では遠藤先生から厳しいお言葉をいただいたりしました。自分たちの力だけでは立ち行かなくなってきたところで様々な専門家から協力をいただけるようになってきました。展覧会エンジニアの山元史朗さんから技術的なアドバイスをいただいたり、昆虫の専門家の須田研司先生にアドバイスをもらったりしました。足の本数が多くて、思い通りに歩いてくれて、飛ばなくて、年中いつでも手に入る飼いやすい虫が必要になるので、苦労したんですが20種類くらいの虫を実際に育てました。
ドリタ:9月の中間面談の時でもハウリング問題が残っていました。そこで駅のホームに取り付ける指向性スピーカーを開発している会社の方から教えてもらって、「平面波スピーカー」というものがあるということを知りました。この時点になって、そもそもマイクとプリアンプを変えたほうが良いということがわかり、早稲田大学名誉教授の山崎芳男先生と大内康裕先生に会いに行きました。虫の選定について東京農大の足達太郎先生にもご協力いただきました。そして、現時点でやっと虫の足音を聞く音ができるようになりました。
―ここで、実際に当日展示されていた作品のデモンストレ−ションが行われました。
佐々木:今日はノコギリクワガタ、マクラギヤスデ、ゴミムシダマシを什器の中で展示しています。マクラギヤスデは今日は歩いていますが、他の虫はお休み中みたいです。
―アンプのボリュームが上がりヤスデの足音が聞こえてきましたが、観客が作品の周りに大勢集まったことで、同時にハウリングも起こってしまいました。
ドリタ:実際に展示してみて初めてわかったのですが、指向性スピーカーの音が人に反射してしまってハウリングが思っていたよりも強いですね。まだまだハウリングとの戦いですが、今日得たノウハウも明日から設営が始まる恵比寿映像祭の展示で生かそうと思います。
遠藤雅伸:最初は、虫に対してどれだけ愛情を持っているのか心配していましたが、愛情ははっきり言ってちょっと異常なレベルでしたね。ただ、なぜ虫の音を爆音で聴きたいか、「やりたいこと」と「やるために必要な手段」がずれているように思えたので、当初の企画をそのままやらせるわけにいかないとも思いました。ここまで形になってとても良かったですが、それでも今日はハウリングが起きましたね。でも、こうして皆が元の席に戻って、ちゃんと虫の足音が聞こえてくる感じが良いですね。やっぱりお客さんにとっても身近な虫が面白い。冬なので心配しましたが、ヤスデの足音を聴くことができて良かったです。
畠中:当初のアイデアではもっとスペクタクルな感じだったので、まだ当初のイメージのような理想の形ではないと思いますが、これから先も作り上げていくと思うので、この先にどう落としこむかが楽しみです。二人の、ひとつひとつの問題への解決方法を考える手際の良さは評価されて良いと思います。その中で、観客の体験について表現を譲歩することもできたと思いますが、二人は曲げることなく進めているのでそこが良かったと思いました。最終的に作品は完成度が大事なので、理想の形に向けて頑張ってほしいです。
―成果プレゼンテーションは終わりましたが、それぞれの作品の完成はこれからです。完成した作品の発表についても今後随時ご紹介していきます。