酒井康史さん、竹田聖さん、片野晃輔さんの3人のメンバーで構成される生麩製作委員会。文化庁メディア芸術祭では、酒井さんの作品『lmnarchitecture.com』が第18回エンターテインメント部門審査委員会推薦作品に選出されました。今回採択されたのは、以前からプログラム制作などを進めている『namaph』と題したプロジェクト。都市計画の影響を予測して可視化するツールを制作し、合意形成を支援するものです。
アドバイザー:タナカカツキ氏(マンガ家)/磯部洋子氏(環境クリエイター/sPods Inc CEO/Spirete株式会社COO/Mistletoe株式会社プロデューサー)
ワークショップの方針
―中間面談には、生麩制作委員会の竹田聖さん、片野晃輔さん、オンラインで酒井康史さんが参加しました。
酒井康史(以下、酒井):今回は、3月の成果発表の準備についてと、これまでにメンバー間で議論してきたことを中心にお伝えします。新型コロナウイルス感染症の影響で日本とアメリカを行き来できない状況で、方針の変更などがありましたが、おおむね順調に進んでいます。2月末にワークショップを行う予定です。
『namaph』の定義を再確認すると、「集合的な合意形成ができる生物多様性シミュレータ」です。成果物としての「もの」と、人が集まり議論する「こと」がセットになっているプロジェクトです。プロジェクトの採択時は、地球環境の変化や自分たちの街のことなど、「重要だが難しくてつまらないもの」を議論したり決めたりすることができる、ムーブメントのもとになるような作品の制作を目標としていました。この実現のために、長い時間をかけて3人で議論をしました。12月からは、それを走らせる「もの」をつくっています。
集団の合意形成を語るとき、「総論賛成各論反対 (NIMBY)」の話が出てきます。例えば、「外国人労働者の受け入れは国際社会的にも少子化国力低下対策として進めるべきだ、だが我が家の近くは治安・地価が落ちるのでいやだ」「地球環境保護のために最善は人口を減らすべきだが、だからといって死ねない」ということなどです。地球環境の変化や都市開発など、解決が難しい問題に対して、本当に合意形成できるのかという声も出てくると思います。
プロジェクトの要としては、PDCA(計画・実行・検証・調整)のサイクルを何度も回すことによって、お互いの理解を深め、科学的知見を集団で学習していくしかないと考えています。ちなみに都市計画の分野でも、集団的な創造プロセス論の提言が1960年代頃からありました。ダンスや舞踏の手法を都市計画に転用した例など、柔軟なプロセスで計画していく試みがなされていたようです。
今回のワークショップは、中間面談で説明した真桑市(まくわし)のシナリオをベースに、集団でPDCAサイクルを回し、環境の変化を理解していくものにする予定です。さらに参加者には、次のワークショップのための改善提案や投票を行ってもらいます。参加者がワークショップの制作者になるという、参加の二重構造をつくることにしました。大きな目線に立ってシミュレーションの確かさや環境に関する指標の見直し、参加の報酬などを考えてもらう予定です。
進捗と技術的な補足
酒井:技術的には、環境シミュレーション(地図を介したシミュレータ)と分散自律組織(投票の管理)と簡易ログデータベース(意思決定の履歴を集めるもの)の3段階でシステムを組む予定です。個々の開発はほぼ終わっているので、今後は統合を行っていく予定です。
環境シミュレーションは、「ロトカ・ヴォルテラ方程式」(捕食者・被食者の数と分布を計算するための方法)と、「セルオートマトン」(隣り合う領域同士の干渉や影響を説明するために使う)という、2つの計算方法を組み合わせて用います。これは元々、片野さんのインプットのもと竹田さんが開発していたものです。
組織の形態は、分散自律組織(DAO)を取り入れます。DAOとは、公開化で改ざんが不可能になるというブロックチェーンの性質を利用して、ネットワーク上で投票を行い集団が意思決定する仕組みのことです。
DAOは、権利を中央に集約することなく、自律して意思決定する組織形態として2016年頃から注目されています。現状としては投機的な目的でしか使われていませんが、今回はそれを文化や生物多様性などの分野で使うことを試みたいです。
DAOを使うもう一つの目的が、シミュレーションやゲームの参加のインセンティブとして仮想通貨を配布し、勝敗によって微々たる報酬を受けられるようにすることです。提案が認められたり参加者の増加が見込まれたりといった組織への貢献があれば、さらに報酬をもらえます。今回の助成の期間後は、参加者からの参加料の徴収も予定しており、生態系を考える集団として自律できるようにしたいと思っています。
―仕組みの紹介のためのデモンストレーションを行いました。
酒井:DAOの仕組みを紹介するために、インターネット上に表示する画像を集団で合意形成する場合の例を挙げます。画像は広告としてもギャラリーとしても捉えることができます。参加者は、投票や提案を自由に行います。初めにできるのは画像の提案のみですが、徐々に、この組織をどのようにするかといった提案も可能になります。このような仕組みを都市計画でも用いることで、領域に何を建てるか、何を運営するかということを分散的な組織で進めることができると考えます。2月末頃に、小さいコミュニティでこうしたワークショップを行う予定です。
竹田聖(以下、竹田):自分たちの手から離れたときに、完全に自由でいいというのが理想ですが、意図しない方向に行く可能性もあります。最初のモチベーションを保ちながら、発展させていく方法を考えたいと思っています。
片野晃輔(以下、片野):利益を独占したり自分だけ勝とうとしたりすると、過疎化するのでそもそも自分の旨味がなくなっていきます。定員が一杯の状態を保てるようにするための仕組みを考えたいです。竹田さんと僕はシステムをつくり、それをいかに統合するかは酒井さんの専門なのですが、そこが大変かもしれません。
参加者の動機を考える
磯部洋子(以下、磯部):参加者のモチベーションがどこにあるのか知りたいです。他者からの承認が欲しいからなのか、それともDAOという仕組みが理想的な社会を実現してくれそうだからなのか。
タナカカツキ(以下、タナカ):今回、たたき台をつくるだけでもチャレンジングなことだと思います。合意形成をしたり、さらに組織への提案をしたりするとなると参加のハードルも上がりますが、参加者がこの組織に参加する動機はどのようなものを想定していますか?
酒井:私たちの周囲にいるような、環境シミュレーションの理解を深めたい人にまず刺さる内容だと思います。最終的には、報酬に魅力を感じた人や、仕組み自体を面白いと思う人などが入ってくるのではないかと思います。
竹田:ある程度展開していけば新たなコンテンツが出てきて、そこで生まれたメッセージ性などに人が集まってくるだろうと予想しています。さまざまな人に対して刺さる言葉が勝手に生成されるような、生き物みたいなものをつくりたいと思っています。
タナカ:やり始めると面白さがわかるかもしれませんが、そもそもこの組織にどこで出会うのか、そのタイミングが気になります。
磯部:リアルな発表の機会もあるので、作品に触れた人の心を動かすようなものを考えるのもいいと思います。
―今後はワークショップを開催し、成果発表やその後の活動について検討していきます。