令和3年度採択者の成果プレゼンテーション展「ENCOUNTERS @ VisLab Osaka」を、2022年4月29日(金・祝)〜5月8日(日)の期間に、大阪の「グランフロント大阪北館 ナレッジキャピタル2F The Lab. アクティブスタジオ」にて開催しました。
会期中には、2つのトークセッションを開催。今回は、5月8日(日)に開催したトークセッション②の様子をレポートします。
本展と同時期に京都・石清水八幡宮にて作品を発表した佐久間海土氏と担当アドバイザーの磯部洋子氏・山川冬樹氏をお招きし、石清水八幡宮で行われた展示について、そして本育成支援プログラムについてお話を伺いました。
登壇者:磯部洋子(令和3年度本事業アドバイザー/環境クリエイター/sPods Inc CEO/Spirete株式会社COO/Mistletoe株式会社プロデューサー)/佐久間海土(令和3年度本事業採択クリエイター/サウンドアーティスト)/山川冬樹(令和3年度本事業アドバイザー/美術家/ホーメイ歌手)
モデレーター:原久子(大阪電気通信大学 総合情報学部ゲーム&メディア学科 教授)
佐久間海土
音響演出や作曲活動と並行してサウンドオブジェクトを制作する佐久間海土さん。第24回文化庁メディア芸術祭アート部門新人賞『Ether – liquid mirror』では、測定した鑑賞者の心拍音で鏡を震わせ、鑑賞者に自身の「生」を感じさせました。今回採択されたプロジェクトでは、鏡のモチーフをパブリックスペースに展開し、空間の人々のまじわり、そして時間感覚の変容を目指します。
展示に至るまでの経緯
原久子(以下、原):まずは、佐久間さんがこれまでどんな活動をしてこられたかお聞きできればと思います。そもそもこの国内創作支援プログラムに申請するに至った経緯からお話をお願いします。
佐久間海土(以下、佐久間):このプログラムに応募する際、「石清水八幡宮に鏡のシリーズ作品を展示する」ことを前提にした企画を出しました。僕が鏡を振動させる作品を作り始めたのは、今から4年前頃からです。最初は、吊り上げた円盤の鏡を作り、ひたすらに振動させることをやっていました。
申請する3、4ヶ月前から石清水八幡宮に「ぜひ作品を展示させてください」という話をしていました。その時には、どうやって作品を展示するか、なぜ展示をするかは考えずに、「僕の作品をここに置きたい」という想いがありました。ただ、実際には展示内容を詰めていく中では、単に作品を持ってきて展示するだけではなく、もう少し深い関わりができないかとも考えていました。その時にこのプログラムを知ったのがきっかけです。
応募時点では「立方体の鏡を制作する」という企画でした。ただ、制作を進めていく過程で立方体ではなく、斜めから見ても厚みを感じない薄さで自立する円形の鏡にすることに行きつきました。
配置についても、当初は石清水八幡宮の本殿に到着する前から鑑賞者が心拍センサーをつけ、鑑賞者の心拍と同期する企画を考えていました。既存のものではなく見る人と連動するコンテンツを検討していたんです。ですが、最終的には拝殿のすぐ横に配置することになりました。本殿から入ってきて最初に鏡を見るとそこには空しか映っていませんが、お参りをした後に拝殿から離れ、鏡を横から見ると木々などの景色が映りこみ、鏡の前に立つと鑑賞者自身とともに空間全体が映ります。
石清水八幡宮はケーブルカーもあるくらいなので、山を登ってくる人の心拍数かなりは早くなります。その心拍を計測した音をこの空間で響かせると、参拝する方の邪魔になってしまう。そこでコンテンツを変えたという背景があります。
もともと、これまでの制作ではプロトタイピングとアウトプットが一緒で、毎回作品をアップデートさせていましたが、今回は明確なゴールを見据えて作品を作ることができました。僕はいわゆる美術大学出身ではないので、作品制作のプロセスを誰かと共有することがあまりありませんでしたが、この支援プログラムを通じて制作のプロセスを面談でお話しすることで知ってもらい、アドバイスをいただき、後日レポートで振り返ることができたことが良かったです。
それと、今回の展示では精神的にはすこしきつかったんですが、作品鑑賞が目的ではない、人が集まる場所でどんな体験を提供できるか、人の多い石清水八幡宮で展示したことで得た経験から一つ次のステップへ到達できたと思っています。
原:作品が立方体から円になるというのはかなり大きな変更だと思います。それは、技術的な問題でそうなったということですか?
佐久間:石清水八幡宮の方から、神社のシンボルとして円形の鏡に魅力を感じていると意見がありました。その意見があったので立方体だけではなく円形で作品にできないかということも考え始めました。実現できなければ立方体でやりたいと話そうと思っていましたが最終的に円形になりました。
立方体から円形に変更をする時に、石清水八幡宮の方に鏡と神道の関係についていろいろお話を伺いました。アドバイザーのおふたりとの面談でも「この場所に置く意味」について議論することが多くあったと思います。
本殿の内部を石清水八幡宮の中心として考えると、この場所は人と人が交流するというより、個々人がお参りする場所であって、お参りする対象は八幡の神です。作品と鑑賞者の1対1の関係に拘ることについても改めて考えました。当初は人が自由に交わる形態を考えていたのですが、石清水八幡宮の場所性を改めて考えたときに、作品と対面する自分、鑑賞者が自身と向き合うということに立ち返ったところがあります。
原:今までは制作プロセスを共有する機会がなく、伴走してくれるアドバイザーがいて良かったとのお話でしたが、面談でのやり取りで印象的だったことはありますか。
佐久間:2、 3ヶ月ごとに面談があるので、明確な進捗を出さないといけない気持ちになったことが結果としてすごく助かりましたね。石清水八幡宮に話をもちかけたときは「3年以内に実現できればいいね」くらいのペースでスタートしていました。ただ、このプログラムでは2022年12月までに作品を完成させる必要がある。石清水八幡宮との交渉もあるなかで、実現させることに、ハラハラする場面もありましたが、石清水八幡宮の方々の協力もあり、作品を確実に展示に持っていくことができたと思います。
もう一つは、自分の考えを言語化する機会を得たことです。やりたいことを言葉で表現できないから作品として表現している面はありますが、言葉で説明できないと新しいチャレンジに興味を持ってもらえない。今までだったら展示の時に横にステートメントを置く程度で、考えている中身について長く話すことはありませんでした。今までの作品作りではステートメントよりもものづくりが先行していたのですが、今回は面談でアドバイザーに進捗を伝える作業があったので、面談の度にステートメントを考えてきました。制作過程でステートメントを作るというのが初めてだったので、大きな変化でした。それでもどうしても言葉にするのが難しくて、毎回の面談では作った作品を持って行くことになりましたが。文脈も含めて作品を作り上げるということは、今後も挑戦していきたいと思っています。
山川冬樹(以下、山川):面談についてよく覚えているのは「鑑賞者が作品を体験するということはどういうことか」を話しあったことです。鑑賞者がどうやって作品に出会うのか、作品の体験に入るまでの導線はどうなっているのか、作品を体験することで、鑑賞者の中で何がどう変化するのか。もちろん鑑賞者の体験の全てをコントロールすることはできないけど、作家が想定する体験をしてもらうための現象を引き起こす仕掛けができるかもしれない。具体的な例えで言うと、鏡に近づけば近づくほど自分の視界が鏡面世界に覆われて鏡の中に入り込んでいくような体験が得られる。つまり、物理的な距離感によって体験を操作することが出来るとアドバイスをしました。
いわゆる「客観性」とも違っていて、自分が観客になってその作品を観賞した時、どういう体験を得られるだろうかというイメージを、具体的に持ちながら制作してほしいと思ってアドバイスをしました。
磯部洋子(以下、磯部):佐久間さんには感性主導の方という印象を受けました。言語化するのが苦手だから作品を持ってきたとおっしゃっていましたね。当初は「石清水八幡宮に置きたい!」ということでプロジェクトを始めていたものの、「なぜ石清水なのか?」「石清水の中のどこに置いて、どういう体験を感じてほしいのか?」という部分はあまりはっきりしてなかったと思います。
作品の強度が担保されていないと心が動くものも動かないよ、とアドバイスをしました。一つひとつの体験設計を、クライアントワークのようにロジカルに構築していく客観性と、感性として磨き上げた「なぜこれに心が動くのか」ということにフォーカスをする、この2つを行ったり来たりすることが大事だと思います。そうした考え方は、佐久間さんも今回の作品制作を通じて深めていったんじゃないかなと思います。
昨日、実際に作品を体験しまして、作品がすごくその場に馴染んでいると思いました。その場所での体験がアップデートされるような仕上がりで、とても感動させてもらいました。
山川:自分は、感覚とか感性みたいなものは工学的にある程度操作できると思っていて、アーティストは作品でそれを実践しているんだと思うんです。その方法を佐久間さんが掴めると、また次のステップに行ける気がします。もちろん人によって最終的にその観賞体験をどういう風に受け止めるかは十人十色です。しかし少なくとも体験の入口の部分はアーティストが操作できるし、すべきだと僕は思います。石清水八幡宮で作品をみた印象として、立方体から円形になったことも大きな変化だと思うけど、一番大きな変化は、観客のリアルタイムな脈拍を使わないことにした点だと思いました。それは当初から重要な要素だったはずですが、お参りする方の邪魔になるからやめたということなんですか。
佐久間:きっかけとしては、参拝する人にとって五月蝿いと感じたということです。今までは「脈拍と同期する」ことが先行していたのですが、面談を経て、石清水八幡宮での体験について考えるうちに「脈拍を使うのをやめよう」と思えるようになりました。作品の強度としても鑑賞者の体験という面でも、自分がいざ鑑賞者になった時に不用意に「?(ハテナ)」が残ると一気に作品の価値がなくなると感じました。 例えば、鑑賞者の心拍をそのまま反映すると、鑑賞者が落ち着いていても、思っている以上に早い間隔で音が鳴ります。展示空間と調和させるため、自分が作品に実装する時に速度を2倍に遅くして同期させる仕様にした場合、聞こえてくる音と体験者の心音が本当に同期していることを感じられるものになるのかというとそうではない、ということに気づけるようになりました。逆に、脈拍をやめる勇気を持ったことで、そこから先にできる表現は何なのかを考えられるようになりました。
山川:面談でも話しましたが、作品を設置することは多かれ少なかれアーティストが作品でその場を領土化する、あるいは占領するということになるわけです。その時に必ずコンフリクト(衝突)が起こるし、そのコンフリクトをどうアウフヘーベン(止揚)するかが問われてくる。そもそもそこになかった異物を持ち込むのですから、どうしたってその場を一時的に壊してしまうんですよね。でも、何かが壊れたときには必ず何かが創造される。その可能性を示すのがアートの役割だと思います。
佐久間さんが精神的にきつかったと言っていたのは、「自分がこの場所を占領していいのか」という迷いだったのではと思います。「神社であるが故のできること、できないことのジレンマ」とかやはりその場所の管理者から許可をもらえなければプランを実現できないので、どうすればいいか苦慮する。そういうことできつかったのかなと思ったんですけど。
佐久間:きつかったことはいろいろあるんですが、細かいことを言うと、もともと自分は作品を囲う柵を置きたくなかったんです。でも、神社としてはどうしても柵を置く必要がある。それは立ち入らない為という意味もあるんですが、神社にあるものをよく見ると、全てに柵があるんです。それは、地形的な構造物にはつけないけれど「対象物」には柵をつけるということなのだそうです。今回の作品はそういうものとして置きたいから柵をつけましょうと言われました。そこには賛同できたので柵をつけることにしたんですが、それでも、いかに場所に馴染ませるかという観点では逆効果でもあったかと思っています。
領土化するという意味だと、最初は鏡を垂直くらいの角度で設置したんですが、70度くらいに変えました。なぜ変えたかと言うと、鏡を垂直にした時にはファーストビューで歩いている自分が映り込むので、お祈りをする前に自分が見えてしまうことに違和感があったからです。そこで、少し角度を変えることで、鏡に近づかないと映り込まない配置にしました。お参りに行く過程のどのタイミングで作品との出会いが生じるのかということをものすごく考えました。良いところで作品が登場しないと、嫌な体験になってしまうと思ったんです。
山川:自分も柵はないほうがよいと思いましたが、その話を聞いて納得しました。ただ、今の話を聞くと、おもちゃみたいな小さなイーゼルの上に作品の解説パネルがあったと思うんですが、そのおもちゃっぽい質のズレによって神社の中のほかの「対象物」と等価なものとして繋がってみえなくなっていたと感じました。神社の方の「他のものと同じコンセプトで柵をつけたい」という想いを汲むなら、もう少しうまい設えがあったのではないでしょうか。
佐久間:そうですね。あの解説パネルは最初はなかったんですが、神社に質問が殺到してしまって急遽用意したものなんです。
磯部:説明があることで読もうと近づくじゃないですか。読もうして近づくと作品がおかれた領土が狭くなってしまいますね。あれがなければ広い空間を鑑賞者が自由に捉えて、どこから観てもいいと思えるのですが。作品作りでは細部に神が宿ることがやっぱりあるので、急ごしらえだとしても少し離れた休憩所に説明を置くとか、最後の説明まで拘って次回は考えられると良いのではないでしょうか。
山川:作品を観て、いろいろな事情があってこの形になったことが解りました。自分も作品を作る時に、アートに馴染みのない方々のテリトリーに介入してネゴシエーションする過程を踏んでいるので。必ず思い通りにいかないことはあるんですよね。そのときに、どこを譲り、そこは譲らないのか。それは作家性として重要なことだと思うんです。
磯部:最初お会いしたときは「これを作りたいんだ!」という衝動がかなり強かった印象があります。その作家性で言うと、以前の作品は禍々しいくらいの印象を受けた作品でした。でも今回の作品では、最終的に場所の神聖さをエンパワーするような、環境に馴染んで体験をアップデートしていく印象の作品になったのでびっくりしました。表現したい個性の軸、テーマ、場所、公共性と、鑑賞者を捉えた目線が交わった結果として優しい作品になった。作家性が変わったような印象も受けました。場所があってこの作品が生まれたので、とても面白いイノベーションになったと思います。
佐久間:面談の中でお話があった、いわゆるストーリーを展示の中で作ることを自分なり考えたときに、鏡を作る以外の自分の仕事、曲を作る仕事と対応させて考えました。そこと対応させて考えてみると、やっぱり「サビがないとだめだ」と思ったんです。今回の作品では、大体2分半くらいのスパンで「ドン!」と大きな音が鳴るように設計しています。2分半に1回のペースだと、ちょうど拝殿の方に近づいてくるときに音が鳴って、拝んでいる途中は邪魔をしないくらいの間隔になります。拝んだ後に「あの音はなんだったのだろう?」と気にしてもらって、その後のちょっとの間合いで「ドン!」という大サビがきて…という風になっていて、場所に調和することを考えながらパンチを打つようになりました。
山川:コンポーズですよね。観客がそこでどう動くか、どれくらい作品の前に留まるのか。どれくらいの時間を本殿でお参りをするのか。そういう一連の行動心理を想定しながら最適な間隔で音を置いていく。社会とか人間の「こうなったらこうなって、人はこう反応するだろう」みたいな心理のパターンを分析・想定し、回路図のような形で描けるようになっていくと思います。
佐久間:展示して人が来るようになってから、いろいろな行動があるんだなと。作品に対して拝む人、説明しようとする人、作品の構造を気にして後ろを見ようとする人、「すごい」と言う人、写真を撮る人…三者三様で、それぞれ長い時間かけて作品の前に滞在してくれました。いわゆる普通の展覧会で展示するよりも、作品の前に長くいてくれたのは、お参りしてからの流れの中にハマったからだという気がしています。
磯部:鏡というモチーフは環境を取り込むものなので、ここから先、次の場所へと、いろいろな場所に置いていくことで作品のバリエーションが増えて、変化していくコラボレーティブでかつライブパフォーマンスのような表現になると面白いですね。環境装置の力を借りて作品がコラボレーションしたときに、鑑賞者の心の動きがすごく上がるということは絶対にあるので、面白い場所に置くことにチャレンジしていかれることがますます楽しみです。
佐久間:亡くなった父は陶芸家なのですが、陶芸家として独立する前は、クリスト(*1)のプロジェクトスタッフをやっていました。僕自身、小さい時から屋外に置かれる作品に触れる機会があったことが、今に繋がっているのかもしれないです。
山川:まさにクリストは、ネゴシエーションに一生を賭けたアーティストですよね。彼が芸術として制作に一番時間を費やして何をしていたかというと、ネゴシエーションそのものじゃないですか。きっとお父さんの資料から、いろいろ受け継ぐべきところがあると思います。さきほど精神的にきつかったと言っていたことを、お父さんはクリストと一緒に仕事としてやったいたわけです。すごく近くに、いい教科書があるじゃないですか。
*1 クリスト……妻のジャンヌ=クロードとともに「梱包」という独自のスタイルで巨大な建造物などを梱包する環境アート作品で知られる芸術家(1935〜2020年)
本事業を受けて
原:今日のお話を聞いていて、制作に併走してくれる人がいることはアーティストにとって、とても心強いことなんだと思いました。普段自分の近くにいる人とは違った視点でコメントをしてくれる人がいるのは、次のステップに上がるスイッチを入れてくれる存在のようです。佐久間さんは、この事業を受けていかがでしたでしょうか。
佐久間:人的な支援については先ほどお話しさせていただいたので、今度はお金の話をすると、20代後半〜30代の作家で、作品制作費が出るイベントはそんなにないという現実があります。制作費を持ち出して制作している人が実に多いです。
26歳のときにドバイのアートフェアに参加しましたが、海外のアーティストは、作品のプレゼンテーションと、予算をつけてもらって作品制作することに長けていました。もちろん表現や内容の価値はそれだけで決まるものではないんですが、そんなふうに予算のある中で作っていると貧乏性にならない。国内の作家でよく見るのは、持ち出しが多いために金銭的にも制作に対する思想も小さくなってしまい、いろいろと貧しくなってしまうと感じます。
そんな中で「制作費」についても、使い方を含めて相談しながら支援してもらえることはすごく助かりました。メディアアート分野だとこのようなプログラムはすごく稀有だと思います。
磯部:次の作品も楽しみにしています。このプログラムの面白いところは、こうやってアドバイザーと作家の関係ができると、去年の作家さん、一昨年の作家さんともずっと関係が続いていくということです。これから佐久間さんが進化していくところをご一緒できればとても嬉しいです。