インフラストラクチャーが拡張・増殖する都市風景を3DCGアニメーションで表現した『群生地放送』で、第22回アート部門審査委員会推薦作品に選出された藤倉麻子さん。今回採択されたプロジェクトでは、建築における幾何学とスケールの関係性を研究する建築家の大村高広さんとともに、空き家の改修を通して、3DCGによる新たな風景の創造と実空間への反映を試みます。
アドバイザー:タナカカツキ(マンガ家)/山川冬樹(美術家/ホーメイ歌手)
3DCGの庭と現実の庭
大村高広(以下、大村):当初は3DCG空間上に構築した庭に合わせて実際の空き家と庭を改修する予定でした。予算的に建物の改修は難しいですが、庭をつくることは可能だと思います。改修にあたり、全国の庭園をリサーチする予定です。8月までに京都・東京・沖縄、以降はほかの地域にも範囲を広げ、最終的には庭園のモデルになった天然の地形や土地も視野に入れています。
藤倉麻子(以下、藤倉):今回のリサーチは、3DCG空間に反映するための素材収集と、実際に体でスケール感覚を考えるためのものです。
大村:その後、カメラ位置を固定した3DCG空間上の庭と建物をリノベーションする形で、リサーチ結果を反映させる予定です。
山川冬樹(以下、山川):リサーチ場所の環境をサンプリングして、3DCGにも現実の庭にも反映するということでしょうか?
藤倉:そうです。3DCG空間には、実際に決めた土地に合ったスケールの庭をつくります。制作場所となる実空間に住みながら、庭を手入れし、それが3DCGにも反映される予定です。制作場所は選定中です。
山川:現実の庭への反映はいつ行うのですか。
藤倉:場所が決まり次第ですが、10〜11月くらいに開始できればと思っています。
大村:現在使用している神奈川県海老名市のアトリエの庭が広いので、場所が見つからない場合は現在のアトリエになるでしょう。
藤倉:建築の改修のなかで当初重視していたのが、庭に面した部分、つまり庭を見る場所をどうつくるか、でした。その庭を見る部分と、CGの中の画角を連動させるつもりだったためです。ただ、建物に手をいれないとなると、庭の様子と映像の画面とをどう結びつけるか、悩んでいるところです。
山川:物理的に鑑賞者の視点を設定して、現実とCGの視点を重ね合わせるのは不可能ではないと思います。
大村:実際の建物や庭に鑑賞者が来られるかどうかでも話が変わってきます。
山川:3DCG空間にある藤倉さんのシュールな世界が、現実の空間に漏れ出してくる。そのモチーフとなっているのが、現実の庭からサンプリングされた素材という、現実空間と仮想空間の往復が興味深いです。ぜひ現場で体験したいです。
タナカカツキ(以下、タナカ):お話では、岩などの自然物を使って庭を構築する印象を受けました。
藤倉:岩や植物を中心として、金属も含めて日常的な素材を使うつもりです。
大村:実際の岩を使ったランドスケープづくりは手間もコストもかかるので、実際の岩をスキャンしてFRP製の岩を使用することも考えています。
庭は小さな理想郷
藤倉:自分の作品の構造に、庭と窓に近いものを感じていました。映像におけるフレームは、建築における窓とも考えられます。そして庭も映像も、どちらもモチーフを寄せ集めてつくります。個人の庭では植物などを植えて、大きな庭園では、モデルとなる地形を参考に岩や植物を使い、実際には目の前にない理想の世界を庭として再現します。
大村:桂離宮を訪れた際、藤倉はデジタル・コラージュのように感じたそうです。ある場所に立つと神話の風景が現れて、また別の場所に立つと、先ほどと同じモチーフが違う意味を持ち、異なる時代の風景が現れる。異なる様式や時代性を回遊するつくりになっています。
藤倉:桂離宮は、異なる様式の建物が隣り合って存在し、その境界線が敷石や飛び石の角度の違い、形の違いで表現されています。
タナカ:日本庭園の様式は、何百年という長い歴史のなかで形成されてきました。それぞれの庭園の文脈やコンセプトも参照されるのでしょうか。お二人がどのような庭を目指しているのか知りたいです。
藤倉:庭の定義について、私は「その人の心情や経験、考えたい歴史を集積した理想の場所を表現したところ」というイメージをもっています。大村はガーデニングの要素が強く、住宅の周りに植物を植えて成長を見守りたい、という目線で捉えています。
大村:庭園がもつ意味の世界から距離をとりつつ、視点の場所と見立ての関係、縮尺の操作といった抽象的な部分を分析して、自分たちの庭に応用します。一定の歴史的知識や文脈を知らないと理解できないものではなく、現代に生きる人間が共有しているものを前提として、現代の庭をつくりたいですね。
藤倉:あるとき、イスラム庭園の図録を見て、関東平野の先に中東の乾燥地帯があって、イスラム庭園があって……、という想像をしました。庭師は必然性をもって植物を選びますが、関東周辺のランドスケープに異なる地域の植物を持ってくるのも面白いと思いました。
タナカ:植物や岩などの素材を絵の具として、土地というキャンバスに自在に描いていく感覚に近いでしょうか。文脈を断ち切りたいのであれば、植生は知らない方が面白いかもしれません。
藤倉:海老名のアトリエには植えたいものを植えて、強く生き残ったものをメインに配置を考え直しながら育てています。
タナカ:現実の空間と3DCG空間の差異についてはどう考えていますか。
大村:3DCG空間の庭のイメージをリアルに持ってくると、植生が合わずに枯れることもあるでしょう。その現実を3DCGに反映すると、3DCG上で枯れないはずのものが枯れてしまう。そこが面白みになると考えています。
タナカ:実際の庭と3DCG空間の両方を見る方が面白いですよね。片方だけでは鑑賞者の満足度、行為の面白みが薄れてしまうので、そこが解決できると良いですね。
持続的なランドアート
山川:これは時間芸術でもありますね。この場所で作家が過ごした時間の流れ、庭の変化を鑑賞者が感じ取り、これからも続いていく。今後の作家活動とこのプロジェクトを一致させるのが良いと思います。
藤倉:今のアトリエは、ひとまず今年度まで借りる予定です。どこか落ち着ける場所があれば、庭の手入れはずっと続けていきたいですね。
山川:鑑賞者がリピーターになれる距離につくれると良いですね。天候による変化を積極的に取り入れるのがランドアートです。雪が降れば見え方もまったく変わりますし、特別な体験になるでしょう。
大村:藤倉は元々ランドアートをやりたかったのです。しかし、実空間では環境破壊や事故などがあるので、3DCGで風景をつくっていました。ランドアートの模型としての庭と、広大な3DCG空間との接点をつくるためのプロジェクトでもあります。
山川:ランドアートによる環境破壊に対する藤倉さんのレスポンスとして、興味深いと思います。
タナカ:冬をどう越えるかがミッションですね。植物がすべて枯れてしまったら悲しいですよね。歴史ある庭園だけではなく、園芸の最前線をリサーチするのも良いでしょう。毎年のように植物の品種改良や道具の刷新があり、数年前は育たなかった南国の草も冬を越せるようになってきました。
大村:先日、東京農業大学の先生にお会いする機会がありました。その先生から園芸や土壌の研究者を紹介いただいて、インタビューすることも考えられますね。藤倉が視覚的な論理で一度プランを立てて、専門家に「この庭で植物が冬を越すにはどうしたら良いですか?」と聞くのも良いかもしれないです。
藤倉:そういう順番、良いですね。
タナカ:私は水中の園芸(アクアリウム)をやっています。水槽の中では、一度石を入れると容易に向きを変えられないので、石や流木をデジタルデータにして、3D空間に完成予想図をつくってから植栽しています。今回のプランは逆ですが、似ている部分もありますね。
―次回の面談に向けて、リサーチと庭探しを進める予定です。