「搬入プロジェクト」の山口での実施を目指す会(代表:渡邉朋也)による企画『「搬入プロジェクト」を山口で実施する』は、2019年にその著作権が放棄されパブリックドメイン化した、危口統之主宰のパフォーマンス集団「悪魔のしるし」の代表的な作品『搬入プロジェクト』(注1)の再演を目指し、パブリックドメインと芸術の関係を調査するとともに、再演をアシストするために必要なソフトウェアやマニュアルの開発などを行います。
アドバイザー: 磯部洋子(環境クリエイター/sPods Inc CEO/Spirete株式会社COO/Mistletoe株式会社プロデューサー)/
久保田晃弘(アーティスト/多摩美術大学教授)
(注1)悪魔のしるし『搬入プロジェクト』のオープン化に関するインタビュー ―作品の著作権を放棄し、「誰でも勝手にやっていいもの」にしていく
盛り上がりを設計する
渡邉朋也(以下、渡邉):2019年11月6日から9日にかけて、福島県猪苗代町にある、はじまりの美術館というアール・ブリュットを中心に扱っている美術館において、「悪魔のしるし」のメンバーの手による『搬入プロジェクト』が実施されました。これまで自分は『搬入プロジェクト』を見る側としてしか関わったことがなかったので、この機会に設計から搬入まで参加してきました。
今回の『搬入プロジェクト』は搬入する物体を構成する素材としてビールケースを採用していたため、比較的作業は簡素で、一連の作業は4日間で完結しました。初日が搬入先となるはじまりの美術館の1/20の模型づくり、そして2日目が搬入する物体の設計、3日目に設計した物体を実際に制作し、4日目に搬入をするという流れです。どの作業工程も重要なのですが、なかでも重要なのは物体の設計だと感じました。物体の設計において重要視されているポイントを言葉で説明するのは難しいのですが、ひとつのポイントとして「不安定さ」があったように思います。たとえば、搬入の最中にある程度のボリュームのものが中空に跳ね上がるとなると、不安定な状況が生まれるわけですよね。それはイベントの進行上、極めて危険な状況ではあるのですが、そこで一体感が生まれて盛り上がったりします。そうしたことを予想しながら設計をしていたように見えました。要するに、物体の設計が演劇でいうところの演出でもあるわけです。現在公開されている『搬入プロジェクト』のマニュアルを読むと、物体の設計の部分にはいくつかのポイントが記されていて、その中に「たくさんの模型を作り、グループでディスカッションしながらやると良い」というものがあります。率直に言って、実際に『搬入プロジェクト』に参加するまでは、このことの意味がよく分かっていませんでしたが、いまではたしかに理解できる部分もあります。ですので、今回のこのプロジェクトでは、このポイントを確実に実現していくことをゴールにした方が良いのではないかと考えています。つまり、たくさんの模型を作ること、ディスカッションが捗ることに寄与する道具や環境を、テクノロジーを援用しながら実現すること。それから、物体の設計以外の作業工程を極力簡素化することで、十分に物体の設計の時間を確保できるようにすること。そうすれば、多くのひとが『搬入プロジェクト』により手を出しやすくなるのではないでしょうか。
久保田晃弘(以下、久保田):通るか通らないかという設計だけではなく、通り方による盛り上がりも設計するということですね。
渡邉:そうです。人間の盛り上がりというのは恐ろしいもので、実は初回面談を終えてすぐ、建築家の岡啓輔氏による『逆オンバシラ祭』というイベントに参加しました。このイベントは盛り上がりの設計について、深く考えさせられたイベントでした。これは長さ20m、重さ約2tのコンクリートの棒状の塊を100人の参加者が人力でおよそ800mに渡って住宅街の中を運搬し、住宅地の端にある山の斜面に設置するというものなのですが、その塊を持った瞬間に「無理だな」と悟るんです。ただ頑張れば、少しは動かせるので、ちょっとずつ動かしていたら、やがてスタート地点の公園から公道に出ることになり、そうなるともう後戻りはできない。目的地まで運んでいくんです。途中、あまりにしんどいのでみんなで持つ場所を交代しようとしたのですが、ちょっと交代しただけで持ち上げることができない。この時に誰か参加者がひとりでも抜けたら、住宅地のど真ん中にコンクリの塊を放置することになるということを多くの参加者が気付いたと思います。異常事態で声を挙げることの難しさを感じた瞬間でした。数時間かけて山の斜面に辿り着き、そこ設置することになったのですが、最初は重機があって作業員のひとたちがやってくれるみたいな話を聞いていたはずですが、現場に着くと数名の作業員のおじさんと、チェーンブロックや手動のウインチといった割と小ぶりな道具しかないんです。当然、パッと設置できるわけもなくて、そこからまた数時間かけて人海戦術で設置しました。ここまでくると気合ですよね。最終的には、素人も作業員の方とウインチを操作したりしながら、なんとか設置することができましたが、いま考えるとなぜ無事に設置できたのか本当に分からない。まるで夢のような時間で、ただ奇妙な充足感だけが残っています。
これが倫理的に大丈夫かどうかは別として、こうしたバイブスをある程度設計できるようにしたいと思いました。
客観的に検証を重ねる
渡邉:今回の育成支援事業では、先ほど申し上げた通り、物体の設計を支援するソフトウェアなどの道具立ての開発と、それ以外の工程の簡略化に繋がる方策として物体制作のノウハウの蓄積を目的とすることにしました。これに伴い、これまで物体は様々な素材で制作されてきたのですが、この事業に限ってはビールケースに素材を絞ります。ビールケースはどこでも入手可能なうえ、モジュール性に富んでいるために工法のノウハウを確立し、継承するのが容易であること。また、コンピュテーショナル・デザインとの親和性が高いことも期待できるためです。
現在は、コラボレーターの砂山太一さんとともに「Rhinoceros(ライノセラス)」(3次元モデリングツール)でビールケースを簡単に連結できるエディターのようなプラグインを開発し始めました。この先には「盛り上がり」を実現する物体を、コンピュータがある程度自律的に設計することも視野に入れています。また、物体の設計をスムーズにおこなうためビールケースの1/20サイズのブロックを3Dプリンターで生産するなどの細かい実験も進めています。
また並行して、我々が『搬入プロジェクト』に対して付け加えた要素は、定量的に評価できるようにし、客観性を担保していくべきだろうと思っています。例えば「悪魔のしるし」の皆さんはビールケースをスタックして固定する時に、「サトルシステム」と呼ばれる木製のジョイントパーツと、「千尋締め」と呼ばれるロックタイによる固定方法を採用しているのですが、我々はロックタイの代わりにPPバンドやラッシングベルトなどでも代用が効くのではないかと考えています。この時に重要なのが、コストパフォーマンスや強度をそれぞれ比較できるようにすることです。そこで今、工法ごとの物体の構造計算を、砂山さん経由で、構造家で東京芸術大学准教授のの金田充弘氏に依頼しています。強度やねじり耐性がどれくらいあるのか、専門家に検証してもらいたいと思います。なぜ日本酒ではなくビールのケースなのか、ということを考えてみても、もちろん海外でも入手できるということもありますが、日本酒だと瓶が大きいためケースの仕切りが少なく、細かく仕切られているビールケースと比べると強度が低いのではないかと睨んでいます。そういった客観的な検証を細かくすればするほど良いのではないか、と考えています。
久保田:いいですね。客観的な検証は、オープンソース化することの本質につながると思います。
毎月どこかで搬入、成果発表でも搬入
渡邉:こうして俯瞰してみると『搬入プロジェクト』はオープンソースのソフトウェア/ハードウェアの開発プロジェクトとして、捉えられることもできると思います。そこで、開発にはアジャイル開発が向いていると考え、毎月どこかで『搬入プロジェクト』をやると決めました。毎月やることで、強制的に無理や無駄を省くことができるのではないかと思っています。実はこの面談をおこなっている今も、京都市立芸術大学で実験が進められており、最終的には搬入作業もおこなう予定です。ここで折りいってお願いがあるのですが、来月(1月)に多摩美術大学(以下、多摩美)で『搬入プロジェクト』を実施できないでしょうか。
久保田:1月ならできるかもしれません。多摩美だと、搬入ではなくギャラリーからの『搬出プロジェクト』にしてもおもしろいかもしれませんね(笑)。
渡邉:ありだと思います。『搬入プロジェクト』では、物体のゆがみだったり、設計時の誤差だったり、人手が足りなかったり、様々な要因から物体が建物に入らないことがあります。そういうときは壊していて、そのこともマニュアルに記載されています。壊すことを前提とした実験も良いかもしれませんね。あと、できれば3月の成果発表でも『搬入プロジェクト』を実施したいですね。
磯部洋子(以下、磯部):成果発表は「東急プラザ銀座」で予定していますので、その日に搬入ができると理想的ですね。物体を「東急プラザ銀座」内で組み立てるのは、スペース的にも難しそうですが。
渡邉:銀座のような東京の中心で行うことができるとなった場合、制作場所にもコストがかかるので制作作業の効率を高めることが必要です。また、コストがかからない場所で制作すれば良いという話もあるので、その場合は制作場所から搬入場所までは5〜6km離れていても大丈夫だとは思います。どうしても『搬入プロジェクト』は搬入がフィーチャーされがちですが、制作場所から搬入場所までまで運ぶ過程は、運び手の一体感を醸成するプロセスでもあり、実は非常に面白いポイントです。とはいえ、あまりリスクを背負わないために、例えばいくつかの場所でパーツを制作して近くの公園などで組み立てる、といった流れもありだと思っています。
磯部:事前に告知しての人集めなどは必要ですか。
渡邉:もともと「悪魔のしるし」は東京を拠点にしていましたし、過去には東京で何度か実施していますので、運び手に関してはその当時のことを知る人たちに相談すればなんとか確保できるのではないかと思っています。その場合、設計や制作に関してはある程度クローズドなかたちでやろうと思っています。最終的に制作方法は公開しますが、特に制作に関しては不特定多数が入ってくると途端にリスクが増すので、不特定多数のひとを集めるなら運搬と搬入のみで想定しています。
―最終面談では、面談の代わりに多摩美術大学での『搬入プロジェクト』を実施する予定です。