現代のメディア環境における身体と声の変容をテーマに、制度化された音楽形式の再構築を試みる小宮知久さん。いま着目しているのは、言語と歌の関係です。『合成言語「KOE語」を歌うための装置《koekko》』では、自作言語「KOE語」を用いて、言葉から歌が発生するプロセスの生成を試みます。自作言語を用いた詩、パフォーマンス、周辺環境を数値化するセンシングシステムに、それらを内包する移動型装置と、多様な要素が含まれる本プロジェクト。面談ではその要素を紐解きながら、アウトプットの方法についてディスカッションがなされました。
アドバイザー:石橋素(エンジニア/アーティスト/ライゾマティクス)、西川美穂子(東京都美術館学芸員)
面談実施:2025年9月30日(火)
言語から歌が立ち上がるさまをどう見せるか
二つの意味を持つ自作言語「KOE語」
言葉からどのように歌が立ち上がるのか。小宮さんはその問いを実践するため、自作の合成言語「KOE語」を用いた実験を行ってきました。「KOE語」は日本語とフィンランド語に同音異義語が多数あることに着目した、常に二重に意味を持つ「合成言語」です。名詞や動詞などの単語のほか、文法も互いの言語を参照しながらみずから定義しています。本プロジェクトでは、「KOE語」を用いてつくられた詩をパフォーマーが朗読。温度や湿度、風量などの周辺環境をリアルタイム解析し取得したデータによって、朗読の音声を、あえて「母語が異なる人が歌っているような音声」に変化させて出力します。出力された音声を聞きながらパフォーマーが朗読を繰り返すことによって、朗読が歌になっていく、そのプロセスの生成を試みます。歌の中でも、言葉とのつながりが強いものとして「民謡」をあげる小宮さん。「労働歌などは身体の動きとも強いつながりがある」と話し、周辺環境を取り込むことに加え、「小麦粉を捏ねる」「海辺を歩く」などの動作を伴いながら朗読するという実験も行っていると言います。
2026年2月にフィンランドへ渡航し現地で実施する予定ですが、その後も各地で事例を増やしていくことを目指します。加えて本プロジェクトにおけるもう一つの大きな試みは、このプロセスをプレゼンテーションする「装置」の開発です。「『KOE語』を歌うための移動型の声帯のようなイメージ」と小宮さん。建築コレクティブstudio9Xと共同でテントのような移動型装置を開発予定です。


装置としての移動型テント
アドバイザーからはスケジュールや実施場所の手配、現地の気候など、さまざまな観点から質問がなされました。2月のフィンランドの気候を想像し、アドバイザーの石橋素さんからは「以前、冬の北海道で野外展示をしたときにはコンピューターが起動しなかった。機材に使い捨てカイロなどを付けたり、箱で覆ったりという工夫が必要かもしれない」と具体的なアドバイスがなされます。
移動型装置については、パフォーマンスの会場として、また蓄積した歌によるインスタレーションの会場としても機能する装置とはどのようなものか、まだ小宮さん自身もイメージが掴みきれない様子です。「周辺環境をセンシングするための装置、とすると考えやすいかもしれない。たとえば布(テントの屋根)の振動をセンサーで検出するなど、テント自体が歌に影響を及ぼすと意味も出てくるのでは」という石橋さんのアイデアに、「布の振動には風による振動とパフォーマンスの音声による振動、両方が影響するはず。声帯らしさも出る」と小宮さんも賛同しました。
テントを拠点にセンシングできる要素がさまざまに例示された一方で、アドバイザーの西川美穂子さんからは「パフォーマーの二人が歌を生成するところが大事なのだとしたら、そこに加わるギミックは増やしすぎず、シンプルな方がいいのでは」と、要素を厳選する提案がありました。

多様な要素の伝え方
多様なプロセスと要素が含まれるプロジェクトのため、「全てを説明しようとするとそれだけで小一時間かかってしまう」と、アウトプットに悩む小宮さん。アドバイザーの両氏は、以前小宮さんが発表した際の記録映像を参照しながら、「発音を示すカタカナが表示されると、それを追ってしまい音の聞こえ方に集中できないのでは」と、文字情報を減らすことを提案。小宮さんは「この言語でつくった詩をはじめて読んでもらったとき、日本語のように聞こえるのに意味がわからず、夢の中にいるようで感動した」と、制作の初期段階のエピソードを振り返り同意しました。

また西川さんは「詩を読む行為、周辺環境のセンシングによる変化、さらにそれを聞いて変化する歌声と、徐々に変化するさまを見せることで多重性が見えてくる」と、多重性を説明的にインスタレーションで表現することに疑問を呈します。「パフォーマーたちの行為がちゃんと見え、結果としての歌がきちんと聞こえさえすれば、説明はいらないはず」と、パフォーマンスや、成果物である歌そのものが物語ることに期待を寄せました。

→NEXT STEP
プロジェクトのアウトプットを具体化し、見せ方を検討する