メディア芸術クリエイター育成支援事業では、クリエイターにとって必要なスキル向上のためのレクチャーと、クリエイター育成支援事業や新進芸術家海外研修制度でサポートを受けた作家による事例紹介を行っています。
ここでは、2016年11月4日にアーツ千代田3331にて二部構成で行われたレクチャーと作家のプレゼンテーションを紹介します。第一部ではクリエイターに関する法務を中心に活動する弁護士の倉崎伸一朗氏をお招きし、クリエイターにとっての著作権や、作品の契約内容についてのレクチャーが行われました。
「著作権」とは、「契約」とは何か
―法律専門家団体としてアートに関する無料相談などを行うArts and Lawにも所属する倉崎伸一朗氏。普段は法律事務所にてインターネット、エンターテインメント事業を中心としたベンチャー企業の法務も扱われています。まずは「権利」「著作権」「契約」といった基本的な言葉の解説からレクチャーがスタートしました。
倉崎伸一朗(以下、倉崎) 本日は著作権と契約についての基本的な部分をお話します。アーティストの方が制作された作品をどのように活用していくか、活用するために制作段階ではどのようなことを考えたらいいのかを中心にお話できたらと思います。
まず、「著作権」とは「権利」の一つです。「権利」とは、法律的には法律の定めや契約によってはじめて発生するもの。人に何かを行わせたり禁止したり、何かを行うことを特別に認めたり、また自分の持っているものや作品を独占的に使用したりする。それらを権利といっています。なかには明確に定めのないものもあります。人の姿を勝手に撮らない、載せない、という肖像権という権利などがそれにあたります。
さて、一般には「著作権」という言葉をよく聞きますが、作品(著作物)に関する権利には「著作権」と「著作者人格権」があります。著作権は、勝手に自分の作品がコピーされたり、インターネット上にアップロードされたりしないようにする権利。著作者人格権は、自分のつくった作品に自分の名前を表示してもらったり、未公表の作品を公表したりできる権利です。作品は、ある種クリエイターの分身のような存在で人格が反映されたものです。ですので「人格権」といっていると考えるとわかりやすいかと思います。
著作権は取引の対象になり、例えば、著作権の内容として含まれる、作品を独占的にコピーする権利や、本にして出版する権利を譲渡することができます。著作者人格権は、その人の人格の表れなので誰かに譲渡することはできません。基本的に、双方とも「著作物を制作した人」に発生することが重要です。
そもそも「著作物」とは、頭のなかで考えた思想や感情などを具体的に表現にしたもの。子どもが紙に自分が考えた架空のキャラクターを描いたら、それも著作物です。具体的に表現にしたものが、ありふれたものではなく何かしらの個性が現れている場合、それらの「表現」をまとめて著作物といいます。単なる事実やデータは著作物にあたりません。そのアウトプットまでの工夫や技術、具体的な表現に現れないところは著作権に該当しないため、「表現」という言葉を使っています。
次のキーワードは「契約」です。契約とは、簡単に言ってしまうと合意や約束です。どうやったら契約が成立するかというと、口頭での約束やメールでのやりとりも「契約」になります。経済取引では契約書が作成されたりしますが、紙でなくても契約になるのです。ただ、あとで「言った」「言わない」の問題になることもあるため、紙で残した方がいい、ということです。
ポイントとしては、「誰と誰の契約か」「何について、どういう約束をしたのか」「その結果によって自分は何をしなければならないのか・相手から何をしてもらえるのか」の3つです。作品制作に追われて細かいところまで気が回らないこともあるかと思いますが、契約には「契約自由の原則」といって、基本的に合意していればなんでも定められるため、きちんと契約内容を確認することが重要です。
自身の作品を利用・活用するときの著作権にまつわるリスクとその回避
―次に、アーティストの著作権についてどのような問題が発生するか、リスクを回避するには何に注意すればよいか、といったことを具体的な事例を交えて解説いただきました。まずは自身の作品を活用する場合の注意点です。
倉崎:ご自身の作品を活用したいときに、何に気をつければいいかを中心にお話しできればと思います。
例えばご自身が制作されたポートフォリオをウェブで掲載したいときや、以前制作した作品の同じシリーズをまた作りたい、という時のリスクが生じる場合のお話をしたいと思います。
次のようなポイントが重要です。その制作が依頼されたか、そうでないか。依頼されて制作された場合、制作上の約束はどうなっていたのか。一人で制作したか、共同で制作したか。
まず単独で制作し、だれとも作品制作について約束を交わしていない場合は、もちろん著作権と著作者人格権は制作者にあり、作品は自由に利用できます。
次に依頼されて制作をした場合、制作の際にどういう約束が交わされたかで状況は大分変わります。例えば美術館の依頼で作品を作ったとしましょう。もし美術館との契約に「著作権を美術館に譲渡します」という内容があったら、自分の作品だとしても著作権は手放すことになります。自身のウェブサイトに載せることも、その作品に類似した別作品の制作も著作権侵害になってしまいます。この類似した作品というのは、手法やコンセプトが似ているくらいでしたら問題になりません。著作権侵害とは、別の作品をつくる際にオリジナルの作品の特徴を勝手に利用する場合に発生します。安易に著作権を譲渡してしまうと、その後の制作も制限されてしまうので、非常に注意しなければなりません。
著作権は譲渡せずとも、たまに契約書のなかに「1年間はウェブサイトに掲載しません」などの約束事がある場合があります。この場合は、著作権があってもその権利が制限されてしまうのです。こういったケースは、企業が競合他社に同じ作品を使用されるのを避けるときに発生することもあります。
また、2人以上で制作をした場合は、共同著作になります。複数人で著作権を共有することになるのです。たとえばその作品を冊子としてアウトプットしたいと思っても、原則として、制作者全員の合意がないと勝手に冊子をつくることはできません。共同で制作をする際は、こういう展開で使いたい、といった記述を何かしら残しておくと、トラブル回避になると思います。
次に、「サブライセンス(再許諾)」という言葉にも注意してください。契約相手に作品の利用を認めることを「許諾」といいます。その契約相手が別の第三者の利用を認めるのが「再許諾」です。再許諾を許してしまうと、みなさんが使ってほしくない人にも勝手に使われる可能性が出てきます。「サブライセンス(再許諾)」については、場合によっては契約書の1文のかっこ内に、さらにかっこ内にさりげなく記載されることももしかしたらあるかもしれません。契約書をみることに慣れていないと見逃すかもしれませんが、重要な言葉です。
最後に、作品中にほかの作品や肖像を使用している場合についてです。たとえば、ある映像作品のなかにほかの作品やモデルが写っているとします。展覧会の出品については各方面に許可をとっていたとしても、そのシーンの様子が雑誌に掲載される場合、使用は微妙です。制作中には許諾のことまで考えるのは難しいと思いますが、どこまで使用していいか、という同意を最初の段階でとっておくとあとでトラブルになりません。ここまでは活用についてお話しました。
制作をする段階で、何に注意をすればよいか
―最後に、制作をする段階で何に注意をすればよいか、「許諾」や「引用」といった用語を軸にお話いただきました。
倉崎:他人の作品や肖像を使う場合、許諾が必要というお話をしました。ただどこまで許諾が必要かは難しいところです。許諾をとらなくても良いのが「引用」という著作権法上の制度です。引用とは、もとの作品を使っている部分と、自分の作品の部分がきちんとわかれている場合に使用できます。もとの作品を変えてしまうのは原則として著作権法で認められた引用ではありません。ただ、著作権法で認められる引用については、その要件にあたるか否かの線引きは非常に難しいといえます。
肖像の場合、原則として被写体が誰かわからない場合は許諾をとる必要はありません。明確に顔が写っていて誰か分かる場合は必要になります。ただ、雑多な人ごみを撮った場合、一人ひとりに許諾を得るのは不可能ですし、これも判断が難しい場合があります。
また有名人の写真や名前自体に価値がある場合、その人の写真や名前を勝手に使うと問題になることがあります。いわゆるパブリシティ権と呼ばれる権利の問題です。経済的価値の話がメインではあるものの人格権の一種ではあるので、芸術作品での使用の場合は微妙なところです。ただ、例えば、あくまで芸術表現として作品を制作・発表しているのであって有名人の肖像の経済的な価値(顧客吸引力)を利用しているのではないので大丈夫ではないかとかロジックを立ててチャレンジしたい場合は、パブリシティ権侵害の要件の判断が必要ですので専門家に相談する価値はあると思います。
また、公道等に建つ建物は、それがたとえ著作権が発生するような建築であっても撮影したり、それを利用したりすることは許されています。ただ、著作権とは別の問題ですが、その撮影をするために私有地に入るには許可が必要です。
次にクライアントワークの場合、著作権を譲渡するか否かについても制作段階から考えていく必要があります。「時点を分け」て権利の帰属を決める考え方がされることがあります。「制作を開始する前の時点で既に存在する作品等の著作権は作者にあっても、それ以降に制作したもの著作権はこちらに譲渡してください」というような時点を区切る書き方、場合によっては対象となる権利の内容まで指定した細かい書かれ方がされることがあります。海外の契約書では、しばしば、プロジェクト参加前から保有していた知的財産権を表す言葉として「バックグラウンドIP」という言葉が使用されることがあります。この言葉が、契約書において具体的にどのように定義されているか(例えば、「プロジェクト参加者がプロジェクト開始前から保有していた知的財産権及びプロジェクトの開始後にプロジェクトの実施とは関係なく取得した知的財産権」)に気をつけると良いと思います。
報酬についても注意する必要があります。一端、不用意に著作権を譲渡してしまうと、その後の作品の利用に関する報酬についても何もいうことができなくなり、自身の作品がヒットを生んでも、印税などがまったく手元に入らないこともあるからです。制作行為自体に対する報酬なのか、著作権の譲渡に対する報酬なのか。契約書によっては、その辺りを分けて書かれていない場合があります。また、著作権を譲渡しない場合であっても、その後の作品の使用についてどこまで許諾するのか、その使用ついてロイヤリティ等の対価をもらうのかもらわないのか、という点にも気をつけてください。
最後に、今日お話したポイントをまとめます。
●著作権は制作した人に発生する。
●契約によって譲渡に合意したら、権利を失ったり制作が制限されたりすることもある。
●第三者の作品や肖像を使用する場合には、その後の展開を考えた同意をとる。
●制作する段階からどういう利用をしたいかを考える。
まずはこの点を抑えてください。ただこうした権利関係について悩んだ際は、ぜひ法律の専門家に相談してください。利用するときのポイントは、契約をする前に相談をすること。自身では判断が難しいとき、必ず事前の段階で相談されたほうがいいです。相談の際、事実だけではなく作品の制作意図を伝えてください。意図が分かったほうが別の方策をアドバイスできるかもしれません。こんな方法で制作すると、どんなリスクがあるのか、これだとどうなのか、といったリスクのバリエーションをきいてみてください。
―次回はメディアアーティスト・表現研究の藤木淳さんとアーティストの三原聡一郎さんに登壇いただいた第二部の様子をお届けします。