インフラストラクチャーが拡張・増殖する都市風景を3DCGアニメーションで表現した『群生地放送』で、第22回アート部門審査委員会推薦作品に選出された藤倉麻子さん。今回採択されたプロジェクトでは、建築における幾何学とスケールの関係性を研究する建築家の大村高広さんとともに、空き家の改修を通して、3DCGによる新たな風景の創造と実空間への反映を試みます。

アドバイザー:タナカカツキ(マンガ家)/山川冬樹(美術家/ホーメイ歌手)

庭を感じるキーワード

大村高広(以下、大村):前回のアドバイスを受け、空き家改修を諦めずにやっていく結論に至りました。現在は空き家の候補を見つけたところです。リサーチでは、「庭ではない場所を庭と感じた瞬間」をカメラで撮影、分析していました。その結果、いくつか庭づくりのヒントになるキーワードが出てきました。

① 1とfulfill
見え方が距離や位置によって変わることを指します。茂みを近くで見ると視界いっぱいに木々が広がりますが、少し距離をとって眺めると、一つの塊に見えます。

② スケールレス
自然界にはスケールを持っているもの/持っていないものがあり、庭は水・石・草といったスケールレスなオブジェクトで構成されます。スケールを指示するものが置かれると、相対的に背景のスケールが決まります。つまり、海岸の写真に巨大なりんごが置かれるとクローズアップした画像に見え、小さいリンゴが置かれると広大な場所を写した画像に見えます。

③ 仕切られた空間
道路の写真では、歩道/車道という違う速度の空間をガードレールが仕切っています。実際の空間でも、パブリックな道とプライベートな庭は、木々や塀などで仕切られています。

こうしたリサーチや議論の結果を、写真やオブジェクト、その大きさや植物との距離関係をCG空間にレイアウトしました。

藤倉麻子(以下、藤倉):現在候補としている空き家の図面を起こして、CG空間上に地形と敷地を設定しました。裏手の斜面を青森県の種差海岸(たねさしかいがん)のようにつくり、敷地の手前半分を温室にします。温室の下には地下室があり、地下水脈を設定して温室に井戸水を循環させます。敷地の東側にあるピラミッドの向こうからは朝日が登ります。市道と庭の境は、ベンチのようなオブジェクトで区切り、座れるようにします。①の「1とfulfill」は浴室奥の植物、②の「スケールレス」は裏手の斜面やピラミッド、③の「仕切られた空間」はベンチとして取り入れました。

藤倉:いつも作品には、そのフィールドの構成要素を描写する時間軸を持った物語を字幕でつけています。今回は青森・石垣島・海老名のリサーチ写真をもとに、法則を見出して言葉をつなげ、字幕テキストを作成しました。

大村:現在は、藤倉が制作したCGを受けて、実際の建築改修プランに落とし込むところです。その前段階として、ある程度の大きさの温室のモックアップをつくり経過観察をしました。中にはさまざまなオブジェクト、植物、ガラスや鉄を設置しています。

温室のモックアップ制作について

タナカカツキ(以下、タナカ):この温室の元は何だったのですか。

藤倉:東屋でしたが、屋根の布を剥がして骨組みを残し、床に断熱材を敷き、温室用のビニールで覆いました。これはアーティストインレジデンスの滞在制作でつくったもので、今は壁や床は剥がされていますが、設置した石や植物、ガラスは、今後の制作に利用します。

山川冬樹(以下、山川):とても気持ち良さそうです。温室には空間がコラージュされたような不思議さがあります。湿度や温度の違いも別の世界に行ったように感じさせます。現実空間からCG空間に入り込んでいくのと近い感覚があるかもしれません。

大村:実際の空き家改修でも、半分は木造の骨組みを露出させ、ガラスで覆って温室をつくります。既存のものとは別のストラクチャーが覆い被さったものをイメージしています。

藤倉:温室は重要な存在になるので、3〜4月に重点的に取り組みたいと考えています。

タナカ:現実とCGの庭を見た鑑賞者に、どういったことを期待されますか。

藤倉:景色の中に入って、「ピラミッドの石の裏に何かあるのではないか」などと思いを巡らせてほしいですね。

大村:現実の庭を見てCGのイメージに結びつくのが目標です。

アンビルドプランの書籍

大村:2月の成果発表では、3DCGの映像と図面、建築模型を展示する予定です。ルートに沿って庭をめぐる5分ほどのループ映像を考えています。まずはプロジェクトのスタート地点としてプランを提示して、最終的には、3DCGの仮想空間と現実の空間を行ったり来たりすることで、庭を見出せるものになればと考えています。

山川:前回の面談から、プランがより具体的になり、テーマも深まりましたね。

タナカ:現在制作中のCGも面白く、どんな世界になっているか知りたくなりました。鑑賞者はCG空間を自由に見られるのですか。

藤倉:成果発表の時点では、鑑賞者は見られないですね。

タナカ:実際にCG空間に入り込むことはできなくても、鑑賞者の気持ちは入り込めるということですね。

藤倉:会場にはプロジェクト内容を説明するテキストを掲載し、ドローイングの中に字幕テキストを盛り込みます。

山川:このプロジェクトの面白さは、さまざまなところから集められた異なるコンテクストをもった要素が3DCGの世界でブリコラージュされていることにあります。それぞれの要素が持つコンテクストを提示すれば、世界を掘り下げていく楽しみが生まれ、プロジェクトへの理解も深まるのではないでしょうか。

大村:庭園巡りには、何も解説されずに目で楽しむパターンと、全て解説されながら鑑賞するパターンの2通りの楽しみ方があります。今回の映像では、2つのパターンをどちらも体験してもらいたいです。

藤倉:これまでのリサーチ結果や理論といった蓄積は、年内に書籍としてまとめます。実際の庭と建築は、CGのビジュアルとはかけ離れたものになるので、書籍にはCGのビジュアルを、画角を変えて多数掲載します。

大村:書籍は空き家改修の指示書でもあり、現段階の3DCGを成果物として作品化するものでもあります。この書籍をコンテキストの説明に活用したいと考えていました。

山川:書籍ほど詳細なものではなく、ハンドアウトを作成する方法もありますね。

藤倉:そうですね。簡単な冊子も作成して、そちらに解説を掲載します。

大村:成果発表の時点では、アンビルドプランの書籍として、デザインや編集といった素材をつくるところまでになります。

空き家の候補地

タナカ:まだ正式には改修する空き家は決まっていないのですね。

大村:現在売り出し中の候補地で、具体的な改修プランが決まってから交渉しようと考えています。

藤倉:候補地は茨城県日立市です。郊外の高台で抜けの景色があり、できれば高速道路が見える場所を条件に探しました。プラン自体は年内に、現実の庭や空き家改修は3年以内には完成させたいです。

大村:ある程度敷地が広くて空き家問題が起きている場所ですと、東京からは離れた場所になりますが、鑑賞者に来てもらえる距離ではあります。

タナカ:具体的な条件から探していったのですね。空き家がアートに変貌することに近所の人は驚くかも知れませんが、むしろ理解のある地域だったら面白いですよね。

山川:前回まで候補だった共同アトリエ「海老名芸術高速」は文字通りのホームだったので社会との接点が希薄でしたが、実際の空き家では地域社会や住民との関係も課題になります。プランに好意的な地元の協力者がいるとやりやすいでしょう。今度の成果発表は、その基盤づくりとしても大事な場面ですね。

大村:まずはアンビルドでも説得力のあるプランをつくり、それから声をかけていくのが一番の近道だと思っています。

山川:プロジェクトを継続して、その20年を振り返るといった書籍も面白そうです。

タナカ:そのときは、近隣住人との交流も盛り込んでほしいですね。

―今後は、庭や空き家改修のプランを3DCG・図面・模型として具体化して、プロジェクトの地盤をつくっていきます。