インディペンデントアニメーションを制作している矢野ほなみさん。文化庁メディア芸術祭では、『骨嚙み』が第25回アニメーション部門新人賞を受賞。同作品は第45回オタワ国際アニメーション映画祭で短編部門グランプリを受賞するなど海外で多数の受賞歴があります。今回採択された『その牛、えり』(仮)は、『ほかに誰がいる』(著:朝倉かすみ、幻冬舎、2008年)を原作・原案とする劇場用短編アニメーション作品です。人間ドラマを牛たちの世界に置き換え、牛たちによる愛することの狂気と痛みを描きます。
アドバイザー:森まさあき(アニメーション作家/東京造形大学名誉教授)/山本加奈(編集/ライター/プロデューサー)
アニメーション制作の進捗を報告
―成果発表で展示予定の映像を見ながら面談が始まりました。
矢野ほなみ(以下、矢野):予告編には少しセリフも入れました。今回の作品はセリフが多いので、どんな人にセリフを読んでもらうかが重要になってきます。さまざまな可能性を考え、キャスティングに関してはまだ決めかねているのですが、案としては、声優さんに読んでもらう案と、中高校生の演劇部や放送部の人に読んでもらう案などを検討しました。また、芸人さんに読んでもらうのもいいかなと思っています。主人公の牛「えり」は純真に他者を思う一方、それが表裏一体として狂気の側面を帯びてきます。気になる人はいるものの、声掛けの方法に悩んでいます。
山本加奈(以下、山本):プロの人はボイスサンプルを送ったりオーディションを受けたりすることに慣れているので、あまり気負わずに声を掛けてみてもいいと思いますよ。今回の作品では、声の演技力や質感が重要ですね。
森まさあき(以下、森):これだという声が見つかるまで検討を重ねていただければと思います。
矢野:ほかには作画の準備を進めているところです。2月の成果発表では最終的なビジュアルを展示したいと思っているので、紙に描く作業に取り掛かりたいです。ガサガサとした毛のようなイメージをつかみたいと思っています。
森:画材はどのようなものを使う予定ですか。
矢野:どの画材を使えば恋愛の狂気を出せるかを検討しているところなのですが、現状ではクレヨンや厚塗りなどで、グニッとした、ライトではない感じを表現できたらと思っています。色鉛筆だとあっさりし過ぎてしまうような気がしました。作画用紙の上に重ねるトレーシングペーパーなども使えるかもしれません。いずれにしても、やはりえりをどう視覚で捉えていくかを考えながら、「えり」そのひとが感じられる手法にしたいと考えています。
森:過去作の『骨噛み』もアナログの表現を生かしたアニメーションでしたね。
矢野:『骨噛み』では、マーカーで点描を行いました。描いているうちに細かく描きたくなり細いマーカーも使っていったので、色をしっかり付けるのに1年ほどかかりました。今回は点描ではないので、彩色に1年はかからないと思います。この作品にとって何がいいかということを考えて作業していきたいと思います。
森:商業作品ではないので、タイムリミットを気にせずに表現を突き詰めるべきだと思います。『骨噛み』も色彩が濃い印象があります。時間の都合で色が淡くなるのは避けた方がいいのではないでしょうか。実験的な側面があっても問題ありませんよ。
矢野:いまは成果発表のための予告編制作に集中していますが、ひと段落したら、再び全体に戻ってしっかりとしたビデオコンテをつくりたいと思います。ビデオコンテをつくることによって作品の内容や流れが決まるので、その後に細部を詰めていく予定です。リミットを意識しなくていいという面もありつつ、早く仕上げたい気持ちもあるので、2023年内を目指して完成させたいと思っています。
牧場へ行って分かったこと
―中間面談後に行った牧場での調査の写真と映像を共有しながら面談を進めました。
矢野:調査では牧場の音を録音するのが主な目的でしたが、ほかにもいろいろな発見がありました。やはり作品をつくるときには、きちんと観察するに限ると思いました。調査に伺った牧場はジャージー種とホルスタイン種が共生し自然交配している牧場で、スタッフの方に話を聞いてみると異種間での交配も実際にあるとのことです。今回の作品で、「えり」が「爽(さわ)」を好きになるのもありえることが実感できました。また、子供の牛たちは親離れが早く、同年代の友達とすぐに仲良くなるそうです。作品のワンシーンに登場する電気柵も、観察したり実際に触ってみたりすることができました。そのほかに気付いたのは、牛は度々「モーモー」とよく鳴いているイメージがあったのですが、実際に牛が「モー」と鳴くのはなにか要望があるときだということです。それを受けて、セリフに「モー」という鳴き声をどう入れるか、もしくは入れない方がいいかどうかを検討しています。セリフの後に、少しリアルな「モー」を入れてもいいかもしれません。
山本:無理に今決めずに、スタジオでいろいろとバージョンをつくりながら考えてもいいかもしれません。可能性だけ考えておくといいと思います。矢野さんなら、必ず正解にたどり着けると思います。
矢野:音楽に関しては、楽器のドラムの多くに牛の皮が使われていることが分かり、パーカッションが主体の音楽もいいなと思いました。作品の舞台が日本の牧場なので、ドラムではなく太鼓の音を入れたいと思っています。牛の足音の代わりに太鼓の音を入れても効果的に使えそうだなと感じました。
森:成果発表までにはどこまでできそうでしょうか。
矢野:音を新規で制作するのは間に合わないので、サウンドデザイナーに相談したところ、ある人の既存の曲を貸していただけるかもしれないという話になりました。セリフを読んでもらう人の人選なども予告編をつくるために焦って決めるのではなく、途中経過を見せる=ワーク・イン・プログレスのような感覚で、実験的なことも含めてつくっていきたいと思います。
今後の制作に向けて
矢野:初回面談から最終面談までを振り返ると、企画やビジュアルが具体的に定まっていない段階で作品の核の部分を聞いていただき、いろいろと整理することができました。自分が囚われている部分などに気付くことができました。
山本:作品に取り組む様子を拝見して、矢野さんの集中力や視野の広さを感じています。制作を進めるなかで、当初予定していたものに加えて何か新たな表現につながりそうなことはありますか?
矢野:今回は何より朝倉かすみ先生の原作があり、それに導かれながら世界観を牛の世界にスライドさせたところにまずはおもしろさとつくる喜びを感じています。そして、自分のイメージで描くだけではなく、牛に近づくために牧場に行って分かったことがたくさんありました。作品で描くものや語るものは、そこにいる牛たちや土地が持っていると感じました。頭でっかちになってテーマや構造を考えていましたが、そうではないことに気付くことができました。心に棲まう「えり」との対話を続けていきたいです。課題としてはプロジェクトの整理がうまくいっていないところがあります。
山本:アニメーションの制作経験のある人にマネジメントをお願いできるといいですね。そうすれば制作に集中できます。
矢野:そういうことをお願いしたことがないので、この機会に試してみたいです。
―今後は成果発表で展示するアニメーションの制作を進めながら、作品全体の内容を再検討していきます。