個人の話や記憶を集め、普遍的な物語へと再構成し映像作品を制作する池添俊さん。『スペクトラム(仮)』では、統合失調症をはじめとした精神疾患とそのケアをテーマに、ケアに携わっている当事者へのインタビュー音声などを用いて映像作品を制作予定です。自分自身も身近な経験から精神疾患のケアに関心がある池添さん。アドバイザーからは自身の声によりフォーカスした表現を望む意見があった一方で、作家は受け手に重い読後感を残すようなドキュメンタリーにはしたくないと話します。16mmフィルムで撮影したというテスト映像からは、作家が作品に求める幻想性が伝わると同時に、そこに足りないものも見えてきました。
アドバイザー:高嶺格(美術作家/多摩美術大学彫刻学科教授)/モンノカヅエ(映像作家/XRクリエイター/TOCHKA)
初回面談:2024年9月30日(月)
対話を生む作品に必要なものとは
当事者の声と団地をクロスオーバー
身近な人が統合失調症を患うという経験を経て、ケアということを自分ごととして考えることになった池添俊さん。これまで、意識がなくなった家族と自身とのコミュニケーションに焦点を当てた作品も制作してきました。作品の発表には葛藤も伴った一方で、ケアの当事者が声を上げにくい状況を感じたことから、2年ほど前から精神疾患を患う方のケアに携わる当事者(家族、ケアワーカー、医療従事者など)へのインタビューをはじめました。「プロジェクトの話を聞いてはじめて、自分自身も当事者であることや、ケアに関連していることを打ち明けてくれる方も多い。作品を通して、ケアの当事者が安全に声を出せる場をつくれたら」と池添さん。作品発表の場が対話の場になることを目指して、映画祭などにこだわらず、展示やオルタナティブスペースなどでの上映も積極的に試みていると話します。今回の企画も、作品はシングルチャンネルの映像ですが、発表の場づくりへの意識が強くあります。
制作には、別撮りした映像と音声を重ねるボイスオーバーの手法を用いる予定です。音声は当事者へのインタビューをメインに、映像のモチーフはベルギーの町ヘール(*1)を想定し取材を検討していましたが、「まずは国内に絞ろうと思い直しました。というのも、最近引っ越した多摩の団地が興味深く、今回のテーマとの親和性も感じています。団地を再評価して、事務所兼オルタナティブスペースを団地内につくっている同年代の方々もいます」と、プランの微調整を報告しました。
フィクション? ドキュメンタリー?
池添さんがこれまで行ったインタビューはあくまでリサーチや対話を目的としていたため、音声は収録し直す必要があります。アドバイザーのモンノカヅエさんは自身の活動の経験を踏まえ、「ケアする人が一番大変。当事者たちが1人じゃないと思えるような作品になるといい」と、本作に期待を込めると同時に、作品制作を前提とした当事者へのインタビューの困難さにも触れ、池添さん自身がみずからの視点で語ることを提案しました。池添さんにとっても、その点は悩みどころのようです。「作品にはフィクションや幻想的な要素を持たせ、風景映画(*2)のような印象にしたい。見る人をフラッシュバックさせるような重たい作品にはしたくない」と話しました。
ここで、池添さんは16mmフィルムで撮影したというテスト映像を再生。団地の一室や屋外で、1人の女性が過ごす様子を映した映像です。自身もケアに関心があるという役者に協力してもらい、精神疾患を抱える人のしぐさや生活を再現しています。
幻想性を保ちながら対話をもたらす
テスト映像はとても幻想性が強い印象です。アドバイザーの高嶺格さんは「風景映画というジャンルを初めて知ったが、想像していた映像と随分違う」と少々驚いた様子。モンノさんは「この映像だけでは言いたいことが伝わらないのでは」とコメントしました。ドキュメンタリーとフィクションのバランスなど、作家自身もまだ手を動かしながら試行錯誤しているようです。内容について、池添さんからは「精神疾患のケアに携わる専門家が集い、ケアの現場で実際にあったさまざまなケースを、当事者の匿名性を保持して共有し、適切な対応を検討する事例検討会や生活臨床の勉強会がある。それを模擬的に再現するのも一案」と、異なるアプローチの提案も。モンノさんからは「映像の内容だけでなく、トークイベントなどで補完する方法もある」と、作品の周辺も含めてデザインすることの重要性が示唆されました。
高嶺さんからは「胸を抉られるようなドキュメンタリーとは異なる、より広がりを生むようなアプローチを狙っていくということだと思うが、ちょっとした賛否両論が起こるようなシーンを盛り込むとよいのでは」と、作家が求める作品の印象を保ちながらも、深みのある、見る人に対話を生むような作品をつくるためのアイデアが提示されました。
→NEXT STEP
他者へのインタビューと自身の声のバランスや映像の内容を検討する
*1 精神疾患を抱える人々を同じまちの人が里親となって迎え入れる制度がある。
*2 風景や場所を主題にした映画作品のこと。