音響を中心に、テクノロジーとデザインの技術を取り入れながら新たなコミュニケーションの体験を模索し、生み出している滝戸ドリタさん。今回採択された『「shuttlecock Dialogue」と「人工筋肉学校」』(仮)は、ふたつの企画です。ひとつは、自身が発する声に反応する装置から、その言葉の存在や影響に気づく「瞬間」をつくり出そうとする試みです。同時にロボット工学に縁のないアーティストが作品にロボティクスを取り入れるきっかけになるような「人工筋肉学校(企画時と変更して「生命と機械の学校」として実施)」を開催します。

アドバイザー: 久保田晃弘(アーティスト/多摩美術大学教授)/
磯部洋子(環境クリエイター/sPods Inc CEO/Spirete株式会社COO/Mistletoe株式会社プロデューサー)

ソフトなロボティクスを伝えていく

滝戸ドリタ(以下、ドリタ):2019年12月14日に、渋谷のFabCafe MTRLで第1回目の「SOFT ROBOTICS Collective 生命と機械の学校」を開催しました。当初「人工筋肉学校」という名前を予定していましたが、人工筋肉だけではなく、いろいろなものを扱いたいと思ったので「生命と機械の学校」として、ロボティクス研究者の新山龍馬さんをお呼びしました。

―イベントの記録映像を流します。

ドリタ:ワークショップでは、人工筋肉を作るだけでなく、考える「課題」を出しました。「あなたは人間以外に生まれ変わらなければなりません。何に生まれ変わって、この世界を生き延びますか」という課題です。これに沿ってパウチ型の人工筋肉を用いた生き物をつくってもらいました。そうすると、同じ作品がない個性のある生き物ができあがり、また全員が生き伸びる手段や機能について考えるだけではなく「どのように生きたいか」という話をしてもらえたことが良かったです。
ワークショップ後に新山さんに今までの人工筋肉の歴史について、わかりやすく話してもらいました。女性の参加者も思っていた以上に多く、また普段は電子工作をしていない人や、小学生、中学生、高校生、大学生もいました。限られた時間の中で、みなさんが集中していろんなことを考えて、話しながら取り組んでいて、トーク後も質問が多く交わされた熱気のあるイベントになりました。

―人工筋肉の実物を見せながら説明します。

ドリタ:人工筋肉は1960年代から歴史があり、空気圧で動くものや電気で動くものなどがあります。空気圧で動くタイプはエアーコンプレッサーが必要になり、電気で動くタイプは高い電圧の確保が難しいので、そこをどうするかが課題です。

久保田晃弘(以下、久保田):どうしてもロボットや機械だと、硬いイメージになってしまいますね。新山さんの事例にもあった、しなやかにジャンプするカエル型ロボットのように、ソフトな機械を見ると生命的なものが感じられます。

磯部洋子(以下、磯部):温かみのある印象を受けるのが良いですね。人工筋肉が動くときの、パウチから空気が抜ける「プシュー」という音もすごくいい。

ドリタ:なんとなく遠いと思っていたロボットが、「筋肉」という自分の身体にあるものに寄せることで自分に近いものに感じられるようで、新しい想像が広がるのが良かったです。ロボットだと機能や役割を優先して見られてしまいますが、そうではなく、例えば人間のエモーショナルなところに訴えかけるなど、さまざまな可能性を感じました。

久保田:社会に広げていく、という意味では今回のドリタさんの作品は、その意義を広く伝えていくための作品にすることが使命かもしれませんね。展示巡回して、海外にまで伝わるような。同時に学校のほうでは、誰でもつくれるような、DIY、メイカー的ものを展開できるといいですね。

ドリタ:はい、人工筋肉を触っているときの熱気を伝えていけるようなものにしていきたいです。新山さんの「OPEN SOFT MACHINES」に載っているものは使っている材料もほぼすべてネットやホームセンターなどで個人が手に入れられます。パウチの接合は家庭用の卓上シーラーを使っていますし、ただ、空気の吸入口だけは精密につくらないといけないので、3Dプリンターで作られています。

久保田:学校で大事なことは、自分が学ぶ姿を学生に見せることです。この分野は何か確立したものがあるわけではないので、まず先生自身が学んでいるところを見せる。ドリタさんが、どのように新たな技術を身につけていくのか、そんな大それたことではなく「こんなところがすごい!」とちょっとした感想をいうだけでもいいんですよね。それこそ、作品案のエスキースを皆に見せるのもいいかもしれません。

コミュニティをサスティナブルなものにしていく

磯部:この学校のプログラムが終わったあとに、どのようなことをしていきたいかも気になります。もしプログラムがなくても、継続してこういう方々とものをつくったり考えたりしていきたいと思っているなら、例えば、イベントに来た方々をSNSなどのグループに招待するなどして、コミュニティやコレクティブを維持していく活動が必要かなと思います。あとは、実際に自分が作品をつくったときに「このように進化しました」というような報告もできるようなネットワークができるといいですね。告知はどのようにしているのですか。

ドリタ:とくにFacebookの活用はイベントの告知もできますし、いいかもしれません。いまは自分自身で告知をしたり、FabCafe MTRLのページで告知してもらっています。おかげさまで学校はすぐに定員になりますが、もっとこの活動を知ってもらう観点だと、より広く広報できたらいいと思いました。

磯部:情動的なテクノロジーは、産業界からもいま関心を集める分野だと思います。こうしたことを社会に実装していくべき、という問いをアートの分野から掲げると、一緒にやりたい人もたくさんいると思います。ですが、そのように商業的にしたいのではなく、後進の育成や多くの人に関心を持ってもらうことがスタート地点なのであれば、コミュニケーションはもっと外に対してひらき、その形をしっかり残せるほうが良いと思います。例えばつくってもらった作品を写真や動画で残していくなどするといいと思います。

ドリタ:第1回のイベントではアーカイブの作成をしました。つくってもらった作品はひとつひとつ動画で動きを撮ってもらいました。アーカイブはキャプションをつけながら残していきたいです。

磯部:撮ってもらった写真や動画はつくった本人にとって価値があるから、本人に渡していけるといいですね。参加者がそれを知人に見せて伝播していく可能性もあります。参加者が次のアクションにつながるように、ぜひうまく設計してもらいたいです。

ドリタ:次のアクションを起こしてもらうにはどうしたらいいんだろうというのはすごく悩んでいるところです。続けられる仕掛けというか、やり続ける理由や継続できる動機付けがない限りやっぱりこのこと自体も日々に追われて忘れてしまうと思います。

磯部:やはり個々で動くのはなかなか難しいので、次にまた誰かがいるところに参加できる、という動線が必要ではないでしょうか。コミュニティが動いてると、そこに行くことができ、継続化の仕組みになります。

ドリタ:SNSで「こういう作品をつくってみたい」という人もいて、そうした声を拾うことも重要かなと気づきました。

久保田:ドリタさんはファシリテーターでもあるんですよね。みんながつくり、ポストしたものを「おもしろい」と言うだけでも場のムードが変わっていく。他にも、例えば年に1回、自分がつくったものを紹介し合う場をつくることも考えられます。

磯部:ひとりの参加者っぽくなるといいかもしれませんね。

ドリタ:前回のように自分が引きすぎることもなく、教えていますという感じでもなく、対等な立場で話をしていきたいと思います。第2回は1月26日を予定していて、トークセッションをメインに企画しています。いま、何が起こっていて、どのようなことが可能かを知る回にしたいと思っています。

作品と学校を連動させていくために

磯部:今は作品と学校が独立して動いてしまっているような状態なので、これからは相乗効果が得られるといいですね。学校では、最初にドリタさん自身の紹介はしているのですか。

ドリタ:1回目は自己紹介する考えが浮かばないほど余裕がなかったのですが、2回目はその機会をつくろうと思います。

久保田:そのほうがイベントのゲストも話しやすいと思います。例えばドリタさんの作品のアイデアと結びついていくようにワークショップをやって、最初にドリタさんの設計した作品をつくってみて、それができたらまたワークショップをやってみる、というような大きな流れをつくることも考えられます。自己満足ではなく社会にメッセージを送っていくようにすることが大事です。作品の方向性としては、前回から変化はありますか。

ドリタ:当初の案からだいぶ考え方が変わってきました。動き自体よりも、動きでどのような気づきがあるかに焦点をあてていきたいです。

久保田:毎回同じように動かず、予期しない動きをするとおもしろそうですね。

ドリタ:3Dプリンターで型をつくっているので、同じ部品をたくさんつくることができますが、少しずつ形にズレがあるので違う動きになります。

久保田:均等にできないから、つまり製造誤差が生きているんですね。

磯部:それによって動きが変わると、生っぽさを感じます。

ドリタ:エラーの部分に生命感を感じるのかもしれません。

磯部:そのように、言語化してまとまっていると、インサイトとして面白いと思います。

久保田:学校であるならば、教科書やシラバスをつくると言語化できますよね。例えば、学生に対して「人工筋肉を何と呼ぶか」というゴールをつくれば、そこまでに何を学べばいいかかが逆向きに決まっていきます。

磯部:何が学びなのか、何を学ぶのか、肝となる知識が明確になっているのがシラバスです。「生命らしさとは何か」といった、探求しているテーマが噛み砕いて言語化されているのが重要かなと思います。そうすると学びに来る人は「どういうものに生命らしさを感じるかに興味のある人の集合体」だと伝わりやすくなります。シラバスの代わりとして、「不均一なエラーに生命を感じること」とか「ソフトな動きを見ると、行動を想起させる」とか、そうした生命らしさを人工物で感じさせるエッセンスがありますよね。データベースとして公開していけば、みんながポストしていってくれるようになる。それを集めていくと価値のある知見になると思います。

―最終面談では第2回の「生命と機械の学校」の報告と、作品のプランが提案されます。