サウンドアーティストの丸山翔哉さんは、音を聴く知覚体験を多層的に捉え、その「聴取」のさまをアカデミックな成果も援用しながら作品化してきました。この度クリエイター育成支援事業に採択され、制作を進める『野生のオーケストラが聴こえる』は、ゲームとサウンドインスタレーションという複数の要素を持つ作品です。初回面談では参加型作品としていかにブラッシュアップしていくのかという話題や、ジョン・ケージなど過去の「音」をテーマとした作品との距離感についてアドバイザーと意見が交わされました。

アドバイザー:石橋素(エンジニア/アーティスト/ライゾマティクス)/西川美穂子(東京都現代美術館学芸員)

初回面談:2024年10月8日(火)

多元的な聴取

丸山さんは音を聴く「聴取」という行為を多層的なものと捉えていて、聴取においては個人の記憶や癖、それらを形成した政治や文化の影響を受けており、それは一元的なものではなく、多元的なものであると自身の考えが述べられました。こうした前提のもとこれまでの活動ではフィールドレコーディングを作品化し、2022年からはVRに取り組み、音をバーチャルな空間に持ちこむ実験を行ってきたことなどが紹介されます。

そしてこうした実践の延長線上に本作もあると述べ、丸山さんは次のように概要を説明します。「インスタレーションとゲームをミックスしたような作品で、鑑賞者にはゲームをプレイしながらそのなかでフィールドレコーディングを行ってもらいます。そしてそこで録音されたサウンドが、最終的にマルチチャンネルスピーカーから流れる想定です。つまり鑑賞者=プレイヤーは空間に響く音の指揮者の1人となるような体験をすることになるのです」。ゲームや音楽作品としてのリリースも視野に入っている同作のコンセプトは、音響生態学者のバーニー・クラウスの提唱する「音のニッチ仮説」にも影響されていると丸山さんは語ります。この説は野生動物の鳴き声が周波数帯によって住み分けられているというものであり、「音のオーケストラ」はゲームというバーチャルな空間で採集された音が、どのような生態系を表現するのかという興味に基づいていると明かされました。

また、こうしたバーチャルフィールドレコーディングを主題としている作品は丸山さんのリサーチによると試みられた例がなく、フィールドレコーディングという行為の価値の再検討にもつながるのではないかとその意義についても言及がありました。そしてそういった生態系をより豊かにするための工夫として、他のプレイヤーの音の軌跡を可視化することや、聞こえてくる音の音量を2倍から8倍まで変更できる仕様を実装するなどのブラッシュアップを行っていく予定について述べられました。

デモ画面でバーチャルフィールドレコーディングを説明する丸山さん

いかにしてゲーム性をつくり出すか

こうした概要に対してアドバイザーの西川美穂子さんは、フィールドレコーディングをゲームのなかでしていくことにどう誘っていくかが重要になると応答し、同じくアドバイザーの石橋素さんも物語性導入の検討余地について指摘しながら、「この体験のゲーム性をどこで担保するのか」とコメントし、ゲームデザインをより詰めていく必要性について述べました。丸山さんはこれらの指摘に対して「アイデアとして順路的なものを用意するとかもありますが、ない方が良いかなというか、むしろ終わりが異なるほうが演出としては良いかなと思っていて。ただスタートする時に、何をモチベーションとして進むのかをどうするか考えています」と応答しました。

左から、西川さん、石橋さん

また、丸山さんは共通性のある作品をリサーチしたり、ルドロジーというゲームのメディア性に着目した学問分野で分類されるサウンドデザインを参照しているといいます。西川さんからは、ジョン・ケージなど受け手の聴取を事後的に浮かび上がらせる音楽作品の系譜との距離についてはどう考えているかと問いが。丸山さんはケージの作品は最終的に音楽に還元しようとしているところに自分とは違いがあると前置きしながら、「今回はやはりバーチャルフィードレコーディングが主題になっているので、プレイヤーにはあくまで音と向き合ってもらうようにしたい」と応えます。

『野生のオーケストラが聴こえる』は先行する取り組みがあまりない作品であるだけに、アドバイザーからは期待と同時にさまざまな質問や提案が投げかけられました。丸山さんはそれらをどう作品に落とし込んでいくか検討しながら、制作に取り組んでいくことを述べ初回面談は終了しました。