「あの言葉がこの言葉に訳された」という単語翻訳の膨大な履歴が形成するネットワーク/空間をバーチャルな空間に描画した『Media of Langue』。すでにオンラインで公開され、また香港のアートセンター・香港藝術中心で展示も行っています。その彫刻的な側面の探究として、実空間への展開を模索してきた村本さん。自身の「見ることへの興味と翻訳への興味の深いつながり」を見直し、たどり着いたのは両面スクリーンと額縁を用いる方法です。面談では額縁が持つ意味と効果についてディスカッションがなされたほか、3月に予定しているフランスでの試みや、アプリケーションのリニューアルについても話されました。

アドバイザー:戸村朝子(ソニーグループ株式会社 Headquarters 技術戦略部 コンテンツ技術&アライアンスグループ ゼネラルマネージャー)/原久子(大阪電気通信大学総合情報学部教授)

最終面談:2025年1月20日(月)

空間的なパースペクティブと言語的なパースペクティブ

彫刻としての『Media of Langue』について熟考を重ねていた村本さんですが、「やっとアイデアが固まり、両面スクリーンと額縁を用いることにした」と報告。成果発表イベントではプロジェクション映像の周囲を額縁で囲い、幅2m×高さ1.5m程度の大きさで展示予定です。この案に至った経緯について村本さんは「私の見ることへの興味と翻訳への興味は実感としては深くつながっている」とし、より抽象的なレイヤーでその共通性について推敲したといいます。
特に重なったのは、2年前に制作した『Lived Montage』です。「この作品は同じものに対して複数のパースペクティブがあるということそのものを題材にしている。パースペクティブには遠近法の焦点という作図的な意味もありながら、誰かのパースペクティブに立つといった言い方もできる。後者は、翻訳論がしばしば『真理の多形性』一般の問題として議論されるときにおける言語的なパースペクティブという概念につながっている。ここから空間的なパースペクティブと言語的なパースペクティブを違いすぎないものとして理解していくという方向性が得られた」と、自身の試行錯誤を振り返ります。それを彫刻に落とし込むにあたって注目したのが絵画的な装置です。「額縁にはパースペクティブを決めつつ、空間に対して特権的な面/壁をつくり出す力がある。これが『Media of Langue』のプログラムに重なった」と村本さん。アドバイザーの原久子さんは、「額縁は非常に西洋的な文脈にあるもの。西洋に引き寄せられてしまうのでは」と指摘します。
村本さんは「私も悩んだが、額縁は、たとえばパースペクティブを定義して視界を構成する装置という意味では、ある程度文化的な普遍性を持っている。さらに私が『Media of Langue』とメタフォリカルな関係を持たせたいのはその中でも西洋的な額縁」と話しました。

額縁のリサーチをスライドで共有

何を単語とするか

3月にフランスで別の作品の展示予定ができたため、長めに滞在し、『Media of Langue』についてさまざまな人とディスカッションやフィールドワークをしたいと村本さん。ヨーロッパは特に今、多言語主義の動きが活発なため、各所で多言語主義をテーマにした企画があるといいます。「家族内でも複数の言語があることが当たり前。翻訳という行為に対する距離感に大きな違いがある」と、日本とは大きく異なる文化圏での受け止められ方に期待を寄せます。ただ、アプリケーションとしての多言語対応については配慮が必要なようです。
『Media of Langue』のフランス語についても少しずつクオリティを上げています。「面白いのは、言葉の単位の感覚が言語によって微妙に異なることです。『ジャガイモ』は大地のリンゴ(pomme de terre)、フランス語は、新しい単語をつくらずに、複数の語を使って塊のある概念を表すことが多い傾向にあるようです。この辺りはこのプロジェクトの難問で、メンバーの中でも今すごく揉めている」と村本さん。戸村さんが「面白い。そういった言語間の差異も今後見えてくるのか」と問うと、すでに見えてきていると村本さん。「英語―日本語と英語―中国語の差も面白い。日本語は明治時代に翻訳が管理されたため、一対一で決まりきった訳が多いが、中国語はそういった歴史がなく、英語―中国語は線が非常に多い。一方で共通の祖先を持つ英語とフランス語は、一対一の翻訳が多く独立した島が形成されやすいように思うかもしれないが、ある程度言語体系として分離して時間が経っているため、翻訳のネットワークは十分な複雑性を持って広大に広がっている」といいます。
こだわりを持っていた空港での展開について原さんから尋ねられ、村本さんは「個人的にはやはり空港には設置したい。ただ空港に置くことが目的ではないし、あせる必要はない」と話しました。なお、成果発表イベントで展示するものは、その後図書館に常設できないか、リサーチを始めているといいます。

原さん

永く続く集合知のプラットフォームへ

また、面談の冒頭、村本さんからはアプリケーションのリニューアルについて報告がありました。見た目にはほぼ変化はないものの、「ぐちゃぐちゃだったコードが整って、コレクティブに人が参画しやすくなった」といいます。戸村さんは「このプロジェクトは村本さんが仮に存命じゃなくなった後にも続いていくぐらいの長いLifeを持ちえている。人々の知見がたまるプラットフォームに進化できたのは素晴らしいバージョンアップ」と評価し、多くの人が関わる集合地のプラットフォームとしての『Media of Langue』の可能性が見えてきたと話します。
村本さんは、自身が「非常に我が強い」という自覚があるとした上で、「この半年、コレクティブとして大人数でどうやってつくっていけるかを意識してやってきたことはとても新しい経験になった。今後の作品にもかかわってくると思う」と振り返りました。

オンラインで参加した戸村さん