テクニカルな視点からミニマムな要素を用い、その特性を際立たせて複雑な現象をつくり上げてきた古舘健さんは、文化庁メディア芸術祭では『Pulses/Grains/Phase/Moiré』で第22回アート部門大賞を受賞しています。今回の企画は、京都・西陣織の老舗「細尾」とのコラボレーションによるR&Dプロジェクトです。コンピュータープログラムを用い、布を構成する最小単位から再構築することで、新たな組織構造の布をつくり出します。

アドバイザー: 久保田晃弘(アーティスト/多摩美術大学教授)/
戸村朝子(ソニー株式会社 コーポレートテクノロジー戦略部門 テクノロジーアライアンス部 コンテンツ開発課 統括課長)

京都で協働メンバーと合宿を開催

古舘 健(以下、古舘):12月下旬、協働メンバーの平川紀道(ひらかわ・のりみち)さん、堂園翔矢(どうぞの・しょうや)さん、巴山竜来(はやま・たつき)さんとともに、株式会社細尾の工房で合宿を行いました。まずは織に関する知識を彼らに伝え、そのあとハッカソン的に試作を行いました。今日は、その成果物も持参しています。合宿は、時間のないなかでしたが試作を優先させました。実際に織ってみないと、何がかっこいいのか、データがどう動くのか、何が課題なのかがわからないからです。巴山さんは当初アドバイザーとして参加する予定でしたが、織機を見学したら一緒につくってみたいということで制作にも参加してもらいました。
彼らに伝えた織の知識とは、プログラマーが織機に関して知っておいてほしい最低限のことです。「ジャガードとは何か」や、ジャガードの構造、どういうパーツがあって、それらがどういう役割を持つのか、どのように動くのか、ということなどです。「布の耳」や「レイヤー」など、織機に対応するための特殊なデータのつくり方についても伝えました。ちなみに今回は、電子ジャガードのほかに「ダイレクトジャガード」というものも使います。
試作は、まず各メンバーに白黒の画像データをつくってもらい、織り用のデータに変換して織機に取り込んで織っていきました。織り用のデータは「CGSII」という形式で、織り用データに変換するソフトウェアは自作しました。CGSは「Computer Graphic System」の略。京都・西陣でつくられた独自フォーマットです。CGSはフロッピーを用いています。たまに、織りの業界の人たちがフロッピーを買い込んでいることが話題に上ることもありますが、その原因がCGSです。もしフロッピーがなくなったらどうするのか、ということで改良されてできたのが、フロッピーに依存しないCGSIIです。京都市産業技術研究所がデータフォーマットを公開していて、それを見れば誰でも使えるようになっています。

手で触れる素数

古舘:組織の密度が高い場合は布の長さが伸びて、密度が低いと縮みます。ある程度の間隔で経糸と緯糸を絡めないと、糸が絡まずにふわふわしてしまう。織の言葉で「糸が浮く」といいます。糸が浮き過ぎると布が弱くなったり、織機で織れなくなったりしてしまいます。このため組織の密度が低い部分は埋めていく必要があるのですが、その埋め方に、布の個性も出てくる気がしています。データをつくるとき、僕はまず大まかに模様をつくってから、あまりにも空白が続くときには、その間をランダムに埋めていました。今回の試作では、そうした処理も自由にやってもらったところ、平川さんは綾織(あやおり)で埋めたようです。基本の組織をつくって、それに模様を載せていくという方法です。
また、組織の複雑さは偏らないほうがいいようです。複雑な部分ばかりが続くと、その部分だけ布が伸びてしまい、これも織機で織れなくなる原因になります。「布が上がってくる」といいます。

久保田晃弘(以下、久保田):複雑さはある程度均一にしないと、布として実現させることが難しいのですね。

古舘:そうですね。糸が浮いたり布が上がってきたりすることを防ぐために、データ上で配慮が必要だということが分かりました。
レイヤーは、2枚の画像をそれぞれ1レイヤー目と2レイヤー目のデータに変換してつくります。2色の糸を用いる場合、表から見ると一方の糸が他方の糸を完全に隠すことになります。そこから隠している方の色を表に出す際、糸同士が交差します。交差する部分が増えるにつれて組織が複雑になり、糸が浮く原因にもなってしまいます。レイヤーの重ね方にも、プログラマーの個性が発揮されます。堂園さんと巴山さんは2レイヤーに挑戦したのですが、堂園さんは、とりあえずレイヤーをふたつに分けただけなので、糸が重なっていません。巴山さんは糸が重なるようにケアしているので、隠れるべき色の糸がきちんと隠れています。

―試作の布を見ながら面談を進めました。

古舘:堂園さんは「ベクターフィールド」をもとにして織っています。平川さんは自身の作品『datum』のデータを使っています。『datum』のデータをそのまま使うと、まばらな部分が出てくるので、基本の組織で埋めています。

久保田:そう言われてみれば、確かに『datum』的な部分が見えてきますね(笑)。基本の組織に模様を載せていくと、布として安定して見えます。

古舘:そうですね。ただ、繰り返しのパターンができてしまうので、今回チャレンジしているテーマである「準結晶」(原子や分子の配列が、ミクロで見たときには秩序がないけれど、マクロで見たときに秩序があるもの)からは離れてしまいます。マクロで見たときに繰り返しのパターンがないものを目指しているので。巴山さんには、コンピューターサイエンティストのラルフ・グリスウォールド氏(1934-2006)によるパターンをそのまま使ってもらいました。組織が準結晶的になっていて、反復していません。もうひとつは「素数」を織っています。1、2、3……と数えていって、素数のところだけ経糸が上がる、というものです。

戸村朝子(以下、戸村):ラルフ・グリスウォールド氏のパターンは、眺めていて飽きませんね。素数の方も興味深いです。まさか素数を手で触ることができるとは。

古舘:巴山さんの試作のように秩序があれば、わかりやすくきれいだと感じました。近くで見たときに、布として愛でることができる感じもします。

戸村:布らしさが安心感につながっているのかもしれませんね。では布らしさとは何か、という問いも生まれます。

古舘:画像で見たときにかっこいいものが、布でもかっこいいわけではないようです。今回のプロジェクトでは、当初、表のみを意識する予定でしたが、組織として美しいものをつくりたいなら、裏の美しさも重視すべきだろうということになりました。布の裏の美しさを考えなくても布はつくれるのですが、細尾のコレクションのものは、裏を見ても美しいのです。

発明に関わる部分は専門家とともに

戸村:今回は、発明に関わることが起こりそうでしょうか。その場合は特許を考えたほうがいいと思います。

古舘:そうですね。ただ、今のところどの部分が発明になり得るのかが不明瞭です。

戸村:それは弁理士さんとやりとりしていくといいと思います。類似でどういう案件が出ているのか、リサーチが必要ですね。もしかしたら他人の著作権や特許を踏んでいる可能性もあるので。細尾と共同で出願するのか、単独で行うのかも検討が必要です。

古舘:そのあたりも含めて細尾に相談しながら検討していきます。これからの予定としては、3月初旬に再度合宿を行い、概ねの方向性を決めます。その後、5月下旬に最後の合宿を行います。皆で集中して制作し、作品を完成させる予定です。成果発表では、簡易的な展示で作品コンセプトやこれまでの経緯を伝えたいと考えています。

―成果発表と、その後の本制作に向けて、準備を進めていく予定です。