文化と歴史的背景を踏まえたモチーフの変遷や社会的文脈に着目し、作品のあり方を探求する冬木遼太郎さん。今回冬木さんが着目したのは、1905年の日露戦争終結時、ロシア(当時ロシア帝国)と日本の国境を示すために設置された国境標石、そのレプリカです。冬木さんはレプリカをさらに複製し、オブジェクトが自律的に動くインスタレーション作品を制作予定です。面談では、冬木さんのこれまでの作品なども参照しながら問答が繰り広げられるとともに、オブジェクトの質感や動き方などについてディスカッションがなされました。
アドバイザー:さやわか(批評家/マンガ原作者)、高嶺格(美術作家/多摩美術大学彫刻学科教授)
初回面談:2025年9月24日(水)
動く国境標石に込める意図
作家のコントロールから作品を逃す
美術大学で彫刻を専攻していた冬木さん。「メディウムをコントロールしてやろうという気持ちがあったが、大学院の途中でそれをやめた」と話し、これまでに手がけた作品を紹介しました。猫が好みそうな環境を用意して猫が来るのを待つ『ヒーター』(2010)や、鑑賞者がページをめくることで生じる風が人の吐息のように感じられる『To you』(2018)など、作家のコントロールを離れたところで他者に働きかける作品たちは、冬木さんのスタンスを体現しています。近年は国内外で滞在制作を実施。文化や歴史的な背景を持つモチーフに着目し、その変遷や社会的文脈を踏まえた作品を手掛けています。

さっぽろ天神山アートスタジオのプログラムに招聘されたことをきっかけに、北海道でリサーチをするなかで冬木さんが着目したのが「国境標石」です。日露戦争終結後、ロシア帝国と日本の国境を示すため択捉島内の4カ所に設置されたもので、片面には日本を示す菊の紋、もう片面にはロシアを示す双頭の鷲のレリーフが彫られています。現在は道内の博物館などに所蔵されていますが、4つのうち1つはレプリカしか残っていません。冬木さんはそのレプリカに惹かれたと言います。「国や国境という大きなものを表象するモチーフでありながら、役割を失ったそれらは幽霊のようにも思えた」と冬木さん。このプロジェクトでは、レプリカをさらに複製したオブジェクトが自律的に動くインスタレーション作品を制作予定です。システムの制作は、過去にも協力を仰いだことのある専門家に依頼しています。

なぜ国境標石なのか なぜ動くのか
アドバイザーのさやわかさんは、「いくつかの過去作でも、国会議事堂や十字架など、国や宗教といった大きなものの象徴といえるようなモチーフが意味を失い形骸化した状況を面白がり作品化している」と、冬木さんのこれまでの傾向を分析。共通する着眼点を見出した上で、「ただ、その繰り返しでは、形骸化したものならなんでもいいということになってしまう」と、国境標石のレプリカというモチーフの選定や、それが動くことについて、冬木さんの意図をより明確化することを提案しました。
これまでニューヨークやフィリピン、北海道でリサーチと制作を重ね、来年はブラジル移民のリサーチを予定している冬木さん。そのアプローチはある角度から捉えると「帝国主義政策に集約されると思う」としつつ、一方で「固定化されたものをブレさせたり、安定した状態を崩したりしたい」という欲望が自身にあると言います。また「ベルリンの壁のように物理的に分断するのならわかるが、壁もないのに国境だというのはズルくて強い」「博物館などに所蔵されながらも、出会った際のレプリカは、廊下の一角のさほどよくない設置環境に置かれていた」など、国境標石に惹かれた理由について話しました。

思いっきり茶化す
「もっと思いっきり茶化してみては」とアドバイザーの高嶺格さん。「本来は動かないことに意味のある国境標石が勝手に動く、それだけでもすでに茶化しているとは思うが、標石が意志を持ったかのように自律的に移動したり位置を決めたりしているかのように見せられたら面白い」と、作品のアプトプットから意図を明確化することを試みます。続いて例示された「標石が海を泳ぐ」というアイデアに、冬木さんは「実は発案当初は、潮の満ち引きで標石が波に揺られるという案だったが、真面目すぎる、もっとふざけた方がいいと思った」と振り返りました。
オブジェクトの動きや見た目についてディスカッションするなかで、「スムーズで軽やかな動きがいい」「テクスチャーは初期アバターのようなイメージ」など、冬木さんから具体的なイメージが共有され、徐々に作品の輪郭が明確になっていきました。「4つの国境標石を並べて、そのうちの一つだけ動く」というアイデアも。
高嶺さんからの「身体の前面に日本の国旗、背面にロシアの国旗を描いた人がパフォーマンスをするのと、どちらが面白いか」という投げかけに、「人が介入するとその人自体に思考が向いてしまうため、物を使いたい」と冬木さん。似て非なるアイデアとの比較を通して、本来のアイデアが持つ要素が見えてきました。

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オブジェクトの動きを専門家と実験しながら、テクスチャなどを検討する