日本の産業を支える町工場の工場音を、音楽レーベル化するプロジェクトを進めてきたINDUSTRIAL JP。今回採択された『INDUSTRIAL JP – ASMR』では、日本中の多種多様な工場の音を3Dサウンドとして採集し、無料で公開することを予定。音によって日本の製造業の姿が見えてくるようなアーカイブの形を目指します。
アドバイザー:タナカカツキ(マンガ家/京都清華大学デザイン学部客員教授)/土佐尚子(芸術家/京都大学大学院総合在学館アートイノベーション産学協同講座教授)
―初回面談には、INDUSTRIAL_JPの木村年秀さん、新谷有幹さん、オンラインで下浜臨太郎さんが参加しました。
プロジェクトと社会の接点
INDUSTRIAL_JP /木村年秀(以下、木村):これまでINDUSTRIAL_JPは、町工場の音と映像を素材に、ミュージシャンとコラボレーションして作品を発表してきました。今回取り組み始めるのは、音だけにフォーカスしたアーカイブ・プロジェクトです。映像を含めると時間も予算もかかるのですが、今回は音だけに集中することでコンパクトな体制で動けるため、より多くのアーカイブをつくることができると思っています。基本的にYouTubeでアーカイブしていく予定ですが、まずはプロジェクトのウェブサイトをシンプルなデザインで作成しようと考えています。できればサブスク的(サブスクリプション方式の略。商品ごとに購入金額を支払うのではなく一定期間の利用権として料金を支払うビジネスモデルのひとつ)な仕組みにも挑戦してみようかと。また、そこから、アーティストによるサンプリングパックを提供して楽曲をつくれるようにしたいです。アーカイブから音も聴けて、楽曲利用もしてもらえるウェブサイトの構築、ここまでをひとつのプロジェクトとする予定です。
土佐尚子(以下、土佐):このプロジェクトは、どのように町工場の人たちのメリットにもなるのでしょうか。
木村:過去につくった映像はプロモーションに使われたことがありました。また、工業団体からもお問い合わせをいただき、海外の商談会などでも町工場の技術を伝える映像素材として使ってもらっています。今回は音なので、何がメリットになるのか改めて考えていかなければと思っているところです。
INDUSTRIAL_JP /新谷有幹(以下、新谷):過去の映像作品では、作品タイトルを「町工場×アーティスト名」という形でそろえています。かつ映像の中で、字幕をオンにすると、どんな作業工程で何が行われているのかを取材をした説明文が流れるようになっています。
音だけにしたときに、聞いてくれる方々に何を伝えるかが重要ですよね。例えば、30分くらいの音の録りっぱなしを、アンビエント(環境音楽)として作業用BGMに使ってもらい、その工場音を聞き続けることで、工場の名を覚えてもらうなど、工場側のメリットや社会的な意味を考えていけたら。これから詰めていくべきことだと思います。
木村:環境音だけれど、YouTubeの字幕をオンにすると詳しい情報が見られる仕掛けは、可能性があると思っています。
土佐:アーカイブ化してフリーに使えるようにするのはいいと思います。今の時代らしく、シェアすることで大きな効果があるでしょう。そういう考え方で進めてもらえると広がっていくと思います。例えば、完全にフリーにするのではなく、クリエイティブ・コモンズ・ライセンス(著作物の配布を許可するパブリック・ライセンスのひとつ。いくつかの頒布条件の異なるライセンスを提供することができる)として公開するのもあるかもしれませんね。音楽的な部分は非常に質が高いと思いますので、あとは提示の仕方やそこから先、広げ方が大事ですね。
工場音のアーカイブをどのように提示するのか
タナカカツキ(以下、タナカ):アーカイブも面白いですが、工場音を録り続けてわかったこと、どう感じているのかを知りたいなと思います。この工場はいい音を出すとか、マテリアルによって音が違う、とか。そうした独自の体験からわかったことを表すのも、提示方法のひとつです。
木村:工場によってメインになっている音域や周波数が違います。あとBPM(テンポ)も違います。工場の取材はまず、各工場の音の特徴を捉えることからはじめます。工場で働いている方は、音を聞いただけでその機械がエラーが起きていることがわかるんですが、つまり音には繊細に技術が現れます。
新谷:エラー音は現場の方にとっては不安な音だけれど、我々はそうは感じない。これは現場の方にきいたのですが、鉄系の素材を打ち続けたときと、チタンを打ち続けたときの加工音の違いがあります。チタンのほうが硬質な音がするとか。
タナカ:そういうことをテキストでフォローすると良いかもしれませんね。工場全体の音と、機械独自の音はまた違いますよね。そのあたり、アーカイブではどのように表現するのでしょうか。
木村:工場全体の雑音の中から、Lに寄るとこの機械音、Rに寄るとあの機械音といったように、アンビソニック(立体音響を収録・再現するための音響技術)を利用して機械自体の空間配置もわかるようにできたらと思います。音によるバーチャル工場見学ですね。
タナカ:最初に工場側に依頼をするときに、どのような段階で「それは面白いですね」と協力してくれるようになるのですか。
木村:お話に行くときは、デモを持っていったり、ビデオを見てもらったりしています。初期の作品では見せるものがなかったので、伝えるのが難しかったですね。
新谷:今回は、過去に協力してもらった工場でテストを録らせていただき、形になった段階でお見せし、理解していただくという順番になるかなと思います。工場で働いている方々は、毎日の工場の光景を見慣れているので「これが面白いのでしょうか? 毎日見ているから価値がわからない」と言われることもあります。このお仕事は格好いいもの、ということをどのように形で社会に見せていくか。そこは肝になっていくと考えています。
タナカ:もしかしたら、工場の鑑賞の醍醐味を知っているようなマニアの方々もはいるのはないでしょうか。
木村:フィールドレコーディングの専門家や「工場萌え」のスタンスで工場の音をアップされている方々はもちろんいますが、工場音を業種を横断してアーカイブ化している例はあまりきいたことがありません。
土佐:そもそも、なぜ工場を取り上げようと思ったのでしょうか。
木村:工場が好きということもありますが、そもそもはメンバーの一員でもある由紀精密の大坪さんから、町工場をサポートする動画コンテンツが作れないか、と言うオーダーがあったことがきっかけです。そこで、アートディレクターの下浜が大田区をフィールドワークして、工場フェアで小松ばねさんがつくっていた技術紹介映像を見つけたんですね。この独特な映像に音楽を融合させてP Vを作れないか、と言う相談が僕にあったので、音でも工場の細部をサンプリングし、またコンテンツ単体ではなくレーベル化することで持続可能な運動体にしていくことを提案した、という経緯です。音に関して言えば、もともとテクノをはじめとするミニマル・ミュージックが好きだったので、工場の持つミニマルなグルーヴと合わせて快感を最大化できれば、と考えました。
タナカ:音そのものを楽しむというところからきているのですね。
工場音との触れ合い方
INDUSTRIAL_JP /下浜臨太郎(以下、下浜):これまでは楽曲化するときに、工場音以外の音楽も入れて映像も含めて作品としてつくっていましたが、今回は工場音のみで成立させる予定ですので、見え方がまた変わってくると考えています。それをどこで流すかというのもあり、カフェやYouTube、または電話ボックスのような狭小空間か。聞き方もこれまでとは変えてみたいです。
土佐:工場のほかにもシリーズ化できそうですね。私の仕事柄、火星や月の音に触れる機会があるのですが、NASAのサイトにも音がたくさんアーカイブされています。そんなふうに工場以外の音でも展開していけそうなので、やはりなぜ工場を目立たせたいと思ったのかが気になります。
木村:フィールドレコーディングの面白いところは、日常に埋もれている、日常では聴きそびれている細部を際立たせられることです。これまでの作品制作を通じて、それぞれの工場に、全く違う音があることがわかってきました。また機械音をクローズアップしたとき、音そのものが加工しなくても十分にミニマルミュージックとして面白いことを感じていました。機械音は街によっては風景の一部でもある。自分たちが住んでいるところや、この社会をミクロな視点で見つめる。そんな表現になるのではないか、と考えました。
土佐:現代においてなぜ芸術が必要かというと、生活の中で情報過多であるがために情報が凝縮されたアートに親しむという説があります。環境音も情報を減らす効果があるのかもしれませんね。
新谷:静かな図書館よりフードコートのような賑やかな場所のほうが、作業がはかどることがありますよね。一定の雑音があるほうが落ち着くこともある。今だと在宅ワークの際に流す音などにも使えるかもしれません。
木村:音がシンプル化していくというか、セレクトされると、ミニマルなグルーヴを感じるようになりますね。
新谷:工場ごとにリズムも音色もいろいろです。例えば、ネジの工場はサンバっぽいです。
タナカ:今の話は面白いですね。音との触れ合いかたが分かってきます。もっといろいろと知りたいです。
新谷:そうした話はどこかに文章で記述しても良いかもしれません。
―次回の面談までに、工場音の収録を進め、ウェブサイトの構成案を検討する予定です。