自主制作映画からスタートし、あらゆる人の記憶に接する映像作品の制作を目指す牧野貴さん。文化庁メディア芸術祭での、第19回アート部門審査委員会推薦作品『cinéma concret』のほか、国際映画祭でも多数の受賞・選出歴があります。本企画では、幾重にも重なった映像と、鑑賞者の想像力の喚起によって、個人がすでに持っている光の記憶を再認識する映像インスタレーション作品の制作に挑みます。

アドバイザー:山本加奈(編集/ライター/プロデューサー)/和田敏克(アニメーション作家/東京造形大学准教授)

深層意識に接する映像

牧野貴(以下、牧野):私の作品は、日常の風景、町や公園、森、植物、有機物と無機物を、4Kカメラとウェアラブル・カメラで撮影し、映像を何度も重ねて抽象化していきます。
制作のきっかけは、5歳のときに交通事故に遭い、はっきりとした幻覚を見たことです。太陽をずっと見つめて、緑色の地平線に包まれているのですが、それが手術台のライトと心電図だった。そこから記憶や現実と関わりのある夢としての映像をつくりたいと考えるようになりました。16歳の頃から写真の重ね撮りを始めて、映像を重ねるのは大学時代から、初めはフィルムでしたが、今はすべてデジタルで制作しています。
これは自分の考えですが、人の脳内は記憶の積み重ねとしてさまざまな映像が浮遊している状態で、目が覚めているときは順序立てて考えてその映像を出し入れしているけれど、夢ではそれが暴走して、思わぬ組み合わせが起きている状態である。作品では、その可視化を試みました。

山本加奈(以下、山本):牧野さんのこうした映像は、交通事故で幻覚を見たという原体験を追い求めて制作されているのですか。

牧野:ユング(カール・グスタフ・ユング/1875-1961(スイスの精神科医・心理学者))の考えでは、人には意識と無意識に加えて深層意識があり、そこでは全人類がつながっている。集合的無意識という考えなのですが、そこに近づきたいのです。

山本:深層意識にたどり着くにはメカニズムがあります。何回も繰り返すことで身体的な部分がオートメーション化されて、初めて無意識の段階に移行する。牧野さんの手法と目指しているものはマッチしていると思います。ただ、脳科学的には脳が変容してくるまでに20分程度かかると言われています。没入感や意識の変容まで体験させたいのであれば、20〜30分間、作品を体験してもらえる工夫があるといいですね。

和田:とくにストーリーのある映像ではないと思いますが、作品としての始まりと終わりは設定するのですか。

牧野:一般的に映像インスタレーションは長くて30分間鑑賞してくれるかどうかですので、あえて始まりと終わりを設定したほうが親切だろうと思います。ただ、作品としては起承転結のない、展示空間にただ投影された光があるような状況にできればと考えています。

重なる映像と体に響く音

和田敏克(以下、和田)映像作品を始めた頃に、フィルムの重ね撮りで制作していたのは驚きでした。綿密に露出の計算などを考えないとできないですよね。映像を重ねることで、色や光が飽和して真っ白にはなりませんか。

牧野:フィルムで制作していたときは、35mmフィルムで実験をたくさん行いました。デジタルでの映像編集では、明るい部分は飛ばないように、暗い部分はギリギリ残すように波形編集をしています。編集方法はまだまだ探究しがいがあると感じています。

山本:それは技術的な発展と関連しているのでしょうか。

牧野:はい。ひとつひとつのレイヤーを細かく調節して、すべての映像が生き残る状態で有機物と無機物を混ぜることで、抽象絵画や印象派の絵のような映像になることがわかってきました。

和田:作品にするにあたって、コマ撮りを混ぜたことはありますか。アート・アニメーションでは、キャンバスや紙などで質感を出す方法がよく使われますが、何枚か全然違うものを重ねるとゆらぎが生まれるんです。

牧野:写真から映像に移行したときに質感がでなくて、砂やコンクリートのクラック、水の中にビーズを入れて、コマ撮りをしたことがあります。それに反響効果を何度も重ねていくと動きが生まれます。今回の作品ではオンライン鑑賞も視野に入れているので、スローな動きを想定しています。

和田:映像を重ねる際は、都市や緑、自然などカテゴライズしながら編集を行っているのですか。

牧野:素材ごとにアーカイブをつくって編集をしています。自分のPCではこの手法の4K映像編集が難しいので、完成を予想してレンダリング作業を行っていました。今回は僕の技術的なサポートをずっとしてくれている大阪の映写技師の方のアシストで制作しています。

山本:映像は120回も重ねるそうですが、この数字はどのように決めたのですか。

牧野:デジタルデータは、幾重にも圧縮されて送信されることから、圧縮したデータをひとつの素材として使うことを閃きました。例えば1時間の映像があるとしたら、厳密には128回折りたたむように重ねています。

山本:音はご自身で制作されるでしょうか。サウンドデザインのような音楽にするのでしょうか。メロディアスな音楽でしょうか。

牧野:自分で制作します。一番重低音が豊かに出るシンセサイザーを使い、音圧で音を体感できるようにする予定です。高音を入れたほうが、重低音が引き立つのではないかと考えています。上映の途中からでも問題なく鑑賞できる状況を保ちたいので、あまり音楽的ではないものを想定しています。

和田:映像と同様に、音も具体性があるものが複合することで抽象化されるのではないでしょうか。

山本:映画『ダンケルク』(2017年)では、イギリス兵が帰還するシーンではノイズがずっと走っているのですが、シーンが進んでいくとノイズの中から楽曲が立ち現れてくる。それはイギリス人なら誰でも知っている音楽で、音がとても引き伸ばされたノイズのような状態なので気づかないのですが、その音楽を想起させるような印象があったそうです。具体をつかうのであれば、重ねるだけではなくストレッチするのもおもしろいのではないでしょうか。

映像の中をさまよう展示方法

山本:展示では、すごく画期的なことを期待してしまいます。まだ展示方法に考える余地があるような気がします。

牧野:映画館でできないことという観点でしたら、インスタレーション作品としてのマルチスクリーンやスピーカーの使い方です。天井から床に投影して、映像の中にいるような状態にすることも考えました。今回採用したリア・スクリーンは映像を後ろから投影するもので、近づいても人影が映らず、温かみが感じられるところが魅力です。

和田:企画書の通り、プロジェクターを3台使うのであれば、かなりワイドな映像にすることもできますよね。マルチスクリーンとして別々に映すにしてもコンセプトが必要ですし、鑑賞者はその意味を探ろうとします。展示方法について、何か考えがあればお聞きしたいです。

牧野:まだ展示ができるか確定していない状況ですが、展示する場所によっていろいろとアレンジできるように制作を進めています。

和田:例えば、会場でリアルタイムに映像が重なるのも面白いかもしれませんね。

牧野:以前、東京都写真美術館では、動くプロジェクターの映像を重ねました。違うループの長さで重ねて永遠に変化するのも、いいアイデアですね。

山本:それぞれのスクリーンで干渉はないのですか。

牧野:室内をできるだけ暗くして、プロジェクターを箱で覆ってレンズだけ出ている状態であれば干渉はないと思います。映像素材は4Kですので、どんなに画面が大きくなっても大丈夫です。展示に合わせてフォーマットを変えられます。

山本:スクリーンの実験はしてみましたか。

牧野:ハーフミラーを用いた展示は試してみたことがあります。ハーフミラーは光の反射率が鏡より小さいもので、映像が半分写って半分通り過ぎていくようなものです。最近はグレースクリーンを使うことが多いですね。その方が黒みがしっかり出て、映像自体がしっとりとしたアナログのような映像になります。

山本:蓄光スクリーンなどでも見てみたいですね。

牧野:これから編集を始めて、2月あたりから音の制作に入ります。3月までには十分な素材と音を用意して展示ができる段階まで持っていくことが目標です。

―次回の面談までに、映像素材の撮影を終える予定です。