日本の産業を支える町工場の工場音を、音楽レーベル化するプロジェクトを進めてきたINDUSTRIAL JP。今回採択された『INDUSTRIAL JP – ASMR』では、日本中の多種多様な工場の音を3Dサウンドとして採集し、無料で公開することを予定。音によって日本の製造業の姿が見えてくるようなアーカイブの形を目指します。
アドバイザー:タナカカツキ(マンガ家/京都清華大学デザイン学部客員教授)/土佐尚子(芸術家/京都大学大学院総合在学館アートイノベーション産学協同講座教授)
―INDUSTRIAL_JPからサウンドディレクターの木村年秀さん、ほか3名が参加しました。ビデオチャットによりスライドを見せながら発表します。
録音方法とアウトプット
木村年秀(以下、木村):工場で色々な録音方法を試し、ふたつの方法を選択しました。ひとつは360°の音響を記録できる「アンビソニック」というマイクを使う方法です。YouTubeには360°音源として格納しますが、格納する場所によっては、バイノーラルという耳に近い形のフォーマットに変換します。展示の際などは、あるデバイスをヘッドホンにつけると、右を向けば右の機械の音が正面に聞こえて、左を向けば左の機械が正面に聞こえるということも可能です。このマクロな視点によって、音で聴くバーチャル工場見学なども可能かと思っています。もうひとつはより指向性の高いマイクを使った方法で、個々の機械のフェチ感のある音が撮れます。
基本的にはこのふたつの方向、360°のマクロな視点の環境音と、よりフェチ的に機械がどんな音かをクローズアップする方法で録音していこうと思っています。YouTubeにアップするときは、工場音のダダ流し音声に自動再生するアニメーションをつけます。同時にBandcampという音楽ダウンロードサイトに飛べるようにして、そちらでは全曲ダウンロード可能で、基本的にはサンプリングソースとして使えるようにします。ミュージシャンの方に音源を加工していただき、加工したものもサンプリングパックとして格納していこうかなと考えています。
ウェブサイトの構成でいうと、各工場音がシングル形式で並び、クリックすると工場の説明文が見え、音が聞こえ、Bandcampとつながっているといった構成です。
土佐尚子(以下、土佐):バイノーラル録音したものを三次元的に表現するのは重要な視点です。ただ、特殊な装置なしで、ネットから聞けるといいですね。
音のバリエーションを広げていく
土佐:地域活性化にもつながる可能性を感じます。工業製品の工場だけではなく、お菓子工場などもいいかもしれません。工場もさまざまな分野がありますよね。
木村:従来の映像撮影込みのコンテンツを念頭において、食品工場をロケハンした時があったのですが、機械をクローズアップした映像では、食品は美味しく映らず、難しかった経験がありました。でも、音だけでしたら可能性がありそうです。新しい分野にも挑戦してみたいですね。
土佐:食品のほかにも、鍛冶屋のような道具をつくる町工場、自動車関係の工場などレパートリーを広げられそうですね。地域ごとに盛んな製品もありますし、種類が増えるとデータベースとして価値が出て来ると思います。たくさん撮るのであれば、クラウドファンディングを使ったり、行政窓口に相談してみたり。助成金を使うのもひとつの方策です。
タナカ:初回面談のとき、音を聞いただけでその仕事に従事する人はどんな機械でどんな作業なのかわかってしまうといった話がありましたよね。それはすごい情報なので、そんな話を聞けたら面白いと思います。
木村:以前の動画ではすべて、その工場に勤めている方々のインタビューをつけていたのですが、今回はどうしようかと迷っていました。
土佐:インタビューは公開した方がいいでしょう。
木村:音声だけなので、インタビュー音声だけを単独でサイトに載せるのも良いかもしれません。それからYouTubeには解説となる字幕を入れることも考えています。例えば、いま鳴っている音はこういう音です、とか、いまあなたはここにいます、というような。
メディア芸術の社会実装へ
土佐:意外な場所で意外な活用をされたりするので、さまざまな情報を公開することはいいことだと思います。その際は、活用するためのルールも決めた方がいいでしょう。事業化も期待できますが、その場合ビジネスモデルまで持っていくためにはノウハウが必要ですよね。そういう部分で、この支援事業なども活用してもらえるといいと思います。失敗しても良い、実験できるのがこうした支援事業の醍醐味です。ぜひいろいろと挑戦してください。
木村:はい。きちんとビジネス化できたらいいなと思います。フィールドレコーディングのほうは自由にダウンロードできますが、ミュージシャンにつくってもらうサンプリングパックは販売します。その代わり楽曲に使用しても著作権はフリーという形で販売する予定です。サンプリングパックはつくってもらうミュージシャンにも還元しながら、今後の活動資金にもしていきたいと考えています。
土佐:この取り組みは、サウンドを専門にする人を増やすことにつながりますし、メディア芸術の成長にもつながります。ぜひ、メディア芸術の社会実装を目指しましょう。それから、どんな点にどんなニーズがあるのかなど、フィードバックも大事ですね。Google フォームのアンケート調査でも良いと思います。
木村:これまでは海外の視聴者も多かったので、どんな人に聞いてもらえるのか楽しみです。そうしたフィードバックに関してもウェブサイトに組み込んでいこうと思います。
土佐:コロナ禍もあり、いまP2P(ピアツーピア/サーバを介さず端末同士でデータファイルを共有できる技術)の普及が加速しています。アートに関しても、今後はますます権威的に評価されて陳列するのではなく、ほしい人が作家からダイレクトに入手する流れになっていくのではないでしょうか。
タナカ:最終的に(アーカイブする音の種類は)どのくらいの数になっていくのでしょうか。
木村:10〜15は集めたいと思っています。
タナカ:工場のサンプル音を集めるところからスタートして、メディア芸術の社会実装というテーマが投げかけられました。頑張ってくださいね。
木村:続けていきたいプロジェクトなので、そのベースを今回の支援事業でつくりたいと思います。
―工場の取材を続けながら、次回の最終面談に向けて、テストサイトを準備する予定です。