サウンドと人間の関係、音楽がいかに私たちに影響を与えるかを問うサウンド・アーティスト、エレクトロニック・ミュージシャン集団を率いるスズキユウリさん。難読症の人でも視覚からダイレクトに音楽を生み出すことができる方法として、共感覚を用いて色や形を音楽に変換する『Colour Chaser』を2008年に発表しました。今回採択されたプロジェクトでは、その量産に挑戦します。
アドバイザー:磯部洋子(環境クリエイター/sPods Inc CEO/Spirete株式会社COO/Mistletoe株式会社プロデューサー)/山本加奈(編集/ライター/プロデューサー)
安心して遊べる安全性とインストラクション
スズキユウリ(以下、スズキ):事前にプロトタイプを送付しましたので、実際に触っていただいたと思います。大量生産のため速度などに個体差があり、どう品質を一定させるかも課題ですね。
プロトタイプ製作をうけて、子どもの認知科学・教育の専門家、ディラン・ヤマダ・ライスさんとのエバリュエーション(事後評価)で問題点を挙げていただき、今後の方向性が見えてきました。まず、インストラクション(説明書)が必要であること。それから、モーター音の軽減や対象年齢に応じたサイズ、色と音の対応です。音楽だけでなく数学・言語を学習するプラットフォームにできないかという意見も出ました。また、楽器を演奏することに抵抗があると思いますので、ユーザフレンドリーにするための工夫も必要です。
そこで、見本として、トラックに置くだけで誰でも知っている有名な曲を演奏できるワークシートをつくりました。
磯部:何歳くらいがメインターゲットになるのでしょうか。
スズキ:お絵描きしはじめる年代に設定したいのですが、年齢が下がると「安全証明」を取るのがより難しくなるのです。
磯部:プロトタイプはかなり角が尖ったデザインですよね。転倒時に角が目に入れば失明の恐れもありそうで、ちょっと危険だと思いました。
スズキ:角の鋭さについては、工場からも指摘がありました。モーターの仕組みもあまり量産向きではないので、型はつくり直す予定です。
磯部:現状だと、ほとんどの国で5歳以下の子どもをターゲットにするのは難しいと思います。穴や機械も剥き出しなので、濡れたら壊れてしまう。マスプロダクト化するには、さまざまな事故が起きることを想定して設計する必要があります。
スズキ:これからサイズや安全性について具体的に考えていきます。これをやりたいという制作側のビジョンと、予算内に収まるかという生産者側のビジョン、販売するパートナー側のビジョン。その兼ね合いでターゲットは決まっていくと思います。
当初は販売のプラットフォームをKickstarterのみで考えていましたが、新型コロナウイルス感染症の影響もあり、いまは目標額を達成するのが難しいとのことです。今後は電子楽器を製造しているメーカー、Teenage Engineeringとの連携も考えています。
磯部:ワークシートで有名な曲が演奏できるのはよかったです。遊び方も直感的にわかりました。
山本加奈(以下、山本):ワークシートがあることで、まず黒線を引かなければいけないのもわかりました。家庭ではA3程度の大きな白紙はなかなか用意できないので安心ですね。それから、電池がなくなるのが意外と早かった。電池の入れ替えにプラスドライバーが必要なのも大変という印象です。
スズキ:1分でオートオフになる仕様で、連続運転では4.5時間もつ計算でした。日本だけかもしれませんが、電池式の玩具は電池などの蓋を、スクリュー式にしないといけないのです。
磯部:一番触れてほしい年齢層が片手で持てるサイズ感が良いですね。さらに、小さいほうが輸送も効率的です。今は電池も、使い捨てより充電式の方が一般的です。そんなにコストもかかりませんし、再設計も検討してみてほしいです。
山本:同梱されるものは、プロダクトとワークシートだけでしょうか。
スズキ:ペンの同梱は、予算・販売価格との相談になりますね。今回の開発では、8色、ある程度色相が近ければ対応できるようにしています。
創意工夫が音楽に反映される
磯部:色と音階の関係は、どういうロジックでしょうか。
スズキ:ベースはシナスタジア(共感覚)で、彩度の低いものが一番低い音と考えていました。しかし、カラーペンなどのパッケージは並びが逆なので、現在は彩度の高いものが一番低い音になっています。
磯部:色の印象と曲の印象が合っていると良いですね。子どもが好きな曲が華やかな色だったり、自分の好きな色が好きな音であったり。
山本:形や線の太さで音の変化はあるのでしょうか。
スズキ:仕組みとしては、プロダクト底部中央に黒い線を読み取るセンサーがあり、色を読み取る部分はその片側にしかないので、形を認識することは難しいですね。センサーがもうひとつ増えると予算も増えてしまう。
センサーは黒い線は7mm、色の線は細くても認識できます。今は同じ音が一定時間鳴るようになっていますが、次のアップデートで音の長さも変更できるようにする予定です。
現状では音は5種類で、走行中でもボタンを押せば音が変わるようにしました。メモリー的にはもっと音を入れられます。
磯部:音が変わっておもしろいのは2〜3歳までで、9〜10歳だと音が変わる仕組みがロジカルじゃないと飽きてしまう。2〜3歳がターゲットなら、触感が脳に良い影響を与えるので、気持ち良い押し具合などを意識して設計すると良いですね。
山本:サプライズモードがあってもいいですね。小さい子向けなら鳥の鳴き声、ゲームをする年齢であれば、特定の組み合わせでスペシャルモードになるとか。
磯部:コロナ禍で幼年層におけるオンラインのスクリーンタイムが全世界的に増えています。スクリーンから出る音では脳の一定の部位しか刺激できないのですが、多様な刺激によって視座が高くなったりクリエイティブな発想ができるようになったりするそうです。そうした視点も設計に活かされていると、深い思考の積み上がったプロダクトだと感じられます。
スズキ:スクリーン上でやることには限界がありますが、『Colour Chaser』にはフィジカルな強さがある。ハードウェアの玩具として意義のあるものにしたいです。
実現化に向けて大切なこと
スズキ:量産化の実現に向けて、理想と現実の間で動くことが肝だと思っています。今までは1点もののインスタレーション作品で理想を形にすることしかしてこなかった。製品として世に出すには、工場をはじめとしたパートナーをはじめ、さまざまなプロジェクト関係者の意見を集約しなければならないと考えています。
磯部:子どもの好みと大人の事情、関わるプレーヤーがWin-Winになるような設計でないといけません。しかし最終的なゴールは、子供が喜んで遊んで、その玩具が心に、記憶に残ること。現状のデザインは、大人の理論になっている印象です。白だと視覚刺激も弱いですし、子どもが興味を引くような工夫が必要ですね。
山本:オンラインのプラットフォームでコミュニティをつくる予定だったと思いますが、それとは別に公式ウェブサイトやインスタグラムなどあると良いですね。ユーザが録画したものをアップしてシェアする可能性も見えますし、フィードバックも集まりやすい。
スズキ:今後はSNSでモニターを募り、フィードバックをいただこうと思っています。
山本:今回の面談で、伸び代と可能性を見せていただけた気がします。すごく期待しています。
―最終面談に向けて、安全性を高め、ターゲット層に適した設計を行う予定です。