日本の産業を支える町工場の工場音を、音楽レーベル化するプロジェクトを進めてきたINDUSTRIAL JP。今回採択された『INDUSTRIAL JP – ASMR』では、日本中の多種多様な工場の音を3Dサウンドとして採集し、無料で公開することを予定。音によって日本の製造業の姿が見えてくるようなアーカイブの形を目指します。
アドバイザー:タナカカツキ(マンガ家/京都清華大学デザイン学部客員教授)/土佐尚子(芸術家/京都大学大学院総合在学館アートイノベーション産学協同講座教授)
音のプラットフォームと活用へのルールづくり
―スライドを見せて説明します
INDUSTRIAL_JP /木村年秀(以下、木村):コロナ禍で厳しい部分もありましたが、なんとか関西で5社、関東で5社の収録をしました。関西は大阪府八尾市の工場を回ってきました。計画していた通り、ひとつはアンビソニックス方式の360°マイクで15分くらいの長回しをしています。もうひとつは指向性が高いマイクで録音しています。この大きくふたつの方向性の音を撮っています。音の格納方法も前回から整理しまして、アンビソニックスで撮った方は、YouTube360°に360°動画としてあげていく。そうすることで、360°の工場音体験が簡単にできます。指向性の高い方は、通常のYouTubeにあげていきます。どちらのタイプも音のサポートとして抽象的な映像を付加します。YouTube以外では新しくつくるウェブサイトにも格納します。また、Bandcampに飛ぶと音や工場の解説があり、音源がダウンロードできる、というような全体の構成を考えています。
―ウェブサイトのデザイン案としてスマートフォンの見え方を映します
木村:こちらは、今進めているスマホ画面のラフイメージです。いろいろなパターンを考えていますが、高音、中音、低音に反応してビジュアルが変わるジェネレーター動画のようなイメージでまとまりそうです。また、収録した音源は、楽曲制作に生かしやすいように、アーティストの方にカットアップ(素材をバラバラにして組み立てなおす手法)してもらい、Bandcampでサンプリングパックという形でダウンロードできる仕組みにしようと思っています。
工場の解説に関しては、基本的にはBandcampにコンテンツごとに記載し、YouTubeでは字幕ボタンをオンにすると日本語で解説が流れる、というようなことも検討中です。
土佐尚子(以下、土佐):収録した音源は、映像制作をする人たちも使いたい人は多いと思います。著作権もきちんと整理して使えるようにしておくと広がるでしょう。
木村:実際に八尾市の町工場の方々からは、どうやって音を収録しているのか、どうやったら映像のクオリティをあげられるかなど具体的な質問もありました。映像への波及も考えていきたいです。
タナカカツキ(以下、タナカ):これらの音や映像をアップする日程は決めていますか。
木村: 3〜4月くらいにまとめてPRする予定です。まずは、これまで取り上げていただいたメディアや音楽メディアなどを中心にプレスリリースを出そうと思っています。
土佐:この音がこんなふうに編集できる、という音楽もサンプルでみせられたら良いPRになると思います。
木村:今回はフィールドレコーディングに特化したプラットフォームになりますが、その使い方、遊び方が分かりやすいように、アーティストの手によるサンプリングパックも制作してみようと思っています。工場の音をアーティストに渡し、バスドラ、スネア、ハイハットなど、楽器の音に加工してもらいます。遊び方を、楽曲とともに提供するとわかりやすいと思っています。
土佐:大学で教えていますが、学生たちも興味をもちそうな良い教材になりそうです。特に映像を学ぶ人たちのなかには「音も扱いたいけれどなかなかできない、わからない」という学生もいます。そうした需要まで踏み込めると、これまでにないソフトウェアになるでしょう。その意味でもぜひプロセスを公開してください。それから、使うときのルールはどのように考えているのでしょうか。
木村:使うときのルールは工場側とこれから詰めますが、収録した工場の音は基本的に著作権フリーで使えるようにできればと思っています。
土佐:その音を使ったときの音楽には著作権がつきますので、思わぬトラブルが起こらないように考えたほうがいいですね。さまざまなクリエイティブ・コモンズ・ライセンス(インターネット時代のための新しい著作権ルール。著作者自らが「この条件を守れば私の作品を自由に使って構いません。」という意思表示をするためのツール)の方法がありますので、工場もINDUSTRIAL JPもそれを使って新しいものをつくった人もみんなが納得できるような方法を考えてみてください。
タナカ:今回、10社収録されて、それぞれの工場の特徴があっておもしろいですね。音の楽しみ方として木村さんが特に面白いと感じた工場はありましたか。
木村:フライパンの工場ですね。金属板を大きなプレス機で、「パコン!」と一発でフライパンの形に成形する音です。そのときの空気の出方やプレスの金属音が、とても良かった。そのままループしたらテクノになる感じです。
土佐:どの音も、基本的には金属音になるのでしょうか。
木村:金属音が多いのですが、ゴム工場だけは金属音ではなく、素材を練り上げる「グニャグニャ」という音や、時々静電気が起きて「バチバチバチ」という音がします。
土佐:素材が変わると、ずいぶんと音も変わるのですね。ところで360°動画はおもしろくなりそうですか。
木村:5〜6台の機械が動いている工場だと、それぞれのリズムに合わせて視点を動かせるので、本当に工場に行っている体験になると思います。
さまざまな音が集積していく場へ
土佐:コロナ禍で中小規模の工場が厳しいという話もききますし、行政も巻き込めるといいですよね。いま私は京都に住んでいますが、機織りなど工芸系の音もいいですよね。どんな工場があるか誰が詳しいかというと、やはり行政ですし、地域活性化や地方創生ともつながる活動ではないかと思います。
木村:まさにそういう機会があると望ましいです。八尾市では、ものづくりのイノベーション拠点としてワークショップなどを行う「みせるばやお」というスペースに協力してもらい、工場とつないでもらいました。運営には行政も関わっていて、担当の方々からは、「どのように映像をつくっているのですか」「どういう機材でどうやって録音しているのですか」といった質問もあり、制作に興味をもっていただきました。そういう方たちとぜひ一緒にやっていきたいです。
土佐:行政は真面目な人が多いので、そこを柔軟なアイデアで補えると良い関係が生まれると思います。「音」は工場以外にもいろいろとあるので、音で都市をつくるようなこともできますね。
木村:大阪のまちを歩きましたが、コロナ禍で店舗が閉まり、静かでした。かつての賑わいを音で録っておけばよかったと思いました。
タナカ:今後の課題はありますか。
木村:さまざまな場所でもっと音を録りたいけれど、コロナ禍の影響でなかなか現場に行けないということです。
土佐:音質が悪くなるかもしれませんが、音を送ってもらうのはどうですか。素材を募集するという考えもあります。
タナカ:各々でアップロードできるといいですね。
土佐:まずはチュートリアルのついた募集サイトをつくり、クライアントを見つけることが大事です。このプロジェクトはやればやるほど広がると思うので、量を増やすことは結構重要なポイントかと思います。
木村:映像では金属をはじめとした工業系のものが多く、そこに食品やオーガニックなものを並べづらかったのですが、音だけだと業種を広げることもできそうです。
土佐:広げた方がいいですね。映像と違う音の良さは、見えるものがなくても伝わること。音からイメージを広げていくことを大きなテーマとして持っているといいなと思います。
木村:録音のノウハウをまとめたサイトをつくり、素材を送ってもらうことも進めていきたいです。
―4月の情報リリースと成果発表プレゼンテーションに向けて音の編集、ウェブサイトの構築を進めていきます。