「世界を読み解くための装置」として作品制作をする山田哲平さん。鼓動を10個のスピーカーと糸で可視化した『Apart and/or Together』は、第22回文化庁メディア芸術祭アート部門審査委員会推薦作品をはじめ、国内外で受賞しています。本企画では、「多様性と普遍性」をテーマとした新たなインタラクティブ・サウンドインスタレーションを制作します。
アドバイザー:タナカカツキ(マンガ家/京都精華大学デザイン学部客員教授)/土佐尚子(芸術家/京都大学大学院総合生存学館アートイノベーション産学共同講座教授)
プログラミングの進捗
山田哲平(以下、山田):中間面談以降、外部に制作を依頼することで作業を進めていました。聴診器で受信した心音をBluetoothを介して小型コンピュータのラズベリーパイ(以下、ラズパイ)に送信・録音するパート、録音データをほかの複数のラズパイで受信・再生するパートが完成し、現在は各パートをひとつにまとめる作業や、GUI(グラフィカルユーザーインターフェース)を作成しています。ここまでは順調に進んでいますが、実際に作品を組んでみないと音の反響や録音のレベルなどは検証できません。
躯体は、天井から吊る形から支持体に取り付けて床置きできる形に変更しています。初回面談で作品のルーツをレオナルド・ダ・ヴィンチまで遡れるのではとのご指摘を受け、躯体も含めて自然の摂理を表現できないかと考えました。そこで、「ウィトルウィウス的人体図」から発生した黄金比を参考に、支柱のアールは黄金楕円とスピーカーを吊るす円形を掛け合わせて決めました。
土佐尚子(以下、土佐):躯体のアールも美しいですし、固定された柱と動く糸との対比で作品が引き立つと思います。スピーカーや絹糸についての研究はされたのですか。
山田:最初の段階で行いました。たくさん機材を買ってはダメにして、糸もナイロンからポリエステルまで80種類くらい試しました。まだ改善できる箇所はあるので、糸の業者や会社に聞いたりしています。
それと、これが作品に使用する聴診器です。実際にBluetoothで心音を送ってみますね。
―山田さんの心音を受けてスピーカーが振動、糸が激しく動きます。
土佐:結構激しい動きをするのですね。低音のウーファーと一般的なスピーカーで糸の動きに違いはありますか。
山田:全く違いますね、心音は周波数帯が低いので、低音に特化したウーファーでは動きが大きく出ます。低音を出すスピーカーは空気を大きく動かす構造で、素材やマグネットの量も全然違います。成果発表展では、似た構造を持ったサイズアップしたスピーカーで心音を流します。また、鑑賞者の方に聴診器を当ててもらい自身の鼓動を体感してもらいます。聴診器は薄い服の上からでも聴診できるので、コロナ対策としては、手が触れる所をアルコール消毒して提供します。
サイエンスとアートが交差する会場
山田:個展の会場は「日本橋ライフサイエンスビルディング」に決定しました。テクノロジーや大学の研究者を巻き込んで新たなイノベーションを生み出す三井不動産の事業により開発された、ライフサイエンス・ビジネスの拠点のひとつです。大学の研究室や製薬会社などが入っている合同ビルで、そのエントランスの一角を提供いただけることになりました。
土佐:場所もいいですね。ライフサイエンスは成長している分野です。「イノベーション」は新しい価値の創造という意味ですが、アートにも当てはまります。その接点と接点が合えば、新しいアートも創造できるはずです。
タナカカツキ(以下、タナカ):展示場所は建物の外から見える場所なのでしょうか。
山田:建物は道路沿いにあって1階はガラス張りなので、外から見ることも可能です。会期中は外看板や周辺のデジタルサイネージで宣伝して、一般の方も建物内に入って鑑賞していただけます。
タナカ:躯体ができ出来上がるタイミング、展示時期はいつになりそうでしょうか。
山田:組んだあとの修正が少なければ、早くても5月には展示できるでしょう。
土佐:展示場所が決まっていれば、そこに向かって突き進むだけですね。話が消えないようにするためには、先方の会社の予定もありますし、一番確実そうな日程や期間の話はしておくべきです。
山田:先方には6月を目標に、搬入・搬出を含めて会期は1ヶ月間と伝えています。この場所はギャラリーのように監視員がいないので、作品のアテンドや聴診器の消毒のために常駐スタッフを置きます。その経費も考えるとそれが最長期間だと考えています。
土佐:作品のプロセスを説明するのは大変なので、パネルやウェブサイトのQRコードを置くなどした方がいいですね。こうしたインタラクティブ系のアート作品は、説明を聞いて納得して帰るというパターンが多いので。
山田:私のウェブサイト内に特設ページを設け、作品のプロセスを掲示する予定です。ウェブサイトでは、クリックすると心臓音に合わせて円が収縮・拡大するアニメーションが再生され、作品とは別の形で鼓動を可視化します。
土佐:展示期間中にアンケートを取る、本人の了承を得て心音を取らせてもらうなど、コミュケーションの場所にしたら意味があるのではないでしょうか。自分の心音を提供するのは個人情報なのでハードルが高いですが、医療関係の方が周りにいるので信頼関係は築きやすい。ビルに入っている企業の方も協力的だと思います。
山田:そうですね。私としても他の領域の人たちとの出会いにより発展が望めると感じましたし、三井不動産側も企業の方々がアートによって刺激を受けられる。お互いWin-Winの関係になれる、いい巡り合わせに感謝ですね。
人との巡り合わせ
山田:制作や会場探しなど、予想していた以上に順調に進んでいます。ほかにも、台湾のスピーカーではスペックが見合わず、いつも使用しているアメリカ製に変更したのですが、このプロジェクトの説明をしたらひとつあたり10ドルも安くしてくれました。さらに、私の制作スタジオと同じ建物に高齢者向けのサロンがあるのですが、糸の玉留めをする細かい作業をお願いできました。この1ヶ月間、このプロジェクトを通してさまざまな人とつながれたり協力できたりと、嬉しいことが重なりました。
土佐:そうしたコミュニケーションも含めてのプロジェクトだと思います。今回の展示で、次のプロジェクトのきっかけがつかめればいいですね。聴診器を提供してくれるシェアメディカルの方からは、提案などされていないのですか。
山田:「もう少し小さい躯体にして病院で展示したらいいのでは」「シンポジウムや学会に持っていって見せたい」と言われました。
土佐:メディアアートとしては、デジタルからアナログへのメディア変換が表現の肝です。新しい価値創造ができればいいストーリーになりますね。
タナカ:大阪にも三井不動産のライフサイエンスビジネス拠点がありますよね。大阪でもやりましょうよ。
作品のアーカイブをつくる
土佐:そろそろメイキング・ビデオをつくり始めてはいかがでしょうか。今の段階から写真や動画などスナップを撮り、YouTubeなどで進捗状況をみせて、それからオンライン上のコミュニケーションへもっていく。
山田:いつも撮ろうと思って忘れてしまうんですよね。
土佐:自分のアーカイブをつくるのは、作家として生きていくには大事なことです。宣伝としても必要ですが、自分に対するフィードバックという意味でも重要です。岡本太郎の著作もそうした意味合いのものです。
メディアアートの制作は外注や交渉などで忙しく、制作後に振り返りたくなくなってしまうけれど、それでは壁をどう乗り越えたか忘れてしまう。次の制作や作家としての流れを説明するとき、著作や作品集をつくるときに絶対に役に立ちますので、記録する癖をつけてほしいです。
作品がよければ他の人が宣伝してくれる時代ですが、アートに限らず、つくったものの価値はつくった本人にはわからない。振り返りは発見がありますよ。
山田:今はつくるのに精一杯ですが、終わってからきちんと振り返りたいと思います。
―今後は、個展に向けて作品を組み立て、展示の段階までクオリティを高めていきます。