自主制作映画からスタートし、あらゆる人の記憶に接する映像作品の制作を目指す牧野貴さん。文化庁メディア芸術祭での、第19回アート部門審査委員会推薦作品『cinéma concret』のほか、国際映画祭でも多数の受賞・選出歴があります。本企画では、幾重にも重なった映像と、鑑賞者の想像力の喚起によって、個人がすでに持っている光の記憶を再認識する映像インスタレーション作品の制作に挑みます。
アドバイザー:山本加奈(編集/ライター/プロデューサー)/和田敏克(アニメーション作家/東京造形大学准教授)
質感を感じる映像と音
牧野貴(以下、牧野):成果発表のために準備を進めてきました。海外の音楽家から音の納品もあり素材は揃いましたが、肝心のインスタレーション作品としての展示場所はまだ決まっていません。音は4時間以上のもので、それぞれを聴いて編集して、来週あたりにエンジニアと調整をします。映像は、渦や粒子のようなエフェクト・自然物・人工物の3種類を、それぞれ約30分のループで流せる状態につくりました。
渦の映像はモノクロで制作し、低い音が絶えず流れることで映像に質感が出ます。人工物は移動撮影のため、鑑賞者に向かってくるような映像になっています。周辺はモアレが強く出ますが、中心はそれほどボケないので、高解像度で見せたときにインパクトがあるでしょう。自然景は移動撮影に加えてアップの映像なども挿入しているので、ダイナミックな変化が多いです。
和田敏克(以下、和田):絵画のような質感が変化していく。元のスピードの映像を重ねていくと、このようなハイスピードに見えるのですか。
牧野:スロー再生した映像を、微妙に遅れさせながら重ねると軌跡が残ります。それを数回重ねてズームを繰り返したものを早送りすると、中に入っていくような効果が出るのです。3種類の映像を重ねるので、全体を抑え目につくってあります。映像のピークはそれぞれ15〜20分くらいです。
山本加奈(以下、山本):特に自然景の映像は、すごく気持ちいいですね。
牧野:今までは1秒あたり30コマのスピーディーな映像をつくっていましたが、今回は解像度を保ちながらも有機的にゆっくり変化するものを、と試行錯誤しています。
和田:音も映像の重なりに応じて変化するのですか。
牧野:音は映像に定着させ、映像とともに変化します。3本の映像の長さをずらして再生することにより、音が重なるところに変化が生まれるかと思います。
山本:音楽家の方には、狙い通り音楽をつくってもらえましたか。
牧野:タイトルの『Echoed』は、元はエフェクト名に由来していますが、「Echo」という言葉は潜水艦でも使いますし、胎児の状態を調べるエコー検査などもあります。胎児が体内で聴く音というイメージで、デジタル音楽のラッセ・マーハウグ(ノルウェーのミュージシャン)が40トラックほど提案してくれました。音楽家のローレンス・イングリッシュがフィールドレコーディングで採取した音が流れるなかに、時折パルスのようにラッセの音が入ります。
最初は映画館でも上映できるように5.2chの音響に対応してつくっていたのですが、2.2chの方向性で動いています。重低音が2台と通常のスピーカーが2台ならばセッティングも容易ですし、どんな会場でも対応ができます。
山本:素晴らしいです。コンセプトも使っている技術も全て『Echoed』、その一体感はなかなか得られませんよね。では、ほぼ完成に近い状態なのですね。
牧野:あとは音調整ですね。同じ周波数なので、重ねると音が不明瞭になってしまうのです。それは実際にスピーカーで出してみないと分からなくて。
それと展示場所。ヨーロッパでも新型コロナウイルスのワクチンが普及し始めましたが、実現は秋以降になりそうです。日本のミュージアムでも展示が後ろ倒しになっているので難しいですね。いつでも展示できるように準備はしています。
コンセプトを伝える方法
山本:最終的にはコンセプトやストーリーをどのように展開させますか。
牧野:エフェクト・人工物・自然景の3種類の映像を、重低音を体で受け止めながら感じるインスタレーションで、この世界を考え直す機会をつくりたい。再現性の難しい、オンラインでは実現できないフィジカルな映像体験にしていきたいです。
山本:タイトルの『Echoed』のように、一言でコンセプトを言い表せるワードが見つかるといいですよね。
和田:記憶のなかでフィルターを1枚通して残像が再生されているようなムードがある。お母さんのお腹の皮膚を通して胎児が光を感じているような。そうした演出などでコンセプトが見えてくるといいですね。
山本:胎内の音、牧野さんが手術台の上で見た光景。意識と無意識の狭間を漂っているようなものを連想しますね。
牧野:私は鑑賞者とスクリーンの間の関係に興味があって、ただ光の反射を見るだけではなく、自分の中に反響して再びスクリーンに戻っていく循環というコンセプトで作品を制作していました。また、複数人で見ることで、同じものを見ているのに違うことを想像するような、多面体のような映像表現にしたい。うまく説明できていないかもしれませんが。
山本:告知やプロモーションは考えていますか。
牧野:自分のウェブサイト内に特設ページをつくる予定です。プロジェクトの説明や1分間程度の予告映像を掲載して、感想を書き込めるプラットフォームにしてもいいかもしれないですね。
山本:鑑賞者からのフィードバックは重要ですよね。それがシェアできると広がりがありそうです。
牧野:おすすめのプラットフォームはありますか。
山本:InstagramやTwitterで間口広く、コミュニティ化を目指すならDiscordを利用したり、制作に協力してもらったりしているクリエイターもいますね。
まっさらな層にリーチするために
山本:牧野さんには映画からアートへという個人的な目標があると思うのですが、作品発表後の展開はどう考えていますか。
牧野:映画表現を広げていくことで美術の世界に入っていきたい。短編映画を映画祭で上映して満足するのではなく、もっと逸脱した表現で、映画を美術的に捉えられるような見せ方を提示していきたいです。
山本:映画的な表現から美術的な表現に変化させるには、何が必要なのでしょうね。
牧野:作品を短編映画というフォーマットに当てはめられると、どんどん消費されていく。そうした映画的な消費のされ方ではなく、特集や個展などで好きな時間だけみられる状況をつくりたいのです。
また、特に日本だと映画好きと美術好きの層が重ならない部分があります。自主上映会を何度か開催しましたが、新規ファンは増えても客層が似通ってしまう。また数としても、映画祭では200人程度しか見られませんが、美術館だと何万人の人にみてもらえる。ファン層を広げるためにも、美術館で展示したいですね。
山本:なるほど、美術館ならより多くの人にリーチできる。アート作品だったら友人と話しながら鑑賞できますしね。
牧野:アートをみにくる人の方が心を開いている印象があります。何が起こっても驚かないような寛容さがあって、そういう人にみてほしい。短編映画や実験映画という先入観をもってみてもらうことには可能性を感じていません。
山本:なるべくいい展示環境が整うといいですよね。今後もVR化など、さまざまな方面で挑戦していって欲しいです。
―今後は、完成に向けて作品の最終調整を行う予定です。