場所のアイデンティティや風土に関心をもち、人間と空間・自然環境との関係性を探求してきた佐藤壮馬さん。文化庁メディア芸術祭では、『あなたはどこでもないところから眺めみる』で第23回アート部門審査委員会推薦作品に選出されました。本企画では、神霊や魂が樹木に宿るとする神籬(ひもろぎ)信仰に着目し、3Dスキャンした御神木の断片を彫刻作品などで制作。そこに残るものと失われるものについて考察します。

アドバイザー:磯部洋子(環境クリエイター/sPods Inc CEO/Spirete株式会社COO/Mistletoe株式会社プロデューサー)/和田敏克(アニメーション作家/東京造形大学准教授)

大湫の歴史や風土を落とし込む

佐藤壮馬(以下、佐藤):各材料メーカーと連絡を取り合い、素材のテストや技術的な改善を重ね、材料の選定を進めていました。大湫大杉(おおくておおすぎ)が予想以上に大きかったので、材料費をできるだけ抑えられるように考えています。
大湫(おおくて)の方には、3枚の断面図をA3でプリントしてコミュニティセンターに送り、すごく喜んでくださいました。定期的に開かれている大杉再生検討会議でも紹介してくださって、少しずつプロジェクトへの理解をいただいているところです。コミュニティセンター渡邉弘一さんのお父様は、生前は地元の民話を集めた本を出されたり博物館の館長を勤めたりと、大湫の歴史に詳しい方で、ご親切にお父様の著書を何冊かご提供くださいました。継続的にコミュニケーションをとって、地域の歴史や風土に対する理解を深めていきたいです。
年末に大杉の端材を焼いて鎮魂する催しがあったと聞き、大杉の実体を作品に組み込みたいと強く思いました。意図をご説明してお願いをしたところ、渡邊さんが樹皮を送ってくださりました。どのように大杉の一部を用いるか、具体的に検討しているところです。

和田敏克(以下、和田):表面に樹皮の毛羽立ちなどがあると感動するかもしれないですね。
この作品に関してはドキュメンタリスティックな部分が重要に思います。大湫大杉にまつわる具体性のあるモノが目の前にあり、ストーリーを鑑賞者にわかってもらった上で作品に接してもらう必要があるでしょう。

佐藤:そこは課題ですね。ニュースの映像や地域の人たちの心情の記録もプロジェクトの要素のひとつです。3Dでスキャンできない現象をどのように表現していくか、コピーされたものに神は宿るのか。風土を考える上で必要になってくると考えています。

3Dスキャンの可能性

佐藤:成果発表では、木の状態から少しずつレゾリューション(解像度)を下げていき、ポリゴンの塊になる過程を示す造形物、大湫大杉の幹の模型(12分の1)、3Dスキャンデータをプリントした掛け軸などを展示します。3Dスキャンの映像は、高いところから俯瞰した神の目線と低い人間の目線を、ホログラムのようなイメージで流します。
3Dスキャンの技術が、デジタルアーカイブや造形の再現、VRでの体験などさまざまな用途に使えることが伝われば嬉しいですね。これから日常的に付き合っていくメディアになるでしょうし、クリエイターとして可能性を考えていきたいです。

和田:大湫に掛け軸やオブジェは寄贈するのでしょうか。

佐藤:掛け軸をひとつと、オブジェは本番の素材で作成したものをお送りしたいと思っています。あまり大きくない、邪魔にならないもので。

和田:この12分の1の模型は実際に触れるのですか。

佐藤:ぜひ見て触って欲しいです。3Dプリンティングされたものをまじまじと見たり触ったりする機会もあまりないと思いますし、よく見ると表面の質感や等高線のようなラインも見えますよ。

磯部洋子(以下、磯部):映像の持つ力は強いですし、オブジェとして触ってもらえるのも強い。きっと鑑賞者の心に残るものになるでしょう。

和田:木の造形が荒いポリゴンに変わっていくのは、どういう意図なのですか。

佐藤:モノがデジタルアーカイブされると、その存在を指標としてデータが移り変わっていくんですね。3Dスキャンしたものは、どこまでそのモノの面影を残せているのか。デジタル上ではわかりにくいですが、身体を通して経験できるアナログ世界で表すことで、それを考えるきっかけになればと。

和田:造形としては精密にスキャンできるけれど、スキャンできないものに御神木の存在の意義があるのでは、という意味合いですね。

磯部:抽象化されすぎると神性が伝わりにくいですし、リアルすぎると不気味にも見えてしまいます。高解像度のスキャンと加工技術のバランスで、神性を感じられるちょうど良いところに表現が落ち着くといいですね。

成果発表展での展示プランのパース図

自然がもつ神性に気付かせる

和田:今後の発展としては、どこを目指していくのでしょうか。
 
佐藤:私たちにとっての神聖な形式をさらに探求し、最終形態を模索していきます。日本人が目の前の大木に神聖な意味を与えたという御神木の意味合いを、現代に置き換えるために何ができるのか。科学技術でとらえられていない、私たちの一部でもある存在を問う一つの試みとして、発表の場も探していきます。
 
和田:大湫の方たちにも完成形を見ていただきたいですよね。
 
佐藤:そうですね。東京での成果発表展はコロナの影響もあり大湫からの来場は難しそうですが、いつか完成形をみていただきたいです。
 
磯部:伝統芸能や宗教も、しめ縄を掛ける・紙垂を垂らすなど人為が加わることで神性を増す、神性に気付きやすくしていますよね。心の拠り所としての宗教が廃れていくなかで、新しいテクノロジーを用いて、アプローチをアップデートしようとしているお坊さんや神官は多い。宗教に携わる方に新しい技術について考えてもらう、アーティストを目指す方に風土や伝統について考えてもらう契機になるのではないでしょうか。また、佐藤さんのメッセージを継続的に伝えられる動線ができるといいですね。
 
佐藤:鑑賞者にメッセージを伝える、考えるきっかけをつくる。プロジェクトのコアになる部分かもしれませんね。
磯部さんのおっしゃるように、住吉大社の方も、少しずつ信仰が薄れていっていると感じているようでした。私自身、ちょうど祖母の亡くなった時間に飛行機から地平に沈みかけた太陽のように輝く満月を見たり、祖父が亡くなった日に夕日に染まったピンク色の空をみて、何かリンクするものを感じましたし、むしろ東日本大震災や新型コロナウイルス感染拡大を経験したことで、若い人の間にも信仰心のようなものが芽生えてきているのではと思ったのですが。
 
和田:現代の日本人は儀礼的なものを省略していっています。そうした儀礼的な所作やしきたりから生まれてくる神聖な気持ちが、なくなってきているのではないでしょうか。
 
磯部:現代は優秀な人物から人生の支えになる教えを学ぶ時代で、ビジネスサロンやアニメーションなどに信仰の場が移っていますね。
忙しい情報社会では、時間を忘れるような風景のなかで落ち着く時間が求められています。佐藤さんの作品を見たとき、無機質な塊のはずなのに、大きな幹に触れたときの感覚が蘇って守られているような気持ちが想起されました。コロナ禍で人と触れ合えず、デジタルメディアに触れている時間が長い状況下、大湫大杉のストーリーも相まって、心が揺さぶられる作品になるはずです。
 
佐藤:すごく明瞭な答えをいただきました。メディアのさまざまな可能性を提示したい一方で、情報過多にならないように展示方法には気をつけていきたいです。

―今後は美術館をはじめとした大きな展示に向けて、表現方法を詰めていく予定です。