抽象アニメーションを制作し、海外の映画祭での評価をはじめ文化庁メディア芸術祭でも7度の審査委員会推薦作品選出歴のある水江未来さん。今期から新しく始まった団体への制作支援として採択された本企画は、「日本発、新しい実験の場としての長編アニメプロジェクト」として、『西遊記』を子ども向けのミュージカル映画として制作する水江さんたち製作委員会の新たな挑戦です。

『水江西遊記』(仮)製作委員会のアドバイザーを担当するのは、マンガ家/神戸芸術工科大学教授のしりあがり寿氏と、アニメーション作家/東京造形大学准教授の和田敏克氏です。

背景も描き、3Dも活用

土居伸彰(以下、土居):フランス・ボルドーで開催される長編アニメーションのピッチ・イベント「Cartoon Movie 2019」に、本プロジェクトが採択されました。ヨーロッパのプロデューサー、バイヤー、テレビ局や配給業者にむけて8分間のプレゼンテーションの時間があるので、今回のプロジェクトを周知していこうと思います。
3月の成果プレゼンテーションに向け、来るべき『西遊記』の世界が一気に展開していくようなものを2分程度の作品にしたいと考えています。音楽はトクマルシューゴさんにお願いできることになりました。デモバージョンの音楽があるので、映像はまだラフな状態ですが、一度見ていただけたらと思います。

―デモの音楽に合わせて、制作中の映像を見ます。

土居:これまでは、水江さんにとって新たなチャレンジでもあるキャラクターのアニメーション作りをしてきましたが、今後は、背景や演出の部分で、メタモルフォーゼや抽象表現など、水江さんの得意な手法で仕上げていきます。

水江未来(以下、水江):前回の面談以降、試行錯誤してキャラクターのスタイルも変えました。

和田敏克(以下、和田):メタモルフォーゼが水江さんらしくていいですね。キャラクターと一緒に世界観の広がりが伝わってくるようになったと思います。

土居:水江さんはそもそも抽象アニメーションを実験的なものというよりはある種のエンターテインメントの一形態として考えきたわけですが、抽象表現も使いながらキャラクターを立たせる良いバランス感が、今回の長編作品では大事なのかなと思います。

和田:前回は背景が仮置きのような感じでしたが、今回それが描かれてバッチリだと思いました。

土居:背景をほかの人に担当してもらう試みもしましたが、最終的には水江さんの得意な手法による世界観で描くことにしました。一方で、3DCGを使った表現も試しています。

和田:3Dはまわりこみのあたりで使っているんですか。

土居:そうですね。世界にある程度の立体感を与えるために、3DCGのモデリングを使ってみました。水江さんのイメージボードをもとに制作をお願いしています。

水江:景は幾何学形のパーツを組み合わせて建物をつくり、そこに孫悟空を置いています。

土居:これまでの水江さんの作品に通じる、モチーフがたくさん出てくる表現を、悟空の分身術に応用したりもしました。

水江:コラージュや模様づくりなど、作画は試しながら作業しています。基本的にキャラクターの動きは2コマ打ち(1秒間に12枚の絵)で動かしていますが、今までの作品ではフル(1秒間に24枚の絵)でつくっていたので、メタモルフォーゼしていくところに関してはフルのほうがいいなという感覚があります。

和田:作画の問題もありますが、キャラクターはいまの2コマがいいと思います。

キャラクターは、制作者の性格を反映

水江:シノプシス(あらすじ)を書いたことで、キャラクターが明快になってきました。三蔵法師は、気の弱さが自分に似ていると感じています。三蔵法師が自分の幼少期の投影としてあり、そこから見たほかのキャラクターとの関係を考えています。例えば菩薩(ぼさつ)は、小学生の頃の登校班の班長。沙悟浄(さごじょう)は、クラスで仲の良かった女の子というように。

和田:沙悟浄は中性的な感じという話も以前ありましたが、女性にしたのでしょうか。

水江:女性になってきました。孫悟空はまだ得体の知れないところがありますが、自分がなれなかったものや、なりたいものへの願望、またペットや特撮の怪獣など自分が好きなものがキャラクターとして物語の中で発揮されていけばいいなと思います。金角・銀角は、裏表というか、自分が見たくないものの象徴です。猪八戒(ちょはっかい)はまだイメージができていないのですが、最後までわからない存在になりそうです。

土居:キントクラウド(物語のなかで孫悟空が乗っている筋斗雲)は、登場人物たちを助けてくれるように見えるけれども、最終的には圧倒的な力を持ってしまう恐ろしいものというキャラクターです。たとえばAIの反乱のように。引き続きキャラクター設定は掘り下げていきたいと思います。

形をとどめておけない切なさを描く

和田:背景を濃い線にしたりパステル調にしたりと変化をつけるなど、シーンごとに設計していくと面白いかもしれませんね。

土居:その中で、胸を打つようないいシーンでは幾何学模様の背景を使い、「幾何学切ない」とでもいえるような新しいジャンルを描きたいなと思っています。「エロ可愛い」みたいな。

水江:アニメーションはそもそも、絵が次のフレームに移ると消えてしまうので、切ないですよね。天竺のシーンで使いたいなと思っています。

しりあがり寿(以下、しりあがり):「幾何学切ない」シーンをいっぱいみたいですね。

和田:画面上が幾何学になることに設定を設けるわけではなく、「幾何学切ない」状況で見えてくるという感じですよね。理屈にすると面白くない。

土居:たとえば廃墟となった遊園地のように、楽しさのために作られたのに廃棄されてしまった人工物、という人間が残したものに残る情感も今回は大事になってくるので、「幾何学切ない」は全体のテーマに合うと思います。

水江:私自身、形をとどめておけないというか、ふっと息を吹きかけると存在がなくなってしまいそうなものが好きです。『銀河鉄道の夜』で、遺跡を掘っていて発見したクルミの化石を大事に持っていたら、汽車に乗った後、風でクルミが手のひらの上で消失していくシーンがあるんですが、そこが一番好きなんです。早く席に着けば風の影響を受けずにクルミの化石を持って帰れるのに、風を受けてポロポロと崩れていくのをどうにもできずに眺めているというのが、子どもの頃、悲しくて、形をとどめておけない切なさを感じました。

しりあがり:形をとどめておけないというのは、水江さんの作品の大きなテーマですね。その部分は大切にしてください。僕はいいシーンにはエロスがあると思います。抽象/具象とか幾何学が混ざりながら、最終的にエロスに向けるには技術かもしれません。楽しみにしています。

フランスのプロダクションとの協働

土居:作品の世界観やキャラクターに対する水江さんの視点が見えてきたので、これから脚本にも取り掛かろうと思います。最初は鈴木卓爾さんにお願いしようと思っていましたが予定が合わず、フランスのMIYU Productionsと組んで国際共同製作にすることもあり、フランス人の脚本家と組むことにしました。近くミーティングをする予定です。ヨーロッパで資金調達をするためには、脚本と背景によって世界観を伝えることが大事なので、向こうのアニメーターやバックグラウンドアーティストに一度投げて、何が出てくるかを試してみようと考えています。水江さんも日本のチームでこちらの作業を進めますが、一方でフランスの方でこの世界観をどう展開するかをチャレンジとしようと。成果プレゼンテーションでは、できあがった様々なシーンをiPadやモニターなど複数台で見せることができれば、この作品の世界観が見せられる気がしています。

水江:全部デジタルでやっていてスケッチもあまりないので、一つひとつのシーンをモニターで展示するのがよいかと思っています。

和田:水江さんの初の長編ということもあるので、ある程度のストーリーと場面の設定は見たいなと思いますね。

土居:プレゼンのときには2分程度のものを見せて、部分的なものを展示できればと思います。

―成果プレゼンテーションでは、一部の映像を上映し、また様々なシーンの映像を展示します。