枠(フレーム)と鏡、ビデオカメラ等を用いたインスタレーション作品『あなたは、翌日私に会いにそこに戻ってくるでしょう。』が第20回文化庁メディア芸術祭アート部門新人賞を受賞した津田道子さん。
今年度採択された企画『Double Half Step』(仮)でも、前作のインスタレーションにも用いられた時間差に加え、その中に物語の要素を取り入れ、映像特有の物事の語り方をして、より鑑賞者を没入させる作品に向けた基礎研究や実験をします。

アドバイザーを担当するのは、アーティスト/多摩美術大学教授の久保田晃弘氏と、ソニー株式会社UX・事業開発部門 UX企画部コンテンツ開発課統括課長の戸村朝子氏です。

―初回面談は、海外からSkypeを用いた面談となりました。

時間と空間のための「言語」と「文法」

津田道子(以下、津田):以前、芥川龍之介の『藪の中』を原作とした演劇作品で舞台美術を製作したことがあり、そのときは物語が先にあって、それにあわせた装置という位置付けでした。それとは逆の、装置が先にあってうまれる物語のようなものに取り組みたいと思いました。具体的には、昨年参加した展覧会「オープン・スペース2016」(NTTインターコミュニケーション・センター [ICC])で展示した『あなたは、翌日私に会いにそこに戻ってくるでしょう。』を解体して、時間軸を取り入れることです。いくつかの枠(フレーム)を設置して、枠の中には鏡、または会場のリアルタイムの映像を投影したスクリーン、過去の映像が映し出されるスクリーン、そして枠だけのもの、といった装置を空間の中に点在する形で設置します。その枠の間を鑑賞者独自の経路で巡ることを通し、それぞれの物語が生まれるような仕組みのインスタレーションを制作したいと考えています。
現在、この企画は様々なスケールで考えています。例えば、2つのスクリーンを向かい合わせて配置し、片方のスクリーンでは、こちらに向かって車が走ってくる、もう一方のスクリーンでは車が走り去っていく映像を流すとします。その間に身を置いた時に、こちらに走ってくる映像を先に流せば、一台の車が走り去る物語になりますが、走り去っていく映像を先に流すと、逃げていく車をもう一方の車が追いかけるという物語になります。
様々な段階を作って整理してみるなどして、空間内のマルチスクリーンの装置を用いた基礎研究のようなことができたらいいな、と思っています。

戸村朝子(以下、戸村):それは物語の生成プロセスの実験のようなものでしょうか。

久保田晃弘(以下、久保田):「ランゲージ(言語)」といった方がよいかもしれませんね。そして、ランゲージの中に「グラマー(文法)」があるように、小さい単位の文法要素のようなものをいくつか作ってみる。ランゲージにするということは、生成したり、操作できるようにすることです。「プロセス」という言葉を用いる場合も「過程」と捉えずに、「操作する」ことと捉えるといいと思います。
結局は、時間と空間の中に身体が入ってくると何が起こるのかということがテーマなのですから、それを時間と空間を操作可能にするためのランゲージをつくるということで整理するといいのではないでしょうか。ICCでの展示を一度分解してみるといいと思います。

「関数」(=ファンクション)の組み合わせを考える

戸村:パラメータ(変動値)みたいなものを示してみると面白いと思います。何が初期のパラメータで、津田さんが導いた舞台装置関数に当てはめるとどうなるか、ということが伝わるかたちで現れてくると、今の話を達成することができるのではないでしょうか。そして、それぞれの鑑賞者によって変わるということ、つまり変動値によって出てくるものが異なるということを証明できると、装置による物語生成ということが伝わると思いました。

久保田:「関数」とは、ある文字や数値に対して、何らかの操作を行って結果を返す機能のことですが、英語の「ファンクション」には「機能」という意味もあります。つまり、関数は機能を表現するための構成要素でもあります。関数はシンプルなものでも、連鎖や入れ子、パラレルにすることでどんどん複雑なものにできます。それがストラクチャー(構造)になります。関数の組み合わせから生まれる構造を持ったインスタレーションのようなものになるのではないでしょうか。

津田:私の博士論文(2012年度に発表)では、当時、作品でやっていたことを関数化することについて書きました。鏡に映ること、枠で捉えたものをイメージとしてみることなど、鑑賞者がどのイメージに注意を払うかによって捉え方が変わることを示そうとしました。そしてその関数が作品のタイトルになり、関数を決めると構造が決まる、というのが理想でした。しかし、まだ到達できていないので、今回の作品ではその続きを作ることができそうです。

久保田:コンピュータの世界では、オブジェクト指向という考え方が行き詰まりました。モノを中心に定義していくとスタティックなものになってしまいます。しかし、FacebookやTwitterなどのSNSでは人々が同時にたくさんのメッセージを発信しているので、モノではなくフローが基本になります。そのフローに対する操作を記述するのが、先ほどの「ファンクション(機能)」です。人間の身体をSNSのメッセージのようなフロー、つまり関数に与える引数(ひきすう)とみれば、津田さんのつくる装置がどのようなファンクションを定義しているのかがポイントになってくるのではないでしょうか。あと僕は、ドナルド・ジャッドの作品のように、ディスプレイを縦に重ねるのもいいと思います。

津田:ディスプレイを縦にレイアウトする方法は、私もやってみたい構成です。

久保田:縦にすることで重要なのは、身体と重力との関係が強調されることです。もちろんこれまでに議論してきたランゲージや空間とも関わってきます。ぜひ扱って欲しいのは、重力によって規定される人間の意味の問題、またそこにある非対称性です。僕らが生きている空間も身体も非対称です。そして、ランゲージにはスケール(ディメンジョン)がありませんが、空間にはスケールがある。スケールを変えることが、ランゲージにとってどういう意味を持つのか。ディスプレイを使うということは、そこに否応なく距離や大きさといったスケールが含まれてしまうので、よく考えてみるといいと思います。

津田:ダイナミクス(力学)ということですね。

戸村:場の力学ですね。

調査(インタビュー)の方向性と、今後の進め方

戸村:せっかくの機会なので、今回の作品のための調査として、演劇や演出の専門家と話してみるのはどうでしょうか。

久保田:津田さんにとって、振付家のウィリアム・フォーサイス(1949-)やトリシャ・ブラウン(1936-2017)のアプローチはどのような意味を持っていますか。そういう思想の人にアドバイスを受けるのはどうでしょう。

津田:映像でしか見ていませんが、彼らは今みても新しいことをした人たちだと感じています。また、舞踏家のアンナ・ハルプリン(1920-)やシモーヌ・フォルティ(1935-)、イヴォンヌ・レイナー(1934-)の作品をみていて、身体におけるスコアみたいなことが、自分の映像に対する態度や扱い方、身体の持っていき方が近いかなと思っています。もし、インタビューなどができるならやってみたいです。インタビュー映像をつくる機会があって、こういう形式自体も面白いなと思っています。

久保田:次回の打ち合わせまでに、S+V(主語+述語)のような、最終的な作品のための基本的なランゲージやボキャブラリーをつくるための基本形となるものを考えるとよいと思います。

津田:2つのディスプレイを使ったシンプルなモデルを5〜10個くらい示そうと思います。ディスプレイの配置の関係や映像の種類の組み合わせ、映像のトリミングなどをしながら、言語にする形を考えていきます。そして、それぞれのモデルがどんなランゲージを持つのかを考えてみます。

久保田:向きの違いや距離の違い、また、ディスプレイのサイズの違いもあります。トリミングというのは、つまりは拡大縮小ができるということで、映像メディアや視覚という知覚の特徴でもあります。パラメータは無数にありますが、体系的にやることが可能なので、どこに肝があるかを津田さん自身が気付ければ、いい成果になると思います。

津田:あと、今は映像を2画面で考えていますが、重要なのは空(から)の枠や鏡でもあります。最初から枠や鏡を要素として入れるかどうかも悩んでいます。その2つの存在はとても強いので、最終的には使いたいのですが、今回は一度外して考えてみます。

久保田:要するに、作品にとって何が重要なのかが明確になればよい、ということですね。

―次回の中間面談では、初回面談のディスカッションを経て、2つのディスプレイを使ったシンプルなモデルが提示される予定です。