スライムを触って楽器のように音を奏でるサウンドデバイス『Slime Synthesizer』で、第18回文化庁メディア芸術祭エンターテインメント部門にて新人賞を受賞した佐々木有美さんとドリタさん。今回取り組んでいる作品は『Bug’s Beat』というバイオ&サウンドアート作品です。虫の足音を大きな音に変換して聴くことで、虫の世界に入り込んだような体験の創出を目指します。
担当するアドバイザーは、東京工芸大学芸術学部ゲーム学科教授/日本デジタルゲーム学会理事研究委員長の遠藤雅伸氏とNTTインターコミュニケーション・センター [ICC] 主任学芸員の畠中実氏です。
どの虫が作品に最適か
―佐々木さんとドリタさんは、作品で使う足音の検討のため、数種類の虫を実際に飼い、項目ごとに評価をつけました。今回の面談では、主にその観察結果と2月に予定している成果発表の形態について話されました。
ドリタ:実際に虫を育成し、観察した結果を資料にまとめたのでご覧ください。
佐々木有美(以下、佐々木):「飼いやすさ」「エサの確保の仕方」「すみか」「音」「見た目の好感度」といった項目をいくつか立てて、評価リストをつくりました。どの虫も2ヶ月ぐらい飼いながら表を埋めていき、全体的な評価を行ったところ、ダンゴムシとワラジムシとフジヤスデが高評価でした。成果発表が2月なので、冬場も生きているという条件も加味しています。これら以外ではクワガタ系が足音も見た目も良く、冬場でも購入できる虫なので試してみる甲斐がありそうです。
畠中実(以下、畠中):クワガタはオールシーズン生きているんですか?
遠藤雅伸(以下、遠藤):カブトムシの寿命は一夏ですが、クワガタは冬眠をするので、冬を越すことができます。
ドリタ:最終的にはメディア芸術祭の会期中に体験展示を行いたいと思っています。そのほかでは、野外フェスでの展示・体験も検討しています。
展示形態としては2つのケースを考えています。1つ目は来場者が自ら虫を採取し装置に置き、音を聞いてもらうケース。2つ目のケースは、自動演奏のような形で虫の足音を流す形です。いまMax/MSPというアプリケーションを用いて自動演奏ができるか試作中です。この辺りは山元史朗さんにエンジニアとして入ってもらっています。ではそれぞれの虫の音を聴いていただきたいと思います。まずはヤスデから。
―二人が持参したヤスデ、ワラジムシ、カブトムシの足音が、実際にアンプとつないで大きな音で流れます。
佐々木:カブトムシは口の周りに触覚があり、これは樹液や安全を確認している音が出ています。こわがっている時は小さい音がします。
畠中:これはいい音ですね。
ドリタ:まだ、どうしてもハウリングが起きてしまうのでそれを制御するのが課題です。
いきものを展示するときのさまざまな条件
―配布された展示プランには、いくつかの台に音響ケースが置かれ、1匹ずつの虫を配置する図が描かれています。
遠藤:ケース1の場合は、音を聴くために鑑賞者自身が虫を持ってくるんですよね。
佐々木:自分自身で見つけたり、捕まえたりする楽しみも味わってもらえればというものです。直接虫に触ることで鑑賞体験も変わってくると思います。
遠藤:なかには虫を逃がしてしまう人もいるでしょうね。小さい男の子だとわざと踏みつけたりするかもしれません。
畠中:ケース1はスタッフが付く必要があり大変かもしれないですね。1日限りのイベントなら良いかもしれません。ケース1と2は両方やりますか。
佐々木:時間を区切って両方できたら、と考えています。ケース2の自動演奏も、来場したときに虫が動いていなければ無音の場合もあるかもしれません。それも含めた「虫の演奏」ということでいいかと思っています。
ドリタ:いま照明も検討しているところです。虫に影響のない程度に、足音を出した虫が光るという仕掛けをつくる予定です。
事務局:気温で虫の動きなどは変わるものでしょうか。
佐々木:虫にとっては25度ぐらいがちょうどいいです。2月は一番過酷な季節ですので、昆虫ヒーターの設置も考えています。
畠中:この図によると、スピーカーは虫のいる場所ではなく、展示スペースの前方に置くことになるんですね。虫を見ながらその場で音を聴くのは難しいのでしょうか。
佐々木:会場全体に音が響き、来場者の方々が虫の足音を浴びるような体験が理想です。
ドリタ:指向性、つまり一定方向に音を送るスピーカーは考えられます。
遠藤:そうなると、虫より高い位置にスピーカーがあるといいかもしれませんね。
畠中:パラメトリック・スピーカーだと指向性を持たせることができ、高音が強調されるのでちょうどいいかもしれません。そのものを買うと高いと思いますが、自分で組み立てるキットも売っています。
一番挑戦したい虫は……
畠中:それぞれの虫によって、テンポの違いもはっきり現れればいいですね。カブトムシは「テンポ」という感じではなさそうなので、そういった場合はエフェクトをかけるなどの工夫が必要そうです。
佐々木:スピードという面では、これからフナムシも試そうと思っています。本当はゴキブリも試したいのですが……。
畠中:それは見た目の好感度は極めて低いですね(笑)。あのスピードを考えるとやりたい気持ちはよくわかります。
遠藤:足の数が6本しかないのに、あれだけ走るテンポに緩急があるので、作品にとってベストな虫は、実はゴキブリかもしれません。ペイントしたり、羽にタマムシの羽をクリップで留めたりして見た目をカバーするとか(笑)。
ドリタ:ゴキブリは素早いので、1mくらいの長いレーンを走らせるのもいいですね。
佐々木:レーンだったら近くに来たときにはっきり足音が聞こえて、遠くに行ったら違う音に聞こえる、ドップラー効果も期待できるかもしれません(笑)。本当は虫が苦手な人でも楽しんでもらえるようにしたいのですが。
遠藤:虫の評価リストを見ると、タマムシなど見た目のいい虫は評価が低いですね。
ドリタ:寿命が短いというのもあります。見た目の良さでいえば、クワガタは冬でも確保できるので良かったです。
遠藤:でも、ゴキブリはぜひ実現してほしいです。
佐々木:出て欲しくないときに出る虫も、探し始めると意外と出ないんですよね(笑)。
遠藤:制作に関しては順調な雰囲気なので、このまま続けてがんばってください。
―虫の選定の話題のほか、展示環境に関しても多数の提案が出ました。次回の面談までに、虫の選定や音や光など技術的な部分でさらなる検討が加えられ、より具体的な展示のイメージができる予定です。