これまで日本独自の文化とテクノロジーを掛け合わせた作品を制作してきた市原えつこさん。本プロジェクトでは、『デジタルシャーマン・プロジェクト』(仮)と題し、「信仰」や「死」といったテーマをもとに、リサーチや作品制作を通し、新しい祈りや葬り方のかたちを提案する作品を制作する予定です。
市原さんのアドバイザーを担当するのは、編集者、クリエイティブディレクターの伊藤ガビン氏とNTTインターコミュニケーション・センター [ICC] 主任学芸員の畠中実氏です。
オーダーメイド志向への方向転換
―まずはじめに、制作過程の映像を交えて現状の報告をしてくださいました。
市原えつこ(以下、市原):前回の面談から方向転換した点がいくつかあります。ひとつめは、インターネットを介して体験できるような作品をイメージしていたのですが、一人一人に合わせて作り込んでいくほうがやれることの自由度も作品としての完成度も上がると気づいた のでオーダーメイド志向にしたことです。ふたつめは、前回は遺言を喋らせるとお話したのですが、言語情報というよりは、顔、声、仕草、気配、相槌や口癖、笑い方などの癖のような、ノンバーバル(=非言語的)な情報のほうがその人らしさを再現するために重要だということに気がついたということです。あとは、制作していくうちに、会話ですらないため息や生活音が人間っぽいなと気づいて、そういう要素を仕込んでいくとかなり人間っぽくなっていくこともあり、メッセージを喋らせることよりも、言葉以前の「音」を重要視することにしました。
作品自体は、当初はご高齢の方をモデルにすることを想定していたのですが、年齢は関係なく誰もが死の当事者だと気付いたので、まずは自分をモデルにプロトタイプを作ることにしました。中間面談の直後に軌道修正した時は、故人の仕草を再現する、簡易的なアンドロイドを作ろうと思っていたのですが、Pepperは動きが有機的で人間らしい上に、モーションプログラムが初心者にとってもやりやすいんです。そして、1からアンドロイドの筐体を作るのに比べると開発工数もかからないので、人格を量産するにはPepperを使ったほうがいいんじゃないか、ということになりました。ただし、Pepperの世界観やキャラクターを踏襲するとそれに引っ張られてしまうと9月にプロトタイプをつくって気がついたので、3Dプリンターで自分のデスマスク ― 生きている時のものなので、正確にはライフマスクですが ― を制作して、Pepperの顔に貼付けることでキャラクターや人格を乗っ取ることにしました。
伊藤ガビン(以下、伊藤):だいぶ作品が変わってきましたね。
市原:そうですね。ただ、見た目のインパクトは出てきたのですが、これからどうやって作品としての精度を上げていくかを考えなければいけないと思っています。あとは、人格を増やしてバリエーションを作る、パフォーマンスや演劇として作り込んでいく、何らかの人工知能要素を追加するなどを残りの期間でやっていくつもりです。
言語情報からノンバーバル思考へ
畠中実(以下、畠中):ノンバーバルな情報が重要という話がありましたが、実は、故人の振る舞いや特徴を抽出して、Pepperにやらせるということこそ大変なんじゃないかと思うんです。そのあたりの研究や開発については、今の報告であまり触れられていなかったという気もしています。今見せてもらった映像では、言葉の癖などは、任意のものを録音してPepperに使っていましたよね。それを見ながら仕草などの「その人らしさ」はどう抽出したらいいのかと考えていました。また、市原さんの作品は「おもしろい方向」に行く傾向がありますよね。それはいいことなのですが、今回の発表の本質的な部分はどこにあるかを思い返していくと、言語情報からノンバーバル思考というのがポイントなのではないでしょうか。そうすると、具体的なイメージよりは、死後に段々とその人らしさも薄れていって49日で消滅する、「その人じゃなくてもやりそうな、仄かなその人らしさ」の 方がこの作品には向いているのかなとも思いました。
市原:そうですね。僧侶の知人に話を伺ったところ、故人の特徴をずっと残してその人が生きているかのように騙すのは不健康だと仰っていました。なんだかんだで、既存の葬儀の仕組みってとてもうまく設計されているんです。遺族も四十九日までのとても忙しいなかで、その人の死や不在を社会的な手続きを踏むことを通して確かめていくのですが、その後は三回忌、五回忌と遠ざかっていくという仕組みがある。その期間の遺族の心の隙間を埋めるようなものが出来たらいいと思っています。
畠中:そうですね。具体性が出てくる気がします。
伊藤:その時、この作品は何を担っているんでしょうか。何もなくても忘れていきますよね。インターネットがあると覚えていすぎてしまうところがあるから、どうやって忘れていくかを考えた方がいいかなと思います。あと、これはどうやって使われるイメージですか?Pepperが故人の家に49日間いるイメージですか?
市原:そうですね、そういうイメージです。そのユースケースで考えると、Pepperがもともといる家での利用のほうが現実的かもしれません。ただ、この作品が実際に生活の中で使われるかというよりは、家庭用ロボットがこういうふうに使える可能性がありますと世の中に提案するほうが大事かもしれません。
伊藤:動きや癖って、誰か認識しているものよりも、誰も気がついてないようなものの方がインパクトがあると思うんです。そういう意味でいうと、ディープラーニング(*1)が取っている行動自体がデータ化されていないので 、24時間監視カメラで撮ったようなものからデータが取れるとおもしろいですよね。
*1 ディープラーニング……多層構造のニューラルネットワーク(人間の脳神経回路がもつ仕組みを模した情報処理システム)を用いた機械学習のこと。
成果プレゼンテーションに向けて
伊藤:2月の成果プレゼンテーションの時点で、作品にとって一番良い状態というのはどういう状態なんでしょうか。プレゼンテーション自体がおもしろいのは、それはそれでいいのですが、ドキッとする要素が作品にもダイレクトに反映されているといいかなと思います。
畠中:過去の面談でもその話は出たと思うんですけど、制作プロセスがスペキュラティヴ・デザイン(*2)やクリティカル・デザイン(*3)などの側面を持っているような気がしているんです。だから、2月にアウトプットされるものは、どれかひとつの、おもしろいものでもいいと思うんです。そのプロセスの中に、「死とは何だろう」とかクリティカルな問題を含めて、結果がいくつもあるうちのひとつとしてリアライズしたということでもいいと思います。
*2 スペキュラティヴ・デザイン……これからの社会のシナリオをデザインして、今の世界に違った視点を提示するデザインのこと。
*3 クリティカル・デザイン……未来について考えて議論することを促すためのデザインのこと。
市原 何百年もかけて作られ、洗練されてきた仏教の葬送の仕組みを塗り替えるような、いきなり答えを出すようなものはすぐにはできないと思います。『デジタルシャーマン・プロジェクト』という曖昧な作品タイトルにしているのは、すぐには答えが出ないだろうから、シリーズで制作して、次第に到着点に近づければいいなと思っているから、という側面もあります。成果プレゼンテーションの段階では、今思っていることやどうしてそれに至ったかという経緯を話しながら、現段階で考えられるものをしっかり形にしたいと思っています。
―最終面談を終えて、次にアドバイザーに会うのは2月の成果プレゼンテーションになります。ここから作品がどのように進化・深化していくのか。今から楽しみです。