自然現象そのものを表現するCreative Label norは、科学者、音楽家、建築家、プログラマー、エンジニア、デザイナーなどで構成されたアートコレクティブです。アルゴリズムに従ってインクを滴下する『dyebirth』は、第22回アート部門審査委員会推薦作品に選出されました。今回採択された『syncrowd』では、振り子を用いて自己組織化現象を再現することで、視覚と聴覚の両面で「同期/非同期」を体験できます。本作品を通じ、「科学と芸術のアウフヘーベン」の体現を目指します。
アドバイザー:山川冬樹(美術家/ホーメイ歌手)/山本加奈(編集/ライター/プロデューサー)
展示全体の構想
―中間面談では、Creative Label norから松山周平さん、板垣和宏さん、小野寺唯さん、林重義さん、福地諒さん、中根智史さん、菱田真史さんがオンラインで参加しました。
松山周平(以下、松山):発表形態として、大型の展覧会を行う方針にしました。2022年4月に横浜の赤レンガ倉庫1号館 3階ホールを考えています。広さは約400㎡、ダンスや身体芸術の公演を行う場所です。天井にあるトラスを昇降することができるので、異なる音楽を奏でる4つの装置を高さの違いをつけて設置することもできます。作品は、『syncrowd』のバージョン1をベースにしながら振り子を大きくしたり装置自体を増やしたりすることで、音環境を生成する装置として、体験のクオリティをアップデートしていく予定です。
展示参考プランは、次の4つのキーワードを軸に話し合いを進めています。
① 会場全体での同期現象の実験:作品が織りなす音環境の中で、蛍の同期のように鑑賞者と作品が相互に作用して空間全体がグルーヴする。
② イマーシブシアター:音楽を生成し続ける装置をパフォーマーと捉え、ずっと続いている舞台を鑑賞する。
③ 鑑賞者が自ら体験をつくる:装置の間を自由に回遊でき、視点によって見え方が変わる。
④ 群で構成する:単体で既に振り子のアンサンブルをなしている「群」が複数集まり「群衆」になるとき、体験として何が変わるのかを探る。
そして、メインの展示エリアだけでなく、3階フロア全体を使った展覧会にすることも視野に入れています。受付でマインドセットがされて、展示解説エリアを経た上で、メインの展示エリアを体験した後、ラウンジカフェで対話の機会を設ける。もしくは、前情報なしで展示を体験してもらうなど、動線も合わせて考えています。
蛍の同期を再現するグルーヴ
山川冬樹(以下、山川):会場が決まったのは大きいですね。赤レンガ倉庫は合いそうです。展示の実現性について、一つひとつの制作時間や制作費は足りるのでしょうか。
松山:現状のタイプならある程度の数は制作できますが、大きいタイプもつくるならば、コスト感がまだ見えません。やり切れる予算内でやるか、追加資金の調達法を考えるか。今一番の課題は資金です。
山本加奈(以下、山本):大きい装置の制作や装置を複数並べる挑戦もいいですが、鑑賞者に強い気持ちを感じさせる、「エモーショナルに響く対話」という軸が一番大事だと思います。
山川:物理的な作品や展示は、運動体としてのプロジェクト全体の中でどこに位置付けられるのでしょうか。
松山:まだチームで決め切れていないのです。何を実現したいのか、何を体験してもらいたいのか、コアコンセプトが決まってから進めていかなければなりません。
山川:「空間がグルーヴする」というのはわかりやすくていい言葉だと思いました。norさんの提唱する「科学と芸術のアウフヘーベン」は、理性と、グルーヴのような身体感覚との間の問題としても考えられます。メイン展示は、図みたいな蛍の森に入っていくように、鑑賞者がキネティクスの森に分け入り、細部と全体の関係性の中に身を置きながら、カオス とグルーヴの狭間を探検していく。豊かな体験になりそうですね。 インタラクションのアイデアや仕組みについて、詳しく教えていただきたいです。
林重義:左の図は、人と人が見つめ合うと自然と同調する研究の図解になります。今までは振り子同士が同調していくものでしたが、今回は人と機械が同調していきます。振り子のテンポや音色、鑑賞者との位置関係によって人の気持ちがどう変化するのか、という実験的な取り組みです。
板垣和宏(以下、板垣):蛍の同期のような目にみえない心理的なグルーヴが感じられる作品になったら面白いという話になり、現在のようなアイデアになりました。
山川:振り子の動きが催眠術のように鑑賞者の変性意識(*1)に作用するということですね。「心理的なグルーヴ」という新しいキーワードがどう発展していくのか。グルーヴという身体感覚が空間化され、さらにそれが心の内側に折り返される。そこにまた新しい可能性があるような気がします。
*1 変性意識……日常で目覚めている状態とは異なった意識状態のこと。
鑑賞者に語りかける方法
山川:科学やエンジニアリングといったテクネを応用しながらも、数値化することができない心理の問題を想像的に描き出す、その実験や探求にこそにアートの役割があります。
松山:科学としての現象を知りたければ、教科書を調べればいい。ただ、振り子の運動から広がって、波の運動や月の回転、地球の自転など、周期や同期があってこの世界ができている。そのように遠くに問いを投げかけるのは、文字や言葉ではできない。そうした現象を体験に落とし込んで、思いを馳せてもらう、実感を持って理解してもらうことは、一貫して目標としています。
板垣:科学として語る部分と作品として語る部分を行き来しながら、作品をつくっていきたいです。
菱田真史(以下、菱田):それには、ラウンジエリアをどうつくり込むかが重要になってきます。
山本:私が一番楽しみにしているのが、ラウンジの対話ゾーンの設計です。norさんを象徴するものでもありますし、作品のコンセプトを強く反映できるエリアだと思います。
山川:言葉で対話しつつ、自己組織化を体で体験できるといいですよね。みんなで声を出したり振り子に乗ったりして、自己組織化のプロセスを頭と体で理解できるワークショップがあれば面白そうです。
菱田:それはマストでやることですよね。
松山:作品のみに語らせるのではなく、鑑賞者との交流も含めてnorらしさなので、どちらに重きを置くかも課題ですね。
イベント全体を実現するには
山川:今回の展覧会は、キュレーションや運営まで考えないといけません。イベントのプロデューサーがいた方がスムーズに進むのではないでしょうか。それか、今後も続いていくプロジェクトであれば、今回のイベントをチームのスキルや経験値を上げていくステップとすることも考えられます。
板垣:チームにイベント制作の経験がある人はいるのですが、今回は作品の体験強度を上げることに注力したいのです。舞台監督やイベントオーガナイザー、ワークショップ運営のプロなどを引き入れることも話していました。自分たちのスキルを育てていくのも一つの方法ですが、そうした相談できるプロフェッショナルが必要ですね。
山本:イベントプロデューサーひとりでは間に合わないかもしれません。搬入出だけでも大変だと思うので、チームで動く必要がありそうです。
山川:資金面で不安があれば、このプログラムは収益事業も支援対象なので、入場料・企業協賛などケースバイケースで対応可能です。
山本:しかし、入場料に頼るのは少し危険ですね。
松山:展覧会ではなく、ノモス(法律・規則)とピュシス(自然)を考えるフェスティバルとして、活動資金や協賛を得られれば、一番参加しやすいですよね。
山川:今からフェスティバルを立ち上げるのは時間的にも難しいですが、長期的なビジョンは示しながらも今回は作品をしっかり制作することが、次につながる大きな第一歩だと思います。
山本:norさんの活動を大きな視点でみれば、社会が抱えている課題ともリンクしていると言えます。そこに共感して理解を示してくれる外部のパートナーが見つかるといいですね。
―最終面談に向けて、展示計画を詰めていく予定です。