音響演出や作曲活動と並行してサウンドオブジェクトを制作する佐久間海土さん。第24回アート部門新人賞『Ether – liquid mirror』では、測定した鑑賞者の心拍音で鏡を震わせ、鑑賞者に自身の「生」を感じさせました。今回採択されたプロジェクト『TIME – liquid CUBE』では、鏡のモチーフを多面体へと展開させ、複数人が同時に体験できる作品を目指します。
アドバイザー:磯部洋子(環境クリエイター/sPods Inc CEO/Spirete株式会社COO/Mistletoe株式会社プロデューサー)/山川冬樹(美術家/ホーメイ歌手)
作品表現の深化
佐久間海土(以下、佐久間):昨年12月〜今年1月は、この作品で表現できることを探索していました。大きな出来事としては、神戸で10日間のレジデンスに参加して、室内空間や夜間を含めたライティングなどをテストしました。そのときに、舞踏家や学者の方々に作品を体験してもらいました。文化庁メディア芸術祭高知展「ニューツナガル」(会期:1月13日〜1月25日)では、コンピューターではなく、マイクロチップでの動作させる試みも行なっています。
―プロトタイプを実物と動画で紹介しました。
山川冬樹(以下、山川):遠くから見るとオブジェクトとして鏡を認識できますが、近づいていくと、自分の視野が鏡に映る景色に覆い尽くされることで、「鏡」が消滅して鏡面世界に入っていけるのですね。
佐久間:本番は2mを想定しています。さらに、振動機構の安定性の強化や音響も調整しました。鑑賞者が自由に動けるよう、Wi-FiやApple Watch SDK(ソフトウェア開発キット)を用いた通信システムも開発しています。
2月9日に会場の石清水八幡宮を訪問するので、そこでサイズやシステムの最終調整をします。
僕が表現したいのは、生きている感覚はあやふやで相対的であるということ、その感覚が消えていく瞬間です。
ボリス・グロイス『アート・パワー』(2017)のアートドキュメンテーション(オリジナルとコピーの関係性)の概念に則って考えると、本作の音のみを取り上げればオリジナル/コピーという1対1の関係です。しかし、鏡に近づいていくと視界が写像にすり替わり、振動する鏡のなかで、自分の実像と鏡の中の写像の境界は曖昧になります。すると、鏡に自分の心拍が流れていると意識されなくなり、普段は意識していない生の実感が湧いてくる。そうした体験をつくりたいです。
山川:心拍が意識されなくなる瞬間とは、どういうことでしょうか。
佐久間:心拍を計測して音が鳴ると、自分の心拍が再生されているとわかります。しかし、鏡に映る自分とその背後の風景が振動によって溶け合うことで、ただ自分の心音が再生されている状態から別の状態に変化するということです。
石清水の参拝ルートの中にインストール
佐久間:心拍を計測するデバイスを装着して、音がする方に向かっていくと鏡があり、自分の心拍と対峙する。これを、石清水の参拝ルートの中にインストールするアイデアを、3案ほど考えています。
①三の鳥居から拝殿エリア前までの一本道のルート
②本殿まわりの回廊を一周するルート
③参拝エリア内の複数地点に、異なるBPMに設定した鏡を設置する
複数人で体験できるプラン。作品に接続されている測定器を通して心拍を計測する
山川:異なるBPMとは、どういうことでしょうか。
佐久間:三の鳥居はBPM 110、社務所近くはBPM 80と、異なる心拍のテンポで振動するものを置きます。基本的にはセンサーをつけた鑑賞者の脈拍を反映しますが、体験方法のオペレーションができない場合や複数人で体験したい場合を想定した案になります。
山川:展示期間は1週間程度でしょうか。
佐久間:夜間特別拝観「石清水灯燎華」が開催されるゴールデンウィークの期間中、2〜3週間で調整しています。
磯部洋子(以下、磯部):インストール案は、2月の訪問時に先方のリクエストを聞いて決めていくのでしょうか。
佐久間:石清水の希望は、境内のあまり人の訪れない場所にも作品を体験しに行ってほしい、自由に回遊してもらいたい、今までの石清水の景色に違和感を与えたいということでした。③ですと、作品を主体的にみる鑑賞者やセンサーをつけた体験者以外にも、作品を鑑賞してもらえます。
磯部:先方の気持ちを考慮すると、③になりそうですね。③はオペレーションなしでしょうか。
佐久間:そうです。①を採用する場合はオペレーターが必須ですので、会期を1週間にすることも視野に入れています。理想は、③で2〜3週間、そのうち何日かは①を実施する折衷案です。一番実現したいのは、長い参道を活用したダイナミックな体験です。
山川:一番やりたいことが実現できる、ベストな方法が見つかるといいですね。
鏡の仕様
磯部:①をメインに、あまり人のいない場所に小さいものを一つ置く方法もあり得そうですね。複数設置の場合、2mサイズの鏡で予算内に収まるでしょうか。複数の場合は小さいものにするのでしょうか。
佐久間:プロトタイプを制作していただいた会社に聞いたところ、予算と耐久性を考慮すると、小さくて1.5mくらいのサイズになりますね。
磯部:3週間ずっと屋外に晒された状態ですと、葉が落ちてきたり、雨が降ったりしてしまいますよね。
佐久間:屋外に設置しても問題ないよう、コーティングはされています。足には転倒防止のキャップをつけ、作品内部に雨が入っても穴から抜けるようにする、あるいは入らないように隙間を埋めるなど、対策は考えています。
磯部:屋外ではどれくらいの距離なら音が聞こえるのでしょうか。
佐久間:三の鳥居から拝殿エリア前の南総門までは大声で会話できる距離なので、鳥居から門までは音がギリギリ聞こえて、門を越えると大きくなるイメージです。
磯部:それならば1.5mの鏡でも存在感は出せますね。
心拍の生々しさ
山川:体験者のいないときの心拍音は、サンプルでしょうか。
佐久間:サンプルの心拍音に、シンセサイザーの音が少し加えています。鏡は繊細で、同じ音を与えていても、だんだん歪みが生じて動きが変わってしまいます。うまく鏡面を振動させるには、振動子に合わせてチューニングする必要があるのです。
サンプルですと、無機質な音には聞こえますが、迫力のある動きが出ます。ですので、聞かせるための音と鏡を振動させる音を別にして、それを合わせて出しています。
山川:音にサンプル感があると、心臓の鼓動を装っているようで生々しさに欠ける感じがします。センシングしているのは脈拍だけでしょうか。
佐久間:Apple Watchで心拍の波形情報は取れます。レジデンスで舞踏家の方に聴診器のような器具をつけて動いてもらったときに、心拍の生々しさを感じました。
山川:音の生々しさは出なくても、それが心臓の拍動であることをサイン波で表現する、休符で脈を感じさせるなど、逆にストイックな方向で出していけると良いのですが……。
磯部:動いている鏡が、一つの生命体にも見えてきますね。振動の大小に有機的なばらつきをつけると、かなり表現も変わってきそうです。
佐久間:屋外の距離感だと、小さな揺れでも動きを感じますね。
山川:リアルタイムに心拍を測定しない時間帯がある時点で、いわゆる「心臓の音」は必要ないのかもしれませんね。典型的な心音のイメージから離れて、より抽象度が高い音もいいかもしれません。
佐久間:心電図のような機械音だと音量も出て振動もしやすいですし、挑戦しがいがありますね。
山川:今回は体験者が会場を動き回ることでその場その場の体験や視点が変わり、脈拍の感じ方も変わってくるでしょう。体の内部の脈を感じつつ外部の景色を眺めながら参道を歩き、最後に鏡に出会うことで外部が内部に折り返されて虚像と実像が反転し、最終的に体内世界と社会と鏡面世界がつながっていく。
「みる」という言葉は表記によって多義的な意味を持ちますが、本作は、内部の脈拍を「診る」、そして外部の振動を「視る」が重なる、多層的な構造になっています。鏡という素材を、複数の世界を媒介するメディアとしてうまく機能させられるといいですね。
―今後は4〜5月の展示に向けて、具体的な展示プランを決定する予定です。
佐久間海土による展示「liquid mirror “ close ”」を、石清水八幡宮(京都)にて開催します。
会期:2022年5月3日 (火) ~5月8日 (日)(予定)
時間:11:00~17:30
会場:石清水八幡宮
〒614-8588 京都府八幡市八幡高坊30
観覧料:無料(インタラクティブコンテンツの体験は現地でのご案内をご参照ください)
お問い合わせ先:batic.music@gmail.com
詳しくはWebサイトをご覧ください。
https://kaitosakuma-batic.com