2020年4月の緊急事態宣言下、「NO密で濃密なひとときを」というキャッチコピーとともに立ち上がった、劇団ノーミーツ。稽古から上演まで、一度も会わずに制作する「フルリモート演劇」をはじめ、さまざまな方法で演劇の新しい形を試みています。
今回のプロジェクトでは国境という新たなハードルに挑戦し、「世界同時演劇」の実現を目指します。
※ 2021年10月20日、「劇団ノーミーツ」は、名前を改めストーリーレーベル「ノーミーツ」としての活動をスタートしました。
アドバイザー:タナカカツキ(マンガ家)/山本加奈(編集/ライター/プロデューサー)
舞台は日本と中国に
梅田ゆりか(以下、梅田):前回、企画の方向性についてご相談させていただいたあと、企画の核として大事なことを改めて考え直しました。
まず、実施する国やエリアについてですが、今回は日本と中国にフォーカスして制作することにしました。中国に絞ったのは、メンバーの松本の知見が深いことが大きな理由です。
脚本は、まだ叩き台の段階ですが、コロナ禍で生まれた、「帰りたいけど帰れない」「行きたいけど行けない」という状況にフォーカスしたいと思っています。困難な日々が収束した後の世界に、期待が持てるような物語にできればと。 現状の案は、中国で暮らす記憶喪失の青年が、ある日自身のスマホを取り戻すことによって、徐々に過去の記憶や人間関係が蘇り、現在と過去を天秤にかけ選択していくというものです。
梅田:中国現地にも監督が必要ということで、松本の知人にお願いできないか、交渉中です。その方を中心に撮影部隊をつくり、面白い絵づくりができればと思っています。
成果発表では、それまでに日本と中国をつないでテスト撮影などを行った映像を出したいと考えています。
タナカカツキ(以下、タナカ):今、課題になっていることはなんですか。よりざっくりお聞きすると、制作は順調ですか?
松本祐輝(以下、松本):正直なところ、全てが順調ではないですね。一番悩んでいるのは、結局、海外でやる意味ってなんだろうというところです。一つの結論は、現地でしか撮れないものを撮って、そこでしかできない作品をつくることかなと。それで僕の中では一旦落ち着いているんですが、とはいえ、演劇でやる意味についてはまだ腑に落ちていないところもあります。加えて、海外の現場とのコミュニケーションや絵づくりなど、ノーミーツ内ではノウハウがありますが、海外側はというと、やってみないとわからない。実務面では試行錯誤が続いていくのだと思います。
タナカ:つまずいているわけではないですのですね。
松本:七転八倒というか……。面談を重ねながら、ここまでの意義づくりが本当に難しかったです。とはいえトライアルができる段階まできたので、前進はしていると思います。
伝えたいことは何か?
タナカ:前回もお話ししましたが、国境を越えるとか遠隔で、というのは手法であり、見せ方の話です。それとこのプロジェクトで何を伝えたいか、という話は分けて考えましょう。今のお話を聞いていると、やはり手法が先に来てしまっている。手法の前に、まず伝えたいことが重要です。手法や枠組みが先にあって、そこからシナリオを考えるというのは難易度が高い。
コロナ禍により「帰りたい」という目的が阻まれるストーリーはわかりやすいですが、そこにさらに「記憶喪失」といった要素が入ってくると、非常に複雑になって何を伝えたいのかがわからなくなってしまいませんか。
コロナによって物理的な距離が生まれてしまった私たちの現実があって、それから生まれる物語ですよね。その物語に観客が没入するには、観客が主人公の心の変化に心情を重ね合わせられるかが重要だと思います。
例えば、この状況下で、皆さんの心境にどのような変化がありましたか。
松本:感じているのは、どれだけ現地に知り合いがいて、現地のことがわかっていても、画面の向こう側は「よそ」になってしまうということです。メディアからの単なる情報になってしまって、ステレオタイプな見方しかできなくなる怖さがあります。元から何もわかっていなかったんじゃないか。そんなに好きじゃなかったんじゃないか。そんな気持ちになってしまう。
タナカ:興味深いですね。物理的に離れると、肌感覚を失って、もともといた場所がメディアからの情報になってしまう。存在が弱まって心許なくなる、というようなことでしょうか。
松本:そうですね。人は常に今ここにいる自分を肯定して自分の選択を正当化したいんじゃないかと思います。何かを「する」「しない」という選択肢があって、「する」ことを選んだときには、しなかった自分を想像して比べて今を肯定する。海外に行くことに限らず、転職した自分、しなかった自分など。行けない自分のこともそうやって肯定する。普遍的な心境なのかなと思っています。
タナカ:松本さんが脚本の骨子を考えているのでしょうか。そこから小御門さんが脚本にしていくという流れですか。
小御門優一郎(以下、小御門):そうですね。ここしばらくほかの仕事の関係で自分が参加できていなかったのですが、タナカさんがおっしゃる通り国を隔てているという条件のなかで、構築できるストーリーは多様にある。距離があってもつながり続けることができるということを伝えたいのか、それとも距離が心をも離してしまうということを伝えたいのか。今一番の課題は、そのどちらで行くか、ということかもしれません。 現状は、使えるピースをとにかく集めている段階です。それを積み上げていく作業がまだできていない状態でお見せしているので、不安にさせてしまっているのだと思います。
テクノロジーで心の距離は埋められるか?
タナカ:なるほど、今のお話で、状況がわかりました。ヒントになりそうなお話をすると、会いたいけど会えないという状況が長く続くと、人はどうなるかを扱った研究や論文は結構あります。例えば戦争を経て人が以前の生活に戻るかというと、実は戻らないんだそうです。松本さんの話からも伺えますが、人は環境に依存するということです。僕もシナリオをつくる人間ですが、個人的には「コロナ以前の生活がよかった」ではなく、その真逆の方がリアリティがあるように感じます。
山本加奈(以下、山本):まず、エリアを中国と日本に絞ったとお聞きして、ほっとしました。複数エリアとなると、やはり制作面や時差、モラルなどさまざまな問題が発生しますし、それらへの対応に時間を割くのはもったいないと思っていました。ただ中国となると、特にインターネットはシビアな領域です。常にプランをいくつか用意しておくといいと思います。配信プラットフォームは中国からでもVPNなしで見られるのでしょうか。
松本:中国では、無料であればハードルは下がると思います。メディアでは色々言われていますが、それほどではないかなと。とはいえ、おっしゃる通りリスク管理はしておきたいと思います。
山本:そして脚本の問題ですが、私も今日拝見した企画概要には、何を伝えたいのかが欠けていると感じました。タナカさんとのお話で色々とクリアになったと思います。あとは小御門さんがどう落とし込むかですね。リモートで観るに当たって、没入感・一体感がすごく大切だと思いますが、そのコントロールもやはり脚本が肝心だと思います。
物理的な距離について、タナカさんの話では、肌で感じる環境によりリアリティがあるということでしたが、私は個人差があると思っています。私は海外に住む家族とは、コロナ禍になってテクノロジーを介して以前より連絡を取るようになり、関係が密になったような気がしています。
タナカ:家族や親友との関係は、どれだけ離れていても変わらないと思いますよ。それと、自分の居場所というのはまた別の話だと思います。
山本:小御門さんのなかでは、今はどちらの方向が強いですか。
小御門:ノーミーツを始めた一人としては、テクノロジーで心の距離は埋められると言いたいですが、どちらを描くかはチーム内で合意をつくった上で、集めたパーツを積んでいきたいと思います。
山本:最近聞いたエピソードなのですが、ある30代の方と小学生が、フォートナイトで毎朝会って話をするんだそうです。そのコミュニケーションにもリアリティを感じますし、今後どんどん増えていくと思います。とはいえ、肌で感じられるものにももちろんリアリティを感じますし、人と会えば楽しい。
まずは小御門さん、頑張ってください。
―今後は3月の成果発表に向けてテスト撮影を行い、引き続き、公演に向けて準備を進めていきます。