「キュレーター等海外派遣プログラム」に採択された鹿又亘平さんは、多摩美術大学情報デザイン学科卒業後、ロンドン芸術大学セントラル・セント・マーチンズで修士号を取得。帰国後、アーティスト・イン・レジデンスや、アートによる国際交流プログラムなどの企画・運営をしてきました。
鹿又さんは2022年5月から10月までオーストリア・リンツ市にあるアルスエレクトロニカ(以下、アルス)の研修プログラムに参加しています。世界最大のメディアアートフェスティバルである「アルスエレクトロニカ・フェスティバル」運営のほか、教育、研究、コンペティション等、アルスで行われる幅広い領域の業務を体験することで、知識やスキルを学びます。
アドバイザー:筧康明(東京大学 大学院情報学環 教授)/畠中実(NTTインターコミュニケーション・センター [ICC] 主任学芸員)
6ヶ月におよぶアルスエレクトロニカの研修がスタート
―2022年5月からオーストリア・リンツ市に滞在し、アルスエレクトロニカ(以下、アルス)の研修プログラムに参加する鹿又亘平さん。研修の報告からはじまりました。
鹿又亘平(以下、鹿又):研修プログラムが始まり1ヶ月半ほど経ちますが、想定よりも多忙です。私がいま加わっているのは9月に開催する「アルスエレクトロニカ・フェスティバル」(以下、フェスティバル)のジャパンチーム、千葉県松戸市で開催される国際フェスティバル「科学と芸術の丘」(*1)の運営チーム、それから「フェスティバル・ユニバーシティ」という昨年スタートしたばかりのプロジェクトです。
なかでも興味があるのは、オーストリアの教育庁のプロジェクト「フェスティバル・ユニバーシティ」です。STEAM教育が注目されている背景もあり、国が新設予定の科学技術大学にアートを取り入れる準備として、世界中から学生を200名ほどよんでアルスエレクトロニカ・フェスティバルの期間に発表してもらう、というものです。このプロジェクトのすごいところは、参加した学生に単位を与えること。さらに海外からの渡航費や宿泊費、滞在中の食事もすべて国が負担します。これまでにもオーストリアは教育に力を入れている印象がありましたが、ここまでかと驚愕しました。いまは学生を選出している段階で、これからカリキュラムを調整していく予定です。
それから研修中には個人的なプロジェクトにも取り組みたいと考えていまして、私と同じように自国の助成でスペインからインターンに来ている方と実験的なワークショップをしよう、と話しています。
畠中実(以下、畠中):昨年採択された蒔野真彩(まきの・まあや)さんは、アルスのあらゆる部署を一通り案内してもらったようですが、鹿又さんもまわられていますか。
鹿又:私も7、8割はめぐりました。各部署の担当者に質問をし、情報をつかんでいっています。
筧康明(以下、筧):日々めまぐるしく刺激を受けられていますね。研修の報告書に、アルスが欧州委員会(European Commission)と連携している「スターツ・プライズ」(以下、スターツ)にも興味があるということでしたが、こちらはいかがですか。
*1 科学と芸術の丘……2018年に千葉県松戸市に始まった、科学、芸術、自然をつなぐ国際フェスティバル。全体監修は、アルスエレクトロニカ・フューチャーラボの清水陽子と小川秀明。
アートの定量的評価は可能か?
鹿又:私の根本的な興味として、アートやクリエイティビティが社会と関係性をもち還元できる仕組みをどのようにつくれるのか、というところにあります。その点スターツは、欧州委員会がコンペを通してアーティストの考え方を社会に提示し、アートの力を経済界に取り入れる試みです。これまで「アーティストって食べていけないよね」という話をよく聞いてきました。スターツは、その状況を変える仕組みかもしれない、と。
ただ、アルスとしてもその糸口はまだ模索中のようです。難しいのはアートが数値化できないという点です。スターツでは「インパクトリサーチ」という定性的な調査方法で、受賞者にインタビューしその後の変化をまとめています。ですがいろいろな部署に伺った際、どのようにフィードバックをとってレポートをまとめ、企業を説得しているのかを聞きましたが、定量的な調査・評価方法は確立できていないそうです。たとえば受賞者の作品を企業や経団連が見て、面白いから将来的にこういうマーケットができるかも、と予測するには数値的なエビデンスがない。どのように波及し、どの部分が社会に影響したか、確証がないのです。アートをカテゴライズしたり、数値化に偏ったりするのはよくないとは思いつつ、一定の側面では定量的手法も活用することで、社会的に波及力のある展示方法やコンペのあり方、教育の仕組みそのものも提示できるのではないか、と考えています。
畠中:アートは、だれかが大きな発明をして社会が変化するといったものではありません。たとえば大きな波をボンと起こしたとしても、そこから別の波ができて、さらにその波から別の波を生む。一つのことを別の視点で解釈したり、媒介したり。最終的に何が起こるのかも予測しづらい。だからインパクトをはかることが難しいんですよね。
ただ、成果がわかりにくいからこそ、それを見せていく人は必要だと思います。日本で展示しても活動がひろがらなかったけれど、アルスで展示したら翌年にはヨーロッパ中で仕事ができた、という例もあります。それがインパクトなのだと思います。アルスでやることのインパクトがある。関わる人が多い分、大きな波になっていく。それは短期かもしれないし長期かもしれません。
鹿又:インパクトというとすぐに短期的な成果を求めてしまいがちですが、波のように広がって、影響しあって、最終的にどうなったかはあえて追跡しない重要性もありますよね。
筧:スターツは、実際にプログラムとして稼働し、組織や社会を動かすことができています。具体的にどのようなビジョンを共有し、仲間や資金を集め、成果を評価しているのか、いまある手法の仮説や評価軸を研修中にリサーチし、クリアにしておくことは価値があるのではないでしょうか。インタビューで定性的に残していることは重要だと思います。僕もアーティストとして3年前にスターツに参加した際、展示をしたあと、さらにヨーロッパのインダストリーやリサーチャーとのコラボレーションを促すプログラムに参加させてもらいました。アクティブに情報を共有したくなるコミュニティがあると、勝手にその後のインパクトはビジュアライズされていく。コミュニティメイキングとコンペがセットになっているという点はスターツの特徴ですよね。
教育のような、アートがもたらす長期的なアウトカム
鹿又:アルスにいると、世界中のアーティストと出会えるような膨大なネットワークが資産として動いていることは大きく感じています。そのネットワークを介して最先端の情報も集まってくる。アルスの歴史のなかで培ってきたからこそで、簡単に真似できない部分ではありますが。
筧:一方で、フェスティバルに参加したアーティストは国際的ネットワークができて満足しても、リンツという地域にはどのような還元があるのでしょうか。ただのお祭りで終わらない、その巧みな仕組みもぜひ教えていただきたいです。
鹿又:「アルスはローカルな教育の場になっている」とアルスエレクトロニカ・センター(アルスのミュージアム施設)のセンター長が話していました。リンツ市内の幼稚園や小学校が、必ず一度はアルスに訪れるスクールプログラムを設けているのです。そのプログラムによって、子供たちの人生をどう変えたのかは数値化できませんが、各園や学校に、アルスとつながりを持った「アンバサダー」と呼ばれる人がいて子供たちとコミュニケーションをとっています。10年後にどのような高校生になったのか、将来何を目指しているのかなどのキャッチアップができる。人海戦術的ではありますが、膨大なネットワークのなかで、長い時間をかけて少しずつ追っているそうです。
筧:そうした泥臭い作業も含めて、記録に残してもらえるといいですね。鹿又さんが運営されているアーティスト・イン・レジテンスの価値にも結びつくと思います。
畠中:リンツは、ドナウ川のほとりにアルスがあり、川を挟んだ向かい側にレントス美術館(リンツ現代美術館)があります。両者とも役割が違っていて、アルスのほうがより市民に開かれている印象がありますよね。90年代は近寄り難い印象もありましたが、徐々にまちに開かれていったのだと思います。
鹿又:設立時のテーマ設定が巧みだったのですよね。「アート」「テクノロジー」「ソサエティ」の3本軸をたて、それをフレキシブルに動かしながら関係性をつくり続けてきた。3つの比重は時代に合わせてバランスを変えながら、常に未来を見据えているのですよね。何かの機関をつくるときに、フレキシブルだけれど芯のある、こうしたテーマ設定が重要になるのだなと思っています。
“Welcome to Planet B(プラネットBへようこそ)”
筧:フェスティバル・ユニバーシティでは、どなたが、どのようなカリキュラムを立てる予定ですか。
鹿又:今把握している限りでは、「フューチャー・シンキング・スクール」という2年前に新しくできた部署がカリキュラムを担当しています。文字通り「未来を考える学校」ですが、ローカルをベースに、未来へのアイデアやクリエイティブな発想をベースに教育につなげています。現状は、フェスティバルを軸としたプログラムになりそうです。フェスティバルの今年のテーマ「Welcome to Planet B」とも大きく関わる予定です。
筧:学生たちにメディアアートを介して何を教えるのか、何を伝えようとしているのかは興味深いです。
畠中:Planet B(*2)で思い出しましたが、よくあるSFの話で、Planet Bを探しに宇宙に行き、見つけたと思ったら地球だった、と。つまり自分を見直すという観点ですよね。
鹿又:「Welcome to Planet B」は、もちろんアーティストそれぞれの解釈はありますが、別の惑星を探す話ではなく、気候変動や地球温暖化などが大きな課題となるなかで、自身の足元を見つめ直すための主題だと思います。フェスティバル・ユニバーシティも、学生たちが介在することが重要です。これからの地球を考えることは、次の世代のためですので。
筧:本当にそうですよね。最後に、いま不安なことなどはありますか。
鹿又:不安要素としては、これからフェスティバルに向けてただ忙しくなるだけだと、自身の興味関心に取り組むことができるだろうか、という点です。各部署を案内してもらったあと、さらに深く聞きたいことがあれば個人的にアポをとっていいのですが、なかなかできていません。仕事はどんどん増えていくのでバランスをうまくとっていきたいと思っています。
筧:優先順位をつけるのも大事ですし、未知の面白いテーマに出会うのも重要だと思います。
畠中:ぜひ日本との違いを学び、日本では得られないものを見つけてください。
*2 Planet B……「第2の地球」の意味で使われる。