TVアニメーションや広告アニメーションを手がけているディレクター/キャラクターデザイナー/グラフィックデザイナーの藤田純平さん。第9回文化庁メディア芸術祭アニメーション部門奨励賞『SEASONS』、第13回アニメーション部門審査委員会推薦作品『忘却星の公式』をはじめ、多数の受賞歴があります。今回採択された『BIBLIOMANIA』は、本をモチーフにしたVRアニメーションです。ヘッドマウントディスプレイを装着して鑑賞する本作は「空間をめくっていく」VRならではの体験設計を目指します。

アドバイザー:タナカカツキ(マンガ家)/森まさあき(アニメーション作家/東京造形大学名誉教授)

主人公に感情移入してもらうための方法

―藤田さんが作成したビデオコンテの内容をもとに、面談が進みました。

ビデオコンテより抜粋

藤田純平(以下、藤田):ビデオコンテを作成しました。今後は、さらに演出を詰めていきたいです。現時点で分かりにくい部分や改善すべき点ががあれば、ご助言をいただきたいです。

森まさあき(以下、森):アートワークの完成度が高く、素晴らしく良くできていて、感心しながら拝見しました。ただ、各編がそれぞれ独立しているように感じるので、やや全体としての盛り上がりに欠ける点が気になります。特に中間から後半にかけて、もう少し主人公の喜怒哀楽が感じ取れるようになると良いのではないでしょうか。主人公に感情移入せずに終わってしまったのでもったいないと感じました。

藤田:主人公アリスへの感情移入については、今回の面談で相談したかったことの一つです。彼女が驚いたり悲しんだりするとストーリーに矛盾が生じてしまう構造の脚本なので、かなり演技は控えめにしています。ただ、おっしゃる通り、話の整合性を担保した上で「主人公はどうなってしまうのだろう」と鑑賞者が強く感情移入できる見せ方に調整した方が良いですね。

森:主人公が只者ではない感じは伝わってきますが、鑑賞者が主人公を応援したくなるような何かがあるといいですね。冒頭に少し説明があると良いのではないでしょうか。

タナカカツキ(以下、タナカ):私も同意見です。冒頭の数分でアリスが本の外へ出たい理由が分かると良いと感じました。そこさえ押さえれば、世界観にすんなりと入れるはずです。理屈よりも感情が入ってくる方を大事にしてほしいです。

藤田:冒頭のルール説明のシーンはなるべくコンパクトに見せたかったので、Vコンテの制作過程で実はセリフをかなり削ったんです。結果、説明が少々不足した状態になってしまったかもしれません。削除したセリフを戻したり、ビジュアルを再検討してみます。各章の独立性は物語上必要なものなので調整が難しいですが、主人公への感情移入は確かに演出で強めるべきですね。「この子を応援してあげないと」ともっと鑑賞者に感じていただけるよう調整します。

タナカ:主人公に心の成長があると、一本の物語を見たという気持ちになります。例えば、「悪ガキだった主人公が、逆に人を教える先生になった」などというように。元の状況にまた戻ってしまうのでは、話がオチないと思います。アリスには何かしら成長してほしいと感じました。

インタラクティブ要素の検討

藤田:アニメーションの途中にはインタラクティブな部分が8〜9カ所ほどあり、鑑賞者がアニメーションの演出者となったり、登場人物になりきったりできる予定です。そうしたインタラクティブな要素についてはもう少し面白くできそうだと可能性を感じていますが、自分一人で考えていく中で、やや行き詰まっています。

タナカ:操作自体が楽しい、ご褒美だと感じるような心理面の仕掛けがあると良いのではないでしょうか。ただ操作できるだけではもの足りないかもしれません。動かすことで鑑賞者の気持ちがどう変化するか、というデザインと捉えることができそうです。 VRアニメーションの興味深い点として、平面では見えない部分も見えるということが挙げられます。鑑賞者は、最初キョロキョロしたり振り返ったりしながら見ると思いますが、ストーリーに没入してくるとあまり動かなくなっていくと思います。そうなると、見ていない情報も多くなってきますね。2回目に鑑賞するときはずっと後ろを見ていると何か面白いことが起こったり、物語が深まるような何かが繰り広げられていたりするというように、何度も見ることによって楽しめる仕組みがあってもいいと思います。あとは、「振り返る」という行動をどう使うか。恐怖を感じさせるなら、後ろから何かが来ると怖いと思います。音が耳元から聞こえるHMD(ヘッドマウントディスプレイ)の特性を生かして、耳元で吐息を聞かせるのも怖さの演出ですよね。VRアニメーションならではの演出は、つくりながら試すことになると思いますが、いろいろなことができそうだと感じます。

モーションキャプチャーで魅力ある動きをつくる工夫

藤田:大部分をモーションキャプチャーでアニメーションをつくっていくのですが、動きをどう魅力的にするか、というのが現時点での懸念です。鑑賞者の目が嬉しくなる表現を目指し、アクターの皆様とコミュニケーションを取りながら撮影に臨みたいと思います。フレッシュな印象の動きにすべく、撮影では色々と挑戦しようと計画しています。上手くいくと良いのですが。手付けのアニメートと組み合わせてドキドキするものを目指したいです。頑張ります。

森:動きなどを修正していく必要があると思いますが、そこも含めての実験だと思って、あまり恐れずに進めていけば良いと思います。

タナカ:次の面談では、我々もHMDを付けて環境込みで試せるといいですね。今回の作品は五感の情報が多いと思うので、感覚の共有ができると多角的な意見が出やすいです。

藤田:次の面談までにはモーションキャプチャーの撮影が恐らく終わっている予定で、HMDでの空間プレビューができる状態になっていると思います。
『BIBLIOMANIA』は、「こういうビジュアルが見たい」という視覚的な発想で元々は生まれました。そしてそのビジュアルが矛盾なく成立するにはどのような必然性を持ったストーリーが良いか、という順序で考えました。物語の客観的なご意見を伺いたいと思っていたので、ストーリーテリングに関してプロフェッショナルのお二人に的確なご助言をいただけて大変ありがたかったです。

タナカ:最低限の物語をつくるためには、そこまでスキルを必要としないと思います。映画などのシナリオも、ある程度はセオリーがありますよね。今回の場合は、本の中から脱出できないと絶望したあとにどんでん返しがあれば、物語を感じてもらえると思います。藤田さんには絵の力があるので、いかにビジュアルでやっていくかという観点でつくっていくのも良いのですね。

―次回の面談までに、モーションキャプチャーの撮影や、CGアニメーションの制作を進めていく予定です。