インフラストラクチャーが拡張・増殖する都市風景を3DCGアニメーションで表現した『群生地放送』で、第22回アート部門審査委員会推薦作品に選出された藤倉麻子さん。今回採択されたプロジェクトでは、建築における幾何学とスケールの関係性を研究する建築家の大村高広さんとともに、空き家の改修を通して、3DCGによる新たな風景の創造と実空間への反映を試みます。

アドバイザー:タナカカツキ(マンガ家)/山川冬樹(美術家/ホーメイ歌手)

庭の原型

大村高広(以下、大村):年内に予定していたリサーチは完了して、庭の場所と大枠の制作方針も決めました。リサーチでは、特に青森の仏ヶ浦や種差海岸(たねさしかいがん)で得るものが多かったです。

藤倉麻子(以下、藤倉):下北半島の先にある仏ヶ浦は、火山活動の造山活動でできたグリーンタフという地形で、岩や浜の一つひとつに、あの世に関連する名前がついています。

大村:一般的に庭園は浄土・あの世・天国のイメージの表象として、人工的につくられます。仏ヶ浦はそうした世界が見出された場所です。

藤倉:種差海岸は八戸の近くにあり、こちらも枕状溶岩、柱状節理という火山地形です。

大村:庭園のように、岩があって水が溜まって、草が生えている風景が海岸沿いに続いています。ここは司馬遼太郎が「宇宙人が来たら最初に見せたい」と言った場所で、風景としてのすごみだけではなく、地球のつくられ方がわかる場所です。

藤倉:人間以外の世界の想像力を掻き立てる風景が、庭の原型なのかもしれないと感じました。

大村:歴史的なものを参照せず庭をつくりたい気持ちがあり、火山島特有の風景を庭と感じたことで、このリサーチは重要なものになりました。結果、京都など他の地域の庭園ではなく、活火山の活動や地形のリサーチへと興味がシフトしました。

山川冬樹(以下、山川):天然の地形である仏ヶ浦や種差海岸に庭を感じるというのは面白いですね。自然にできた場所でも人間が名前をつけることで、そこは庭的な場所になるのかも知れません。

現実・仮想の庭設計

大村:初回のアドバイスを参考に、今後も見てもらえる場所として、私たちが使用している共同アトリエ「海老名芸術高速」の周辺でいくつかの庭を制作することにしました。

藤倉:ここはアーティストがグループやパートナー単位で1棟ずつ借りて滞在できる倉庫兼アトリエのような場所で、大村が所属する建築設計のコレクティブが設計しました。

「海老名芸術高速」での庭の制作プラン

大村:
①正方形の低い庭(砂地)
②傾斜地の擁壁に沿ってモルタルを流し込んでつくる溶岩地形を模した庭
③北向きの影になる場所に1種類の植物で構成する群落
④森林の急斜面に日干しレンガを使ったモノリス的な壁を立ち上げる
この4つのモックアップの制作を考えています。

藤倉:来年3月までに、①②を制作、同時に④の日干しレンガを増やしていく予定です。

大村:初回面談時からプランを変更し、藤倉の3DCG制作を先行することにしました。それから、現実の庭の近くに遠隔から映像を確認できるペットカメラを仕掛け、カメラの位置から藤倉のイメージが浮かび上がるように作庭していきます。空き家の窓と風景という対応を、海老名ではカメラのフレームと風景に置き換えているのです。

藤倉:カメラの映像とはスケールを大きく変えて、実際の庭は人の足元ほどの範囲ですが、3DCG内は広大なランドスケープにします。

山川:カメラの映像は、鑑賞者がリアルタイムで見られる仕組みになっているのでしょうか。

大村:鑑賞者がスマホやタブレットでカメラを操作しながら見られるようにするか、録画映像を流すかは検討中です。

山川:前回までは、かつて誰かが住んでいた空き家という、すでに時間的蓄積を持った場所にアーティストが関わることで、そこにオルタナティブな時間軸を重ねながら、その場をイマジナリーな世界へと変貌させていく過程を見せるプランだったと思います。しかし、空き家から海老名芸術高速になった時点で、時間に関わるコンセプトが変わったのではないでしょうか。

大村:時間の視点は、3DCGの風景を実空間に移す作業時間に入ってきます。

藤倉:本当にやりたいのは空き家の作庭ですが、現時点で住みながら手を加えられるのがこの場所でした。

山川:以前は空き家問題という社会性が軸になっていましたが、その代わりとなる仏ヶ浦や種差海岸という場所性、海老名と青森との接点を重視するのか、それは観客が知るべきことなのか。何かしら軸となる文脈が求められますね。

藤倉:青森からインスピレーションを受けて、というのは言わないつもりです。

山川:以前の段階では空き家とイマジナリーな造形物、それら異物と異物の間に生じる摩擦や異化作用が魅力だったと思います。海老名芸術高速はアートのためにあらかじめ用意された場なので、どうしても、アーティストのスタジオの庭に見えてしまうと思うのです。今回はモックアップの制作までとのことですが、その先の展開は考えていますか。

藤倉:実空間への反映として、家の模型に落とし込む可能性も考えています。最終的には、仮想空間の家がある土地とリサーチ要素が混ざった状態を維持して、いつか家の窓と4つの要素をつないだ庭を空き家で実現したいです。

プロジェクトの意義

タナカカツキ(以下、タナカ):一旦やりたいことを整理した方が良いですね。このプランで重点を置くところを改めてお聞きしたいです。

藤倉:一番は、実空間の小さい庭の手入れと、仮想空間の広大な場所への働きかけを同時にやりたいです。

タナカ:その意義は何でしょうか。この企画にどういったチャレンジがあると解釈できますか。

山川:藤倉さんの作品は、子供が砂で城をつくるような原初的なクリエイティビティが根幹にありながらも、3DCGやFRP(繊維強化プラスチック)などのメディウムを扱いながら、現実と仮想の境界を曖昧にするアウトプットが独特という印象でした。

藤倉:最初のモチベーションはそうですね。昔から、何もない平坦な土地に太陽の日差しを遮るような土の壁をつくり、その表裏の関係性を考えたい思いがありました。3DCGの中では、スケールや重さなどを設定して、一人でも大きな建造物を容易に建てられます。一生涯のうちには難しい行為も、実空間から仮想空間へと出力を変えることで考えることができます。

大村:当初の実験性は、空き家の改修や庭いじりといった日常的な行為に対して、3DCGのようなフィクショナルなクリエイティビティをどう介入させられるか、にありました。本プロジェクトは、そのための練習なのです。

山川:今回のモックアップは試作ということですね。鑑賞者と「日常的な行為のなかにフィクショナルなクリエイティビティを介入させる」という最終的なビジョンを共有したいですね。そのためには、実際に土地や場所が借りられなくても、コンセプトやプラン自体を提案できる方法を考える必要があります。

藤倉:そうですね。完成形となる空き家と庭のパースやドローイング、模型づくりも、早めに始めようと思います。

タナカ:お二人が気持ちよく創作できる環境を整えて、鑑賞者が「こんな表現があるのか」と思えると良いですね。

藤倉:改めて、生活しながら模索していくことを大事にしようと思いました。

山川:私はハンセン病療養所でリサーチを行なってきました。診療所ではみなさん庭や畑をつくられるのですが、そこでの庭や畑をつくることとは、入所者のみなさんが、強制的に連れてこられたその場所を自分の場所として再領土化し、奪われた時間を取り戻すための営みだったのだとあるとき気づきました。この作品が鑑賞者にとって、庭というものの本質への気づきになるといいですね。
超現実的な世界をつくる藤倉さんと建築的なスキルを持った大村さん、とても良いコンビだと思います。

藤倉:ありがとうございます。制作を進めるとともに、空き家も引き続き探します。成果発表では、今回のモックアップ実験の経過と最終的なイメージを提示するところまでをゴールとしたいです。

—最終面談に向けて、モックアップ制作と記録を進める予定です。