『CultureHouse』は生物の培養実験を題材にした育成・アドベンチャーゲームです。開発する渡部恭己さんは、20年以上ゲームメーカーで開発に携わり2022年に独立。現在は個人でインディーゲームの制作をしています。ゲームの舞台は、謎の失踪をとげた科学者が家族と暮らしていた住宅兼研究施設、CultureHouse(カルチャーハウス)。プレイヤーは、この建物で暮らしながら、科学者の研究を引き継いで奇妙な生物を培養し、実験の背後に隠された謎をひもといてゆきます。今回の支援では、ゲームに登場するキャラクターの声を収録します。初回面談では、声を演じる人の選定とゲーム開発における音声演出について議論されました。

アドバイザー:西川美穂子(東京都現代美術館学芸員)/米光一成(ゲーム作家)

初回面談:2024年10月8日(火)

科学実験とモダニズム、シュルレアリスムが混ざる不思議な世界

『CultureHouse』は2022年に講談社の支援プログラム「ゲームクリエイターズラボ」に採択され、2025年にWindows版の完成をめざして開発を進めています。目指しているのは、勝敗を競ったりハイスコアにチャレンジしたりするゲームではなく「プレイヤーが自ら選択しながら行動することで、映像空間や物語の当事者となれる没入体験型のゲーム」と作者の渡部恭己さんは話します。

デモ版を体験すると、ル・コルビュジエやミース・ファンデル・ローエなどのモダニズム建築を想起させるような空間で、非現実的な状況が起こります。シュルレアリスムにも影響を受けているという渡部さん。リアルな映像でありながら奇妙な組み合わせに違和感を抱く仕掛けが散りばめられています。

『CultureHouse』より。奥に見える建物がゲームの舞台となるカルチャーハウス
プレイヤーにカルチャーハウスや実験の説明をする女性。今回、声を入れていくキャラクターの一人

渡部さんはこれまでもゲーム開発に携わってきましたが、グラフィック、シナリオ、プログラムなどをすべて自作するのは初の試み。音楽は本作の静かで無機質な世界に合うような「心地よくも不安を感じるような音」にこだわり、また制作したキャラクターにどのような声が合うかを検討しています。

依頼先としては声優プロダクションのほか、舞台俳優やVチューバーといった幅広い選択肢から、Xでアンケートをとるなどして検討しました。アドバイザーの米光一成さんは「声優プロダクションか俳優の事務所にお願いするかどうかよりも、誰に頼みたいかが重要。『誰』が合うのかを先に考えたほうがよいのでは」と伝えました。

渡部恭己さん
デモ版を体験しながら面談が進められた

演技のリアリティと、声のイメージ

渡部さんが懸念するのは「声を担当する人が芸達者すぎると、受け手側が作りこまれたフィクションだと意識して不穏さよりも安心感を覚えてしまう」こと。多くのアニメで採用される、抑揚やスピード感を強調した声ではなく、平板でスローテンポに感じるくらいの演技を理想としています。「プロの声優にはさまざまな演技ができる人もいる。声のことは言語化が難しいので『あの作品と近い感じの声をお願いします』という言い方でお願いするとスムーズ」と米光さん。

続いてアドバイザーの西川美穂子さんからも、声の具体的なイメージについて質問がありました。渡部さんは「人気のない美術館や博物館の展示室で聞こえてきたときに合いそうな声」だと答えます。そこで西川さんが一例に挙げたのは「横浜トリエンナーレ2001」に出品されていた現代美術作家、ピエール・ユイグの映像作品(*1)。そこに登場するキャラクターの機械仕掛けのような話しかたが「現実から切り離された印象でイメージに近いかもしれない」と紹介しました。

左から、西川さん、米光さん

もっとも重要なのは「誰」に依頼したいか

今後のスケジュールとしては、約3ヶ月後の音声収録を目標にしています。キャスティングには予算も関係するため、さらにゲームの制作を進め、全体のボリュームがみえてから誰に依頼するかを決める予定です。渡部さんは「作品づくりは自分自身が抱くイメージや理想があって、そこを目指していくものだと思うけれど、ゲームメーカーでの経験が長かったため、周囲の状況や段取りに合わせるという考え方がなかなか払拭できなくて」と吐露しました。企業のゲーム作りとは一線を画した新たな試みに対する苦悩が伺えます。またプログラムやグラフィック、シナリオ、音楽の制作は一人で試行錯誤しながら進めているため、誰かの力を借りて何度もやり直すことができない音声収録には慎重になっています。

『CultureHouse』より

米光さんは「予算も重要だけれど、誰にしたいかが最重要」と念を押しました。「コントロールすることは考えず、想定と違う方向に進んでもこの人なら大丈夫と思えるぐらいの人を見つけて」とすすめます。西川さんからも「いろいろな映像作品を参考に、イメージに合う声を探してみて」とアドバイス。ゲームやアニメに限らず、外国映画の吹き替え版や、実験映画やアート作品などで採用されている声を幅広くリサーチしながら制作を進めていく予定です。

*1 ピエール・ユイグ『100万の王国』『精霊なき外殻』
https://www.yokohamatriennale.jp/top/archive/2001/cyber/artist/048_Huyg/index.html