実験東京は、AIエンジニアの安野貴博さんとデザイナーの山根有紀也さんによるAIアートコレクティブです。生成AIなどの急速に発展するデジタル技術を用いたメディアアート作品を制作しています。今回採択された企画は、ディープフェイク技術を用いて自分の顔が別人の顔に変換される作品。他者の顔になる体験を通して、都市における他者への想像力を生み出し、新たな視点を獲得する体験をつくることを目指しています。最終面談では、試作のデモンストレーションを交えながらアドバイザーと対話し、最終的なコンセプトや作品名、表現のあり方について考えました。
アドバイザー:戸村朝子(ソニーグループ株式会社 Headquarters 技術戦略部 コンテンツ技術&アライアンスグループ ゼネラルマネージャー)/さやわか(批評家/マンガ原作者)
最終面談:2025年1月21日(火)
素朴な問いが作品のメッセージ性を強くする
作品を通じて何を語るか?
最終面談は、試作のデモンストレーションから始まりました。5つの正方形のディスプレイを並置。中央のディスプレイにはそのままの自分の姿が、左右のディスプレイには年齢や性別、人種の異なる「他者」の顔が合成された自分の姿が映ります。体験したアドバイザーのさやわかさんは、「目を離すと徐々に他者の顔に変わっていく。騙されているようで面白い」「人種よりも年齢や性別の違いに注目しがちになる」などの感想を述べました。


他のスタッフも体験し、正面のディスプレイの顔が自分の顔に見えなくなるといった感覚や、顔の変化をずっと観察していたくなるなどの印象を語り合いました。
オンラインでこの面談に参加しているアドバイザーの戸村朝子さんは、「外観が変化することで自分に潜むアイデンティティに気付くというコンセプトで進めるのか、それとも別の方向に向かうのか」と作品のコンセプトに言及。山根さんは、「現代はSNSや美容整形、ディープフェイクなど、イメージを操作する技術が次々と出てきている結果、自分の顔ですらも何だかよく分からなくなる……ということに気付いてほしい。現象として面白いものが出来つつあると思うが、この作品を通して現代美術の文脈で何が語れるかは成果発表までの最後の課題だと思っている」と話し、成果発表イベントまでにさらにコンセプトを深めていきたいと伝えました。
「鏡」を問い直す
実験東京は、「自己像が流動的に変容していくプロセスを体験できるような装置になれば、と思っている。赤ちゃんは2歳ぐらいで鏡に映った顔を自分と認識する。自己を立ち上げる装置として鏡があるように、新しい鏡のようなものをつくることで別の自己像を立ち上げる装置になりえるのではないか」と話しました。

先ほどの戸村さんと似たような指摘が、さやわかさんからも。「キーワードは『流動的自己』だとして、それは何に対してのキーワードなのか。社会や鑑賞者にとって何なのか、最後の橋が架かってない感じがする」と言います。さらに「鏡は本来、セルフイメージを固定するものだが、今回の装置はその逆で、セルフイメージを固定できないものになっている」と話し、そうした価値転倒を作品のフックにするのかどうか検討してほしいと伝えました。戸村さんからは、体験者の反応からヒントが得られそうなので今後も実験を行ってみては、と助言がありました。
作家の内面から生まれるテーマ
作品のテーマについて意見を交わすなかで、山根さんの素朴な思いが語られました。「僕と安野がよく周りから言われるのは、『何者かよく分からない』ということ。それについては僕自身でもよく分からないという思いをずっと抱えていて。流動し続けてよく分からなくなっているのは、まさに僕のことだとも思います」
その視点はとても大事だと言うさやわかさん。「つまり自分がそう考えているからこの作品が生まれている。何がしたいか、何者か分からないと言われている状況で、例えば『あなたも分からないですよね』と示せたら、作品として成り立つのではないか」と伝えました。戸村さんも「何者かになろうとしなくていい装置とも言えるかもしれない」と話します。

山根さんは、アドバイザーの話に同調しながら、「今の僕らの状況はとても現代的だなと思っている。時間や目的などを細分化していった結果、何者か一言で定義できないものになった。そしてそれを何で説明しないといけないのかという思いも同時にある」と話します。さやわかさんは「素朴な疑問から始まって現代人全体の問題への尺度を見せられると強いメッセージになりそうだ」と話しました。
面談の終わりに、今後は国際的なアワードへの応募も目指したいと話す実験東京に対し、戸村さんから「現在の世界情勢から、社会に対して何をもたらす作品なのかという視点を大切にしてほしい」と助言がありました。
TO BE CONTINUED…
成果発表イベントに向けてコンセプトのブラッシュアップを行う