これまで自作のヒト型ロボットを用いてメディアアート作品を制作してきた藤堂高行さん。人工物・無生物であるロボットに、生命や意志があるかのような印象を与えるために重要なのは「対人インタラクションの関係構築」であると考え、そのなかでも特に「視線の表象」をテーマに作品を展開してきました。今回採択された『鎖に繋がれた犬のダイナミクス』は、市販されている量産型の4足歩行ロボット犬を用い、鑑賞者に襲いかかろうとする獰猛な自律型ロボットと鑑賞者の「睨み合い」を演出する作品です。最終面談は、藤堂さんの体調不良で予定日に実施できず、成果発表イベント「ENCOUNTERS」の会場にて、アドバイザーと展示を見ながら行われました。「ロボットの暴力性を表現すること」「ロボットを生き物に化けさせること」の2つの視点をベースに意見を交わし、具体的な表現方法を探りました。
アドバイザー:高嶺格(美術作家/多摩美術大学彫刻学科教授)/戸村朝子(ソニーグループ株式会社 Headquarters 技術戦略部 コンテンツ技術&アライアンスグループ ゼネラルマネージャー)
最終面談:2025年2月14日(金)
ロボットを生き物に化けさせるための試行錯誤
クリエイターのコメント:オーバーヒートで「力尽きる」ロボットの物語性
今回の作品は、当初の企画の時点から「暴力的なロボットの恐怖との対峙」と「いかにロボットを生き物に化けさせるか」という2つの表現テーマの柱があり、これまでの面談でも「いかに恐怖を描くか」という方向でのアドバイスを多くいただく傾向にありました。前回、高嶺さんから「インタラクティブな体験型作品にすると、どうしても遊んでいる感じになってしまって恐怖感が薄れるのでは? たとえば犬の死骸のようなものが横たわっている中をロボットが徘徊しているだけで、ずっと怖いし、物語を感じる」という話をされたのですが、その後、某BD社のロボット犬を使ってまさにそんな表現をしているアート作品が既にあることを知りました。他にも同時代の類似モチーフの先行作品を見ていると、SF的に「未来の恐怖」を描く表現というのは実はありきたりなんですね。制作を進める中で、僕がこの作品で本当にやりたかったのは「恐怖を描くこと」ではないんじゃないか、「ロボットを生き物に化けさせること」の方が大事だ、というのが見えてきました。ロボット犬を鎖に繋いで動かしてみると、拘束に抗おうとする意志のようなものが見えてくるんですね。自由に動かしているときは単によくできたロボットという感じにしか見えないのですが、ジタバタもがくことで急に生き物に見えてくる。その印象を捉えて作品化することこそが重要だと判断し、最終的には劇場型パフォーマンスとインタラクティブ展示のハイブリッドのような形態に仕上がりました。
表現としては、ロボットの痛々しさに対して感情移入を誘う、共感神経をかき乱す方向を目指しました。ロボットを拘束して負荷をかけて動かしているとオーバーヒートですぐに落ちてしまう、という問題が早い段階で発覚して、展示物としては致命的だったわけですが、むしろ「力尽きる」こと自体が物語を想起させるのではないかと考え、あえて客の前でダウンする瞬間を見せてデモを終わらせる流れにしました。またダウンタイムに備え、2体目のロボットを用意してサブ機にしていたのですが、こちらをあえて力尽きた姿のまま背後に横たえることにしました。1体が力尽きている前で、もう1体が怒り狂って暴れている。その構成が、2体の関係性を連想させる舞台装置になるようにですね。ロボットを操縦するパイロットにあらかじめシートン動物紀の『オオカミ王ロボ』を読ませて動作イメージを共有して臨みました。




戸村朝子さんのコメント:モチーフのリサーチを続けてさらなるブラッシュアップを
いまだ紛争や内戦が解決していない国や地域がある現代において、兵器にもなりえるロボットを用いて作品化するという、難しいテーマに取り組んだ作品です。おそらく作品制作のプロセスにおける苦しみは大きかったのではないでしょうか。ロボットに声を加える試みなども含めて、これまで多様な実験を通して作品の完成形につながるさまざまな材料を出してきたのではないかと感じます。
海外にもロボットの狂気や非人間性をあらわにするようなモチーフが多々あるため、今後はそれらを参照しながら引き続き作品をブラッシュアップされていくことを期待しています。このまま4足歩行のロボットを用いるのか、また、この作品で現代社会に対し何を訴えていくのか、さまざまな可能性を検討してほしいと思います。
現段階ではロボット犬の動きや声をオペレーターが操っているとのこと。不自由な環境に抗うような迫力のある動きを興味深く拝見しました。ロボット犬の動きを自律させることも技術的には可能ではあるものの、もしかしたら自動であるゆえのつまらなさが出てきてしまうかもしれません。人間が操ることで引き出される現象の面白さを今回の展示から感じました。

高嶺格さんのコメント:感情移入させる先に見せたいものは何か
ロボット犬が声を発するタイミングなどもよく練られていて、ロボットへ感情移入させることに成功しています。ただし、今回の展示を見て私が感じたのは「拘束されたロボットがとても可哀想だ」という感情です。現代社会に、自由が制限された状況下の人たちがたくさんいることも想起されました。この作品の狙いの一つに「鑑賞者にロボットの暴力性を感じさせること」があるとしたら、その狙いとは逆の方向性の作品表現になっているのではないでしょうか。
このロボット犬は人を殺傷する能力を有していながら、1本の鎖で拘束するだけで近くから笑って見ていられるものになります。この「恐怖」と「鑑賞可能なもの」の近さは注意深く捉える必要があり、鑑賞者がロボットのことを可哀想だと感じると同時に、被虐的な楽しみが生まれてしまうとしたらやや怖いと感じます。可哀想なロボット犬を見せた先に何があるのかという点では、コンセプトのさらなる深化の余地があります。 また、既に似た作品(ロボットに鎖が付いている作品)もあることについて、作者がどう考えているかを明確にしておくと良いのではないでしょうか。
