9組のクリエイターと5名のアドバイザーによる「成果プレゼンテーション&トーク」が、2018年2月23日(金)、オープンコラボレーションスペース「LODGE」にて開催されました。はじめに海外クリエイター招へいプログラムで招へいされた3名による滞在制作の成果発表があり、次に国内クリエイター創作支援に採択された6組のクリエイターによる本事業で制作された作品のプレゼンテーションが行われました。
その様子を3回にわたって(第一回:アポロ・カチュ、ソフィー・マルカタトス、ゾヤンダー・ストリート、第二回:和田淳、澤村ちひろ、津田道子、第三回:ノガミカツキ+渡井大己、やんツー、後藤映則)レポートをお伝えしていきます。
今回は海外クリエイター招へいプログラムで招へいされたアポロ・カチュ、ソフィー・マルカタトス、ゾヤンダー・ストリートの3名の成果発表の様子をお伝えします。
アポロ・カチュ
画家でありマンガ家のアポロ・カチュさんは、暴力と破壊に代表されるメキシコ国内の社会的矛盾とその歴史をマンガ作品『The reinvention of Mexico』として制作。メキシコのマンガ表現に自身のルーツでもある日本のマンガ表現を取り込み、新たな可能性を探りました。
アポロ・カチュ(以下、アポロ):私にとってマンガは、ドローイングによって新しい世界をつくり出せる日本で生まれた特別なアートの形です。今回のプロジェクトでは、マンガとその文化的な影響について取り組みました。私の出身地・メキシコでは、経済状況が厳しく社会的な危機が蔓延しています。治安の悪い地域で生まれ育った私にとってマンガは現実逃避をさせてくれるものでした。今もマンガを描くことは大きな心の支えになっていて、それこそ私が作品を通して広めていきたいものです。
絵を描くことは、心の浄化作用がある行為だと思っています。メキシコ社会が感じている絶望から抜け出す助けにもなります。ですがメキシコでは、アメリカのマーベル・コミックとDCコミックスの影響が非常に大きく、それらの配信力の強さに自国の表現が負けているという問題があります。一種の文化の植民地化といえるかもしれません。私はメキシコでは自国で起きていることを描きたいと考えています。
滞在中は日本のマンガの歴史についてもリサーチを行いました。戦後、日本ではマンガは非常に進化を遂げ特に手塚治虫さんとポピュリズムによりマンガ自体が文化となりました。一方でメキシコの歩んできた歴史は厳しいものです。過去の植民地戦争などがなければ、メキシコも日本と似た部分があったかもしれない、と思いました。今回のプログラムで特にしりあがり寿さんの作品は、私の人生に影響を与えました。みなさんに感謝します。
しりあがり寿(以下、しりあがり):アポロさんの絵が大好きで魅了されています。これを使って一つのストーリーにしていく予定はありますか。
アポロ:私の作品では、象徴的な意味を持った出来事が、人にどのような影響をもたらすかを表しています。たとえばアステカ文明の征服などは非常に暴力的で、何度も繰り返されました。ある意味悲惨かもしれませんが、生き延びようとする人の物語も一つにテーマになると思います。
メキシコは日本とは対照的です。衛生的ではないし、生活は厳しい。日本にいるとリラックスしていられますが、メキシコに帰るとその日を生き延びられるか不安を感じます。まだわかりませんが、そういったことをテーマにストーリーを考えています。
しりあがり:一つの文明が蹂躙(じゅうりん)された後のお話は世界的にも大切なテーマだと思いますので、今後良い作品が生まれることを期待しています。
ソフィー・マルカタトス
アニメーション作家として活動するソフィー・マルカタトスさん。今回の滞在では男性優位の社会に生きるそれぞれ性格の異なる3人の女性たちの友情と、彼女たちが女性に対する公平を求める様子を描くアニメーション『The Fork Revolution(ザ・フォーク・レヴォリューション)』を制作しました。
ソフィー・マルカタトス(以下、マルカタトス):私のプロジェクトは、13〜14分の短編アニメーション作品で、抽象的なシーンのある物語映画です。
アニメーションの技法としては、コンピューターグラフィックに、紙にオイルパステルで描く手法を組み合わせています。作品の完成にはアニメーション制作会社の協力が必要で、これから協力先を探す予定です。
この物語では、3人の女性とその友情を扱っています。舞台はとても慌ただしい都市。3人はわずかなお給料のために長時間労働をしています。
メインキャラクターのミニはセクハラにあったり、男性の同僚から失礼なことをされたり。2人目のタフは、ミニに比べると体も丈夫ですが、一人で家にいると不安を感じます。彼女の不安は、体の中で成長する植物という形で表現しました。3人目のライオンは、この中では一番強い女性。都市というジャングルで生き残る術を知っています。彼女はどの社会グループにも属さず、社会の縁で生き、独自に生計を立てています。3人の女性たちはやがて出会い、不公正な出来事、特に性差別の蔓延する社会に対して革命を始めます。
一番メインとなるアクションは、公共交通機関でセクハラをする人にフォークで穴をあけること。
私は作品のなかではいつもユーモアを大切にしています。物語はコメディではありませんが、ユーモアはメッセージを伝える上でとても効率的で有効なツールです。ナンセンスなユーモアを視覚的に取り入れ、アニメーションでしかできないことを試しています。タフの不安感を植物で表現したのもその一例です。
日本では、プロのアニメーターから貴重な意見をもらい、アドバイスをもとにストーリーを調整しているところです。また東京で、女性と男女平等をテーマにインタビューを行い、それらにもインスピレーションを受けています。インタビューが好きなのは個人的な意見や経験を集められるということ。インタビューで得た情報をストーリーの中に組み込むこともあります。
私のフィルムを通して考えるきっかけになれば物事を変える第一歩になるでしょう。都市は魅力的な側面もありますが、人を押しつぶす一面もありそれについても表現したいと考えています。
このプロジェクトは「怒り」から生まれました。ブリュッセルやパリでは女性が街を歩くと言葉による嫌がらせや、性的暴行さえ受けることがあります。こうした不平等や不公平への怒り、それに対して自分が何もできないことに対する怒りです。この作品では男女平等のほか、過酷な環境で懸命に働く人々や大都市で息の詰まるような暮らしを送っている人々などもテーマにしています。私の物語の登場人物は、各々の意思と努力によって平和と幸せを手にします。自由と男女平等を求め、戦う女性たちへの賞賛でもあるのです。
和田敏克(以下、和田):ソフィーさんはジェンダーなど難しい問題をアニメーションにしようとしていて、そのためにシナリオや構成を絵を描きながら考えられていると思います。前作の『ハウアウユートゥデイ』も、ソフィーさんがアニメを通じて世界に向き合った作品だったので、今回もとても楽しみです。
ゾヤンダー・ストリート
ゾヤンダー・ストリートさんはイギリス出身の文化研究家でありメディアアーティストです。今回の滞在では、LGBTQ+のアーティストや活動家への口述インタビューを行い、その証言をもとに、インタラクティブに閲覧できる対話型作品を制作しました。ユーモラスで情緒的な、対話型ドキュメンタリー手法の創出を試みます。
ゾヤンダー・ストリート(以下、ゾヤンダー):私は、トランスジェンダーの人たちのチームと一緒に、ビデオゲームにおけるトランスジェンダーのアイデンティティについての短編映画を作りました。タイトルは『skeleton in a beret(ベレー帽をかぶったガイコツ)』。このタイトルは私たちがインタビューした女性の話がきっかけとなっています。
ゲームの批評家、歴史家としての長年の研究は、私に鋭い批評能力を与えてくれました。学術的な仕事の上で一番難しいのは、A地点からB地点へと一直線に導くことです。知識はそのようにはいかず、矛盾する複数のことが同時に事実になり得ます。自分がだれで、どのような行動を起こすかが、研究課題での事実に影響を及ぼすのです。こうした事実は書くことにあまり適しません。私がゲームの研究を始めたのは、ビデオゲームの方が私が歴史家や批評家として積み重ねてきた知識を表現する上で適していると考えたからです。
でも私は、歴史や文化について学ぶことが楽しいことだと保証したいわけではありません。学習とゲームを組み合わせようとする人の多くは、学習に興味をもってもらうためにゲームを使おうとします。それは素晴らしいことですが、それだけが全てではありません。私はゲームによって、自分のまわりの世界にもっと興味をもってもらい、それまでとは少し違った見方をしてほしいのです。もしかしたらそれは「ゲーム」という言葉で呼ぶべきではないと主張する人もいるかもしれません。
私自身はゲームデザイナーというよりは、ゲームやテクノロジーを使っているアーティストの一種であり、ゲームについてよく考える研究者兼批評家でありたいと思っています。題材としてトランスジェンダーの人々を選んだのは、私自身が当事者ということもありますし同性愛者のゲームシーンと深い関わりを持ってきたからです。そして日本のLGBTコミュニティについてもっと知りたいと思っていました。今回の研究手法はトランスジェンダーに限らず、気候変動や移民など、さらに幅広いシステムの問題を扱うもっと大きなスケールのプロジェクトに活用したいと考えています。
和田:ゾヤンダーさんは非常に面白い方でいろんな選択肢をもっています。トランスジェンダーの問題をはじめとする社会問題をさまざまな手法を用いて表現しようとしています。今後の展開も期待されるアーティストです。日本にきて考えが変わったり影響を受けたことはありますか。
―次回は和田淳さん、澤村ちひろさん、津田道子さんの成果発表の様子をお伝えいたします。